一人称を使えないのに会話ができるのか(←犠牲者:1名)

ちびまるフォイ

言うなよ! 絶対に一人称を言うなよ!

『一人称を使うと人が死にます』


俺のスマホに見慣れないメッセージが届いていた。


「なんで俺のスマホに……? なにかのいたずらか?」


直後、一枚の画像と画像に映る男性のプロフィールが送られた。


『〇〇県在住 山田 高良 42歳』


「はあ?」


送られてきた画像は家族で撮った写真のようだった。

プロフィールをもとに検索してみると「おくやみ」のサイトにヒットした。


「まさかね……」


偶然の一致を人は運命とか必然とかに結びつけたがる。

自分が雨男だから雨降ったとか。これもそのたぐいだろう。


その日は気にせずに大学に行った。

授業を受けながらスマホをチェックすると多数のメッセージが届いていた。


『新着メッセージが 32件あります』


「なにか届いてるよ?」


隣で授業を受ける友だちが俺のスマホを見て言った。


「なんか、今朝からずっと届いているんだよ。

 ブロックしようとしてもできなくてさ」


「えっちなサイトでも見てウイルス感染したんだろ?」


「俺をなんだと思ってる……あ!」


スマホに画像とメッセージが届いた。

次も知らない少女の画像だった。


「おいおい。こんな画像なんてお前どんなロリコンだよ」

「ちがうって!!」


「おいそこ! 授業中になにケータイいじってる!!」


先生に教室から追い出されたことで画像の少女の素性を確かめるすべはなかった。

けれど、学食でつけっぱなしのテレビに見覚えのある少女が映っていた。


『先程入ったニュースです。

 急発進した車は集団下校中の生徒の列につっこみ、

 そのうち、増田香菜ちゃんがその幼い命を落としました』


「あっ……!」


持っていたトレイを落としてしまった。


「お、おいどうしたんだよ? なにか見たのか?」


「おっ……」


俺のスマホに届いた画像が、と言いかけたがノドを言葉を飲み込んだ。

とっさに一人称の言葉を言い換えようとしたが思いつかない。


私。

俺。

僕。

自分。


これだ。


「じ、自分……別に大丈夫だよ。ちょっと手がすべって……」


「自分? お前そんなキャラだったっけ?」


「げ、ゲームやってて……一人称を使っちゃダメゲームを」


ふたたびスマホにメッセージが届く。

また俺のせいで人が死んだ。


「くそ! 自分でもダメなのかよ!!」

「どうしたんだよ!?」


「……あれ? メッセージが来ない?」


「お前……まじで大丈夫か?」


友だちの声は耳に入らない。

スマホを確認するが自分は一人称としてセーフらしい。


「じゃあどうしてさっき一人称としてカウントされたんだ……」


答え合わせのようにメッセージが届く。

どこかの誰かがまた死んだ。


「今は一人称使ってなかったじゃねぇかよ!!」


またメッセージ。

察しの悪い俺でもさすがに気がついた。


『一人称を使うと人が死にます』


「一人称って言葉じたいもアウトなの……んぐっ!」


慌てて言葉を飲み込んだがもう遅い。また人が死んだ。

一人称はたいてい冒頭に出てくるのでポロッと出てしまいやすい。


俺の様子を友だちは白い目で見ている。


「……お前、なんか様子おかしいぞ?」


「だからゲームしてるんだって! いちにっ……。

 えーと、えーと、いちと人称を使っちゃダメゲームで。

 どうしても負けたくないからっさ。ハハ、ハハハハ」


「いちと人称? 一人称じゃなくて?」


なぜか再びメッセージが届いた。


「なんで!? 今俺しゃべってないだろ!? --あ!!!」


取り乱すとつい一人称が出てしまう。

言わないように意識していても立て続けに2人を殺してしまった。


「そのゲーム?を真剣にやるのもいいけど……。

 あまりマジになりすぎないほうがいいぞ?」


「あ、ああ……そうだな!」


いいからさっさと会話を終わらせたかった。

自分だけでいれば口から溢れる言葉もある程度は抑えられる。


でも会話のラリーのように何が問いかけられるかわからないと、

ふいに自分の言葉フィルタの検閲を突破して一人称が飛び出してしまう。


「おい午後の授業どうするんだよ」

「帰る! 代返しといて!」


慌てて家に帰って閉じこもった。

家につくとメッセージが届いていた。


忌まわしきあの死の告知ではなく、友だちからのメッセージだった。


『早退したんだって? 体調悪いの?

 今日の飲み会も延期にする?』


いつも通りの友だちのメッセージに心が落ち着いた。

俺は返信の文面を整えた。


『大丈夫。でも今日の飲み会はパス。

 家にいなきゃなんだ。俺はいいからみんなで楽しんできてよ』


「送信、と」


送信ボタンよりも先に画面いっぱいに画像が届いた。

添えられているプロフィールメッセージで一人称殺人だとわかる。


「文字もダメってことかよ……」


自分の状況を必死に伝えて助けを求めようかと思ったが、

一人称が使えないままその事情を伝える自信はなかった。


死ぬ人間はランダムに決まるらしく、運が悪ければ知り合いが候補になるかもしれない。


「これからどうしよう……」


ピンポーン。

俺が悩む時間を遮るようにインターホンがなった。


玄関を開けると友だちがたくさんの荷物で待っていた。


「いったいどうしたんだよ。今日は飲み会のはずだろ?」


「お前のいない飲み会なんてつまらないからな。

 家にいる必要があるんだろ? だったら宅飲みにしようってな」


「みんな……」


追い返そうとも思ったが人の善意を投げ返すほどの胆力はなかった。

一人称を使わない会話にもコツをつかんできた。


「そうだなぁ……おr……好みのタイプは、真面目な子かな!」


日本語とは便利なもので主語を削ってもだいたい意味が通る。

幸いにもみんな酔っ払っているので底の不自然さに気づく人はいない。

俺だけが酒を飲むふりをして自分の発言に神経を尖らせている。


「真面目な人かぁ。ひっく。大事だよなぁ、うん。真面目だいじ」


「飲み過ぎだよ。そろそろ辞めといたら?」


「オレは今日は飲みに来たんらぁ! 今日はところんまで飲むぞーー!

 んぐんぐっ……ぷはっ! ようし、ではみなさんお待ちかねのオレのタイプを発表するろぉ!」


待ってないぞー、と笑いながらやじがとぶ。


「では発表します。オレのタイプわぁ……タイプわぁ……オレの……。

 オレ、オレのタイプ……オレのタイプわぁ……」


ブブブブブブッ。


「おいそこぉ! なにスマホの電源いれてるんだぁ!

 オレの大事な発表の場なんだぞぉ! 電源きっておけぇ!」


「はいはい」


スマホの電源を切ろうと画面を見て固まった。



『新着メッセージが 60件あります』



「うそ……!? なんでだよ! いちにn……、使ってないのに!」


「お前ぇ、オレの発表聞きたくないのかぁ? こらぁ、ひっく!」


メッセージと画像が届いた。

ちがう。俺の発言じゃない。


「他人が使った言葉も……カウントされるのか!?」


「誰と話して……ひっく。うっ……うあっ……」


友だちは急にひざから崩れ落ちた。口から泡を吹いている。

周りの友だちたちは慌てて救急車を呼んでいるなか、俺だけが固まっていた。


「おいなにやってる! お前も手伝え!!」


「意味ないよ……」


「何言ってる!! 早くしろ!」


「だって……」


さっき届いた画像には友だちが映っていた。

一人称による死亡対象者に選ばれてしまったんだ。


「俺のせいだ……俺が……俺が招いてしまったから……」


『新着メッセージが 3件あります』


頭はパニックになり抑えがきかなくなった。

その日以来、俺は友だちの葬式にも顔を出さず引きこもるようになった。


通知が恐ろしくなりスマホは電源を切ったまましばらくつけていない。


顔も知らないどこかの誰かが死んでも気にならなかったのに、

目の前で気心の知れた人が1人死んだだけで自分の状況の恐ろしさがわかった。


話してもダメ。

書いてもダメ。


一人称が使えないままこの先普通に生活していけるのだろうか。


こうして部屋に閉じこもって現実逃避している間にも、

一人称で人が死ぬ現象を気づいていない人が無自覚に使っているかもしれない。


早く止めたいのに、この状況を説明するための言葉が思いつかない。


「いったいどうすれば……」



ーーそもそも俺はどうして一人称で人が死ぬと知ったんだ?



自分自身に自問自答したとき何かがひらめいた。

思えば、最初は自分のスマホに届いたメッセージで気づくことができた。


あまりに情報量が少なかったために半信半疑だったか、

あらかじめこの状況を説明する文面を作って見せればいい。


一人称を「使う」ことで人は死ぬが、

一人称を「見せる」ことで人は死なない。


あとはこの一人称殺人を伝える文書を作っている間に、

俺が死亡候補として選ばれないことを祈るだけだった。


「で、できた……」


今のこの状況を説明して対策までを書いた文書を作成した。

信じてくれる人がどれだけいるかわからない。


作成には最低限の一人称だけで説明を試みたが、

まわりくどすぎると内容が伝わらないので使う部分には使ってしまった。


「ごめん……誰か……」


俺は久方ぶりにスマホの電源を入れた。

この文書を作成するにあたって犠牲になった人たちを知る必要があると思った。

それだけの命を背負う責任があると思った。


スマホには画像はなく、メッセージだけが届いていた。



『人間が規定数未満になったため、一人称による殺害を終了します』



最初は理解ができなかった。

喜びよりも先に安心感が体を包んだ。


「よかった……これでもう一人称使える……」


もう俺のスマホにメッセージは届かなかった。

開放感に浸っていると、インターホンが鳴った。


玄関には友だちが立っていた。


「……よぉ」


友だちが一人称で死んで以来久しぶりだった。


「実は、ちょっと聞いてほしい話があるんだ……」


友だちは重い口を開く。


「その前に、俺から話していいかな。

 実はあのときサトシが死んだときがあるだろう。

 実は……あれは一人称を使ったからなんだ」


「え?」


「信じられないかもしれないけれど、本当のことなんだ。

 俺がもっと早くに気づいていれば止められたのに……ごめん」


一人称が使えると謝罪も説明もすらすらと出ていた。

いかに主語が言葉の中で大事な部分を占めているのかを思い知った。


「オレも……話していいかな?」


「ああ、なんでも話してくれ。一人称を好きなだけ使ってくれ良いよ」


「実は……」


友だちはそっとスマホの画面を見せた。

過去に届いたメッセージが表示されていた。



『二人称を使うと人が増えます』



「お前、これっ……!」



その先は言葉が続かなかった。

「お前」と言った直後、背中に新たな人の気配を感じた。


振り返ると、新しく増えた自分が部屋に立っていた。

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