此美味也 三十と一夜の短篇第45回
白川津 中々
■
犬の糞に集る蠅を食べてみると思いの外悪くない味がした。
口に入れた瞬間はまさに排泄物といった味わいであったがよく噛み締めてみるとギシリという歯ごたえに重厚な旨味。まさに珍味。酒が何杯でも入る逸品。
これは美味いと何匹か掴まえて自宅で培養し糞尿以外の餌を与えてみたが駄目だった。どれもこれも薄くシャリシャリとしてちっとも食いでがない。何がいけないのだろうかと問えば明白。糞尿である。
しかしあの糞の風味は如何ともし難い。どうすべきか。なっちまえばいいじゃん。糞に。
思い立ったが吉日。俺は毎日毎日自分の糞尿をバスタブに貯め込み期を待った。嫁と子供は逃げ出したがどうでもいい。女子供に男のロマンが分かってたまるか。俺は美味い蠅を食いたいのだ。邪魔は決して許されない。
幾日が過ぎバスタブが黄土色で満ちると俺はまってましたといわんばかりに飛び込み全身に糞を塗りこんだ。身体の穴という穴にニュルニュルと汚物が入り込み、激しい匂いが鼻を刺し嘔吐を催す。
これはちょうどいいと吐き散らかしてお代わり一杯。何という事でしょう。大盛りカレーに溶き卵。色彩のレボリューションここに完成。
「あぁ! スメル! スメェル!」
狂った! とうとう俺の嗅覚は常軌を逸した! 異臭と思えていた糞尿地獄が香しき花の楽園へと変貌したのだ! 弁に混ざる繊維や未消化の食材が絹や宝石に見える! これは楽園! ファンタジー! ワンルームに備え付けられたバスタブに広がる金色の園はまさに桃源郷!
そこで登場蠅さん! 飛び回って活きがいいね!
縦横無尽に動く蠅を抓み糞尿と一緒に口に放り込む。そのテイスト。デリシャスと言わざるを得ない。そうだ! 俺はついに糞尿と化したのだ! 金山毘古神の化身と 成ったのだ! 万歳! 万歳!
気付けば無数の蠅が俺の周りを取り囲んでいた。腕に痣。おそらく卵を産み付けられたのだろう。皮膚がブヨブヨとして痒みがある。しかし、そんなことはどうでもいいじゃないか。今が幸せなら。
俺は蠅の食べ放題サービスを満喫しながら幸福を噛み締めていた。
思考はもはや、覚束ない。
此美味也 三十と一夜の短篇第45回 白川津 中々 @taka1212384
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます