オールアバウト世界一周
達見ゆう
それは単なる偶然
「今日の宿はここにするかな」
とある安宿を前にして私は相棒に声をかけてみた。
「う、うん。君がいいならいいよ」
相棒は頼りなさそうに答える。いや、相棒と言うには知り合って間もない。女の一人旅自体は構わないのだが、カップルのふりをして行動するだけで、かなりのリスクが軽減される。バンコクの屋台で所在無さそうにパッタイを食べていた彼に声をかけ、この国内だけでもバディを組むことを決めたのが今日の昼だ。
なんとなく旅慣れてないのはひと目で分かったが、こういう輩は日本語が通じるだけで仲良くなりやすい。とりあえずタイでの移動中だけでも彼と行動するか。
安宿はいわゆるドミトリー式の男女混合の部屋だった。
私達は荷物を降ろして場所を確保すると夕飯を取りに行くことにした。
「へえ、卒業旅行にタイ一人旅してるんだ」
「う、うん。友人に頼らずどこまでできるか試してみたかったんだ」
いや、きっとこいつは友達がいない。リア充共がさっさとプラン決めていってしまわれて、ぽつんと一人旅プランを決めたに違いない。そんな顔をしている。
「君はタイ国内だけ?」
失礼なことを考えていたのは気取られなかったようで相棒が尋ね返してきた。
「オールアバウト世界一周」
「は?」
「就職浪人中なんだ。公務員試験は受かったのに全然どこの官庁からも呼ばれない。とりあえず連絡先は通じるようにして、面接の呼び出しあればすぐに行けるように家族に頼んでおいてさ。それまでざっくりと陸路なり空路なりでフラフラするつもり。もしかしたら、呼ばれないまま一年経ってしまって世界一周してるかも。全ていい加減なプランの世界一周。だからオールアバウト世界一周なのさ」
「いや、オールアバウトってそういう意味では……」
「あん?」
ガパオを食べる手を止めて相棒を睨む。
「あ、いえ、なんでもないです」
「うむ」
「……君、コミュケーションは身振り手振りが多いでしょ」
期間限定の相棒が私に向かって尋ねてくる。
「そりゃ、もちろん。こういう国で翻訳機なんてブルジョアなモノを持ってたらカモにされるだけだろ?」
「ま、まあ、そうかも知れないけど」
相変わらず相棒は頼りなく答える。こいつ、一人だと間違いなくカモにされてたな。と、思った時だった。
「ハーイ、彼女ぉ! ソンナ奴より俺タチと遊ばなイ?」
案の定というべきか、欧米系のチャラ男が絡んできた。こういう輩を避けるために相棒とバディを組んだのに、やれやれ。意味を無さなかったということか。
「断る。彼がいるから用は足りてる」
「えっ?! 足りてるって、な、何を?!」
彼氏役のお前が戸惑ってどうする。呆れてしまったが、チャラ男の攻勢は続く。
「こぉんな頼りない彼氏より俺の方が楽しめるよぉ?」
馴れ馴れしく腕を掴んできた。こんな時のために備えはしてある。私はザックからモノを取り出し、相手の腕に当てた。
『 バチィッッ!!』
「Oh! Noーーッ!!」
チャラ男は腕を押さえてのたうち回る。
「Yamazonで取り寄せたスタンガンだ。これ以上痛い目に会いたくなければ去れ」
私は日本語で威圧感高めに言い放つ。言語の違いはあっても威圧感は万国共通だ。それはチャラ男にも通じたようで、何やらダメージ受けつつも捨て台詞を吐いて立ち去っていった。
「す、すごい。君、一体何者?!」
「別に。単に情報検索ばかりしてるオタクってところ」
「あ、あの。姐さんと呼んでいいですか?」
……やれやれ、ここでもこうなのか。国内でもこの反応だから海外旅行へ出たのだが。私は半ば諦めたように答えた。
「優花というけど、皆はユウやユウカと呼んでるよ」
「ぼ、僕は涼太。そのまんまリョウタと呼んでいいよ」
この時はタイ国内だけの縁と思ってたのだけど、まさか採用先にリョウタがいるとは思わなかった。そのまんまあれよあれよと結婚して今に至る。
「リョウタ、あれほど言っただろーー!!」
「うぎゃァァァ!!」
今日も我が家は平和だ。あの時、タイ旅行していなければと、思わなくないがまあ、悪くない。
オールアバウト世界一周 達見ゆう @tatsumi-12
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