十二人のサッカー
流々(るる)
最後の試合
倒れた和樹は足を押さえて芝の上を転げ回っている。
キャプテンの三島がベンチに向かって手を斜めに交差させた。
もう残り時間は十分を切っている。アディショナルタイムを入れても十五分はないだろう。
その間に一点を取らなければ俺たちのサッカーは終わる。
ライン際に立ち、副審へ背中を見せている男に目をやった。
背番号12のアイツに――。
⚽
「そこは切り替えを早く!」
「もっと相手に詰めていこう」
「ボールウォッチャーになってるぞ」
三島の大きな声がグランドに響く。
フィールドプレイヤーを五対五に分け、
余った一人がコーチとして外から指示を飛ばす。交替でコーチ役をやるのも俺たちが決めたルール。
なにせ十二人しかいないサッカー部だから、仕方ない。何でも協力して交替で一年間をやって来た。ただ、替わらなかったことが一つだけある。
遼太はいつも背番号12だった。
県立桜ケ丘商業高校へ入学して二カ月経った六月、この学校が統合され廃校となることが決まり、俺たちの世代が最後の学年になった。
三年生になった今年、先輩はもちろん後輩もいない十二人でやってきた。顧問の先生はサッカーを全く知らず、やっと最近になってルールを分かってきた程度だ。
試合形式での練習が出来ない反面、工夫して狭い空間でやってきたので攻守の切り替えが早くなりパスの精度も上がった。
「遼太!」
パスを出しながら声を掛ける。
遼太はトラップしようとして右足を前に――と思ったらタイミングがずれてボールは後ろへ転がっていった。
「ごめーん」そう言って左手を挙げると、コート外に転がったボールをダッシュで取りに行く。
この練習方法でパスを始めとした足元の技術がみんな上手くなったのに、遼太だけは以前のまま、いや入学したときと同じままだった。
素早く戻ってくると、笑顔のまま「すんませんしたー!」と大声で最敬礼をする。そのしぐさにどっと笑いが起きた。
はっきり言って、超がつくほど下手くそなのにサッカーが大好きで憎めないヤツ、それが遼太だった。
「お前がもう少し上手ければ、4-3-3のフォーメーションも取れるのになぁ」
「そりゃー、ないものねだりってやつだよ」
練習帰りのバスの中で他人事のように遼太は笑った。
「走るのはメチャ速いじゃんか。運動神経が悪い訳じゃないのに不思議だよ」
いちおう右
日本代表の長友選手のように、守備だけでなく攻撃参加もできるポテンシャルがあると俺は思ってる。けっして練習をサボっているわけではないのに、遼太がなぜ上達しないのか分からない。
「守備重視の3-6-1でパスをつないでカウンター、っていうのがうちのスタイルだけどさ、たまにはこうガンガン行くような戦い方もしてみたいじゃん」
「わりぃーな、俺が下手だから」
珍しく真顔になってアイツが続けた。
「みんなに迷惑をかけてるのも分かってるんだけどさ。俺、試合に出られなくても一緒にサッカーをやってることが楽しいんだよ」
何か言おうと口を開きかけたら「ド下手ですけどー」とニィッと歯を見せた。
⚽
ピッチに遼太が入ってきた。
怪我をした和樹はワントップだったので、遼太を右のウイングバックに回して、竜野か俊也を上げるのだろう。
「遼太、お前がワントップに入れ」
円陣の中で聞いた三島の声に誰もが驚いた。
「え、俺が?」
一番驚いたのは遼太かもしれない。
「そうだ。ポジションだけ気をつけろ。オフサイドにならない位置にいればいい」
うちのキャプテンには何か策があるらしい。
「この試合、ずっとパスでつなぐサッカーをしてきた。メンバーが変わっても同じやり方だと相手は思っているはずだ。そこをついて、ボールを奪ったらロングボールをペナルティエリア前へ放り込む」
もう一度、三島が遼太へ向き直った。
「ボールが出たら、とにかくお前は走れ。きれいに決めようなんて考えるな。お前の思いを体ごとゴールへ押し込んで来い」
肩を叩かれ、遼太は口を一文字にしたまま大きくうなずいた。
試合が再開された。
相手チームもゲームを決めに掛かってきている。中盤でのボールの奪い合いが続く中、時間は過ぎていく。
センターサークルの右付近でボールを奪われた。
相手の
9番へボールが通り、いったん収めてから左へ出した。そこへ後ろから10番が走り込む。
一哉が素早く寄せた。それをかわそうとしたところへ上村が詰める。ボールを奪い取ると俺にパスを送ってきた。
顔を上げると前にフリーで三島がいる。
反射的にパスを出そうとしたとき、キャ
とっさに切り替えて中央へ大きく蹴りだす。
その瞬間、遼太と目が合った気がした。
遼太は走った。
きっとドリブルすることもトラップすることも考えていなかったのだろう。
こんなにも速かったのかと驚くほどに、追いすがる
飛び出してきたGKより一瞬だけ早く、遼太の方が先にボールに触れた。
バウンドを合わせ損ねて、ヘディングではなく顔面に当たったボールはふわりとした弧を描いてGKの頭を越えていった。
1-1の同点。
歓喜の輪の中心には鼻から血を流した泣き笑いの遼太がいた。
結局、あの試合が桜商サッカー部の最後の試合となった。
同点のままPK戦となり、惜しくも敗れてしまった。
それでも試合後に撮った写真は十二人の誰もが笑顔を見せている。
もちろん、鼻にティッシュを詰め込んだ遼太も。
― 了 ―
十二人のサッカー 流々(るる) @ballgag
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