再会と真相
ティルフィングに指定されたとおり西の城壁で待っていると、こちらへ真っ直ぐ向かう馬車が見えた。まずい、ガーグランツ側から辺境伯に宛てられた使者であればすぐに殺さなくてはいけない。落とし格子の巻き上げ機に手を伸ばそうとしたところで、聞き覚えのある声が馬車の御者台から聞こえた。
「マディ…?」
会えるはずもない旧知を呼ぶような、か細い声だった。
私が城壁についた通用口の落とし格子を上げて招き入れたのは、ある
「あ、あぁ…」
絞め殺したような声が出てくる。変装してこなかったことを後悔すべきなのか、険しくなってしまった私の顔を見ても私だとわかってくれた先輩に涙するべきなのかわからない。
「マディ、マディだろう?小さくて痩せっぽちのままだ。連絡はなく、故郷に着いたということも聞かなかったから…俺ぁてっきり…」
『交渉上手』の褐色の髪が汗に煌めく。額に垂れた汗を拭い、顔をくしゃくしゃにして私がいることを喜ぶ男はいつも世話を焼いてくれた四つ年上の優しい先輩のままだった。
「『交渉上手』!ああ先輩、先輩!」
私のことをはっきり覚えていてくれた私の過去、私があの街で生きていた証が今ここにある。アサシンとして在るべき姿を忘れ、私は御者台に飛び移った。
「こんなに身軽になって!元からすばしっこい子だとは思ったけれども…」
私のことを少しも忘れてなどいなかったのだろう。それこそがフリッツの『交渉上手』たる所以だ。どんな取引先の細かい言動や出来事も記憶し、前回の取引からどんなに間隔があいていてもつい先日会った友人のように会話ができる。初めての取引先に対してはその記憶の中にある膨大なデータを元に最適な会話パターンを導き出すのだ。
私の全部を覚えてくれていた人が生きていて、ここにいる。その事実に感極まって抱きつこうとしたとき、悠然とこちらへ向かってくる足音が私を現実に引き戻した。
「感動の再会だったみたいで僕も嬉しいよ、ベス」
血の気が引いた。
ティルフィングがドゥリンを背後に控えてその場に立っている。
『交渉上手』は私をマデリンとして扱うが、ティルフィングに対する私はあくまで知り合ったばかりのアサシン、ベスなのだ。
ティルフィングの目は
話を聞かれていたのだろうか。そうでなくとも羽目を外してただの少女のように振る舞ってしまったところを見られている。
私は今、叱られるのを待つ子犬と大して変わらない。
「長旅ご苦労さまです、商会の皆さん。ドゥリン、馬車を決まった場所に頼むよ」
ティルフィングの言葉で動くことを許された私達は御者台をドゥリンに譲り、順番に馬車から降りていく商会の人たちが王子に挨拶していくのを見ていた。
この城に入った商隊のメンツは私が知っている人たちばかりで、目線が交わされるたびにみんなの表情が少し変わる。
「知り合いだったんだね?」
ティルフィングが真後ろから圧をかけるように話しかけてくる。言葉に詰まっていると、彼の手が私の肩にのせられた。
「なんてね。改めて紹介しよう、僕たちに武器を仕入れてくれているリビエール商会さんだよ」
「よろしくおねがいします」
ぎこちなく挨拶をすると、ティルフィングは心底おかしくてたまらないというふうに笑った。
こんなときに幼馴染のティルみたいな顔をしないでほしい。
「君が僕と彼らを繋いだんだよ、マディ」
「えっ、今…なんて…」
呆気にとられる私の肩を引き寄せ、ティルフィングは満面の笑みで『交渉上手』の方へお辞儀をした。
「私からも改めてお礼をさせてほしい。私が農村の少年として暮らしていた頃の友が、貴方のお世話になっていたらしいからね」
「殿下!どうか頭をお上げください!」
「っそ、そうですよ、ティ、ティルフィング殿下!」
喋りがぎこちなくなる。
この男、私が幼馴染のマデリンであることにまで気づいて泳がせていたのだ。
冗談じゃない。なんて男だ。
「今宵は戦勝の祝いだ。リビエール商会の皆さんも参加して長旅の疲れを癒やしてほしい。先に彼女に会わせたのは、見ての通りの理由があったからだよ」
「っで、ででで殿下…」
不満や驚きや何やらがごちゃまぜになって言葉が詰まる。何なら美青年が間近でしかも思い切り身を寄せてきているのも心臓に悪い。
「ああ、わかっている。あなた方は彼女の素性を知っているだろうが、それをこの軍の皆には偽って話してほしい。彼女がここに来た経緯は少々複雑でね、立場が盤石になるまでは彼女のこと…特に故郷や家族については知らないふりをしてあげてくれ」
大真面目にうなずく商会の面々に「頼んだぞ」と念押ししてからやっとティルフィングは私を解放した。
商会のみんなが積荷の方や指示された部屋へ散っていく。
もう少し昔の仲間と旧交を温め合ったり、『交渉上手』に私がいなくなってからの話を聞いたりしたかったが、それは後回しにするしかなくなった。
隣にいるこの食わせ者に聞くべき話がたくさんある。
「殿下はすべて知っていて私を泳がせていたのですか」
「全て、とはどういう意味だい?」
「あなたは…っ!」
「君の両親が君の勤め先に出した手紙、その代筆を買って出たのは僕だよ」
ティルフィングが肩をすくめる。
「君を呼び戻す手紙は何通か出していたんだけど、どうやら君はギルドを出発後から音沙汰がなかった」
「それは…」
帰省途中に貴方の父親を暗殺しに来た馬車を助けてしまったせいでそこのアサシンとして育てられていたからです。なんて言えるか。
「そして何通か出したその手紙は、届くまでに中身を検められる頻度が少なかったことがわかった」
「まさか私を案じる手紙に見せかけて別のやり取りをしていたのですか」
「その通り。僕が
「だっ…だったらそれを先に教えてください!私ばかりいつも死にそうな気分で殿下に話して…!」
文句をぶちまけようとしたところで口を物理的に塞がれた。王子の指先が私の下唇を上向きに押し付けている。
「間諜としての君の有能さを知るには丁度よかった。それに、君の真剣な顔はいつも見ていたいくらいだった」
「んんんん〜っ!」
この野郎!と言葉にならないのをいいことに罵ってやる。
「せっかくだから僕にもたくさん聞かせてほしいな。君が今までどうしていたのか。フリッツさんくらい仲の良い男の人がどれくらいいたのか、とかね?」
思い出の美少年はとんだ食わせ者に育ってくれていた。
乙ゲーの農民系女子は楽な人生が欲しい くまぃっさ @p0cketBamb00
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