霧のなかの貴方

彼にメッセージを送るのはいつも深夜11時23分と決めている。


毎日は送らないんだ。

彼に、重いやつと思われたくないから。

でも、時間はいつも同じにした。

彼の心に自然と私の居場所を作れるように。

迷惑じゃないかなと思いながら・・・・。


そう、私はずっと彼に恋してた。

高校1年生の時から、ずっと彼のことだけを見てきた。

3年生になって一緒のクラスになった時は嬉しかった。

けれど、いざとなると話しかけられなかった。

遠くからそっと彼を盗み見ているだけ。

告白できないまま、夏が過ぎ秋になり、冬の寒さを越えて桜咲く春を迎えた。

彼は東京の大学に、私は地元の女子大に進学し、私たちは離れ離れになった。


彼と再び出逢えたのは2年後の同窓会のこと。

その日は前の晩から緊張しっぱなしで寝不足で目が腫れちゃって最悪だった。

さて、どんなふうに話しかけたらいいのかと悩んでいるうちに乾杯が始まり、結局話しそびれた。

それでも偶然のふりをして彼の隣に座り、ちょっとよろけたふりをして彼の肩に触れたのが私の精一杯の勇気。

緊張して全く話せない。

少し髪を伸ばしたかな?ちょっとおしゃれになったかな?彼女いるのかな?


誰かがメアドと電話番号を交換しようと言い出した時は嬉しかったけど、乗り気じゃないふりをした。

直ぐにでも彼に連絡したかったし告白したかったけど・・・、やっぱりできない。


当時の私は、ちょっとだけ深刻な問題を抱えていて、命には別状ないのだけど手術をしなければならなかった。

そしてそのあとは長いリハビリに耐えなければならない。

そんな姿を彼には見せたくないもの。


元気になったら彼に告白するんだ。

そう考えると、リハビリも頑張れた。

卒業は1年遅れたけど、就職して仕事にも慣れた頃、間違えたふりをしてショートメールを彼に送った。


いろいろ考えたの。

ショートメールなら電話番号を間違えたって言えば信じてもらえるかなとか。


その私の精一杯の勇気が午後11時23分のメッセージとなって

すこしだけ彼と近づけたかなと思った。

挨拶だけだったり、その日あった出来事のことだったり

仕事の愚痴だったりとか

まるで高校生の恋愛みたいな幼稚なやりとりだったけど

それでも私は幸せだった。


ちょっと欲が出ちゃった。

いつも紳士でなかなか踏み出してくれない彼に嫉妬して欲しくって作り出した架空の婚約者フィアンセ

でも、彼は応援してくれた。頑張れって励ましてくれた。

それで引っ込みがつかなくなっちゃった。

今から嘘だと言ったら・・・怒るかな?嫌われるかな?


今年もひとりきりのクリスマスの夜、私は終電に乗り込み、空いていた席に座る。

今頃、彼は何をしているのかな?デートだったら嫌だな。

逢いたいな・・・。

私の心の中はいつも彼のことばかり。

時刻はちょうど11時23分、私は彼にメッセージを打つ。


「今日は遅くなっちゃった。今、電車の中。メリークリスマス。」


彼からの返信は直ぐにやってきた。


「メリークリスマス。前を見て。」


神様、クリスマスの奇跡をありがとう。感謝します!


そして乗り換えの駅まで彼と話し続けた。

早く彼に嘘だと言わないといけない。

婚約者フィアンセなんていません。

違う、違うんです・・・・。


急に私の中に湧き上がった一つの暗い雲・・・。

ひょっとして彼にはすでに彼女がいるんじゃないか?

私のこと、実は迷惑に思っているんじゃないか。

その想いが私を一層縛っていく。


「うん、ありがと。君も早くいい人見つけてね。じゃあね、」


心にもない言葉を吐いてしまった。

そんな人いないよって言って欲しかったのに。

そうしたら、私は貴方の胸の中に飛び込んでいけたのに。


あなたは優しく手を振って支線のホームへと続く階段を上っていく。


帰り途、自然と涙が溢れてくる。

家に帰り着いた時、両親がすでに寝ていてくれたことが嬉しかった。

そのまま部屋のベッドに倒れ込む。


それから何日も思い悩んだ。泣いた。

新しい年を迎えてしばらくたった日

泣いて、泣いて、悩んで、悩んだ末に私は決心した。

ふられたっていい。彼がいないのなら私の人生なんていらない。

臆病なせいで10年間も遠回りしてしまった。

人生最大の勇気を振り絞ろう。

明日、彼に逢いに行こう。

謝ってちゃんと告白しよう。

あなたのことが、ずっとずっと好きでしたってちゃんと言おう。

心が軽くなり、私は久しぶりにゆっくりと眠りにつくことができた。


早朝、ものすごい揺れが襲ってくる。

下から突き上げるような揺れが起きたかと思うと

そのあと、まるで巨人が家をシェイクしているような横揺れが長く続いた。

もうダメかも・・・・神様。最後に彼に逢わせてください。


揺れがおさまり、私は倒れて散乱した家具の隙間を縫って外に出た。

幸いなことに家は倒壊せず、家族も皆無事だった。

遠くに黒煙が立ち登るのが見える。

彼の住んでいる方角だ。

気がついた時には、私はパジャマの上にコートを掛けたままの姿で駆け出していた。


どうやって彼の家までたどり着いたのかは覚えていない。

昨日まで彼が住んでいたはずの場所は燃え尽きて何もなくなっていた。

私は呆然と立ち尽くし、理不尽さに叫ぶ。


「いや・・・・、こんなの嫌・・・・・・!」


そして号泣する。

こんなことなら、あの日告白しておけばよかった。

一緒に死にたかった・・・・・。

私の嘘を信じたまま、彼は逝ってしまった。


それから2年が過ぎた。

いまだ震災の爪痕は残ったままだけど、街はすこしずつ落ち着きを取り戻していく。

先日、駅前に慰霊碑が建てられた。彼の名前もそこに刻まれている。


1年間の休職を経て私は職場に復帰した。

心には大きな空洞がポッカリと空いたままだ。

何度も死を考えた。

でも、嘘つきの私は彼と同じ天国に行けないだろう・・・。


逢いたいよ・・・・逢いたいよ・・・・・逢いたいよ・・・・・。


以前も逢ってたわけではないのに・・・・。

でも、メッセージをお互いに交わす時、私は確かに彼を感じていた。


今日も終電になった。

遅くなっちゃったな。仕事、大変だったな。


私はスマホを弄びながら眠気に襲われる。

無意識にメッセージを打っていたようだ。それは身についた習慣か。

時刻は11時23分。

突然の震動音バイブレーションで私は我に返る。


彼からメッセージが来た。


「お疲れ様。身体に気をつけてね。」

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マイノリティ魔女リティ 雪河馬 @snowmumin

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