霧のなかの彼女

彼女からメッセージが来るのは決まって夜の11時23分

「元気?」

と言った短いメッセージから、その日見つけた素敵なケーキショップの話までいろいろだけど。


僕はそれに返信する。

「僕も元気だよ。」

「へえ、僕も行ってみるよ。」


「ツライ・・・・。」

って彼女が呟く時は、僕は一生懸命励ます。


メッセージのやりとりは数回。

いつも彼女が寝落ちして終わる。


これは恋?

いいや、恋じゃないと思う。

これは共依存だ。

彼女が僕に依存していることに僕は依存している。


僕は恐れているんだ。

彼女が僕に依存しなくなる日のことを。

僕のことを忘れてしまう日のことを。


彼女の幸せを願う僕と、彼女がいつまでも今のままでいて欲しいと願う僕が争う。

だから僕は自分でルールを作った。

僕からは決して彼女にメッセージを送らない。


彼女がどんな女性ひとなのか、実は僕はよく知らない。


高校3年の時に一度、同じクラスになったこと。

大学2年の時に同窓会で皆でアドレス交換したこと。

社会人になって2年目の春に彼女が間違えて僕にショートメールを送ってきたこと。


3つの偶然からメッセージのやりとりをするようになっただけだ。

彼女のメッセージは主に仕事の愚痴で、僕はそれを聞いて慰めるだけだったのだけれど。


そして4つめの偶然は最初のメッセージのやりとりから1年後のクリスマスのこと。


その日も残業で遅くなった僕は、家に帰る終電の電車に飛び乗り、たまたま空いていた席に座る。

時刻は11時23分。いつも通り彼女からのメッセージが届いた。

「今日は遅くなっちゃった。今、電車の中。メリークリスマス。」

僕は返信を打つ。

「僕もちょうど今電車の中・・・・。」

途中までメッセージを書いて気がついた。

その女性ひとは僕の目の前の席にいた。

懐かしい、4年ぶりにめぐり逢う女性ひと

少し髪を伸ばしたかな。化粧している。


僕は書き直した。

「メリークリスマス。前を見て。」


彼女はゆっくりと顔を上げて、一瞬キョトンとして、それから口を押さえて笑いを堪える。


次の駅で人が降りた時、僕はすばやく彼女の隣に移動した。

すぐに乗り込んできた客で席はいっぱいになり、彼女の体と僕の体は隙間なく寄り添い、彼女の温もりと匂いが伝わってきた。


僕たちはそれから数駅の間、話し続けた。

高校時代のこと、現在のこと、そして・・・彼女の恋人のこと・・・・。

来年の春に、彼女は結婚するのだ。


乗り換えの駅で僕たちは挨拶をかわし別れる。

彼女はこの駅で降り、僕はそこから支線に乗り継いでいく。


「じゃあ、ここで・・・。幸せにね。」


彼女は微笑んで僕に最後の言葉を投げた。


「うん、ありがと。君も早くいい人見つけてね。じゃあね、」


なぜ・・・ボクじゃダメだったんだろう。

ボクにチャンスはなかったんだろうか?

甘酸っぱい後悔の思いがよぎる。

そう、僕は失恋したのだ。

僕たちの話はここで終わるはずだった・・・・・・。


年が明けて数週間経ち、僕は相変わらずの日常を送っていた。

あの日以来、彼女からメッセージがくることはなかった。


早朝、僕は強い揺れに目を覚まされた。

倒れた家具や割れた食器を片付けた後、テレビをつけてニュースをみる。

そこには炎に包まれた彼女の住む街の映像が空撮されていた。

数千人の被害者を出した未曾有の大地震がこの街を襲った。


彼女は大丈夫?

僕は彼女にメッセージを送るが、既読にならない。


きっと・・・・回線がパンクしているからだ。


しかし、何日経っても彼女へのメッセージは既読にならず、返信がくることもなかった。


その震災では、高校時代の同級生が何名も犠牲になった。

僕は合同慰霊祭に出席し、彼女の名前の刻まれた慰霊碑の前で立ち尽くす。


「さようなら・・・・。」

僕は呟く。


それから20年の歳月が流れた。

僕はその後、結婚してこの街を離れた。

そして離婚し、再びこの街に戻ってきた。

街は復興し、駅前の慰霊碑がわずかにこの街でおきた惨劇を後世に伝えるのみ。

彼女の名前もそこに刻まれている。


「ただいま・・・・。」

僕は呟く。


その日の夜の11時23分、僕のスマホに彼女からのメッセージが届いた。

「今日も仕事大変だった。」


僕は返信する。

「お疲れ様。身体に気をつけてね。」


彼女は今どこにいるのか?

過去からのメッセージなのか?

僕には聞けない。それっきり彼女からメッセージが来なくなるかもしれないから。


僕は恐れているんだ。

彼女が僕に依存しなくなる日のことを。

僕のことを忘れてしまう日のことを。


自分が死んだことに気づいてしまうことを。

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