見ちゃダメ

帰り際に見た塾の時計はもう10時を過ぎていた。

僕は憂鬱な気持ちで駐輪場に停めてあった自転車に乗る。

家まではゆるやかな登り坂が続いていて、高校生の僕でも結構きつい。


もうひとつ憂鬱なことがある。

家までの帰り道に街灯がないのだ。

僕は自転車のライトを頼りに真っ暗な道を行く。

新月の夜は、首なし茂平に気をつけろって死んだ婆ちゃんが言ってたことを思い出す。

この地方に古くから伝わる怪談。

僕はそんな言い伝えは信じてないけど、嫌なことを思い出してしまった。

自転車を漕ぐスピードが少し上がった。


前方に自動車の灯りが見えて僕は少しほっとする。

車は僕の横で停止し、ウインドーが開いた。佐藤さんのおばさんだ。

「あら、タクちゃん?こんな遅くまでどこ行ってたの。」

「塾。おばさんはどこ行くの。」

「おじさんがね、今日飲んで帰るから迎えにきてくれって。あら、タクちゃん後ろに誰か乗っけてる?」

おばさんは車内のライトをつけて僕のほうを照らした。

その瞬間、さっきまで笑っていた顔が引きつる。

「ん?おばさん。どうしたの。」

おばさんの視線は僕を通り越してその後ろを見ている。

「僕の後ろに何かあるの?」

僕が振り向こうとするとおばさんは鋭い声で僕を制止した。

「だめ、タクちゃん。みちゃダメ。」

「え、おばさん。どうして?」

おばさんは視線を逸らす。

「タクちゃんそのままうしろを振り返らずにまっすぐおうちに帰ってね。」

おばさんはウインドーを閉めながら言った。

「いい、絶対に振り向いちゃダメよ。」

そう言っておばさんはその場から逃げるように自動車を急発進した。


なにかいる。

僕はその気配に気づいてしまった。

見たいけど・・・・、おばさんは見ちゃダメと言った。

”なんでおばさん、行っちゃったんだよ。”

まるで小学生の子供のように僕は怯えた。

”見ちゃダメ、まっすぐ家まで。”

僕は再び自転車を漕ぎ出した。


自転車をいくら飛ばしても、その気配は決して遠ざからない。

何者かが荷台にのっている?

それにしては重さを感じない。

でも、なにかいるんだ。

それは邪悪なもの。

僕は本能的にそれを感じた。


やがて、僕の家の灯りが見えてきて、僕の緊張の糸が切れた。

頰を熱いものがつたう。涙?

熱いものはとめどなく流れ首筋に達する。

自転車を放り出すように飛び降り僕は家のチャイムを押し続ける。

しばらくしてドアが開いて、母さんが顔をのぞかせた。

「あら・・・、どうしたのタクちゃん。」

僕は泣きながら母を呼ぶ。

「おかあさん、おかあさん。」

母さんは僕の顔を見て、そして僕の後ろを見てギョッとした。

「タクちゃん、あなた・・・・・。」

「かあさん、僕のうしろになにかいる。何がいるの?」

「タクちゃん、見ちゃダメ。そのまま家に入って。」

僕は母さんの言葉に従い、振り向かず家に入る。

母さんは僕が家に入るとすぐに扉を閉め、そして僕を抱きしめた。

「かあさん、何がいたの?」

母は僕を抱きしめながら髪を撫でる。

「もう心配ないよ。何もいないよ。だから忘れなさい。」

その時、家のチャイムが鳴った。

母は緊張した顔で僕を抱きしめる。僕も緊張で体がこわばった。


しばらくしてチャイムがまた鳴り、声が聞こえた。

「ただいまあ、鍵あけてくれるか?」

それは父の声だった。

母の緊張感が解けていくのが僕にもわかる。

僕もホッとした。父さんが帰ってきた、もう大丈夫だ。

「ごめんなさい、今開けますね。」

母は家のドアを開けた。


父の後ろに・・・・それはいた。

僕は全てを悟った。そして僕の顔は恐怖にゆがむ。

「ん?なにかいるのか?」

父はキョロキョロあたりを見回し、そして振り向こうとする。

僕と母さんの声がそろった。

「あなた、見ちゃダメ。」

「父さん、見ちゃダメだ。」

しかし、父さんは振り向いてしまった。

「だれ?」


父さんの首は不自然に真後ろに向き、そして・・・・落ちた。

茂平はその首を拾い、帽子をかぶるように肩の上に乗せた。

父さんだった首は口を大きく開いて笑う。

「オラの首、見つかった。」

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