英雄無情譚(ダークヒーロサガ)

英雄ヒーローとはなんだ

強くてたくましくて君たちを守ってくれる正義の味方か?


正義なんて時代によっても国家によっても変わる。

昔、キャプテンアメリカは日本兵を殺しまくった。

それが正義なのか?

奴、米国アメリカにとっては正義なんだろう。



俺は・・・・どうしたらいいんだ。



俺は最悪の気分で目が覚める

昨日、飲み過ぎたせいだろう。頭がずきずきする。


いくら俺が人間ならざるもの、狼男だと言っても弱点はある。

例えば、銀の弾丸や剣といった武器でヴァンパイアにも効果がある。

ヴァンパイアハンターにとって銀のナイフは必需品だ。

耐腐食性に関係するんじゃないかと俺は思っている。

通常の弾丸は撃ち込まれてもすぐに腐食し溶けてしまうのだ。それは自分の身体で実証済。

じゃあ、金でも同じじゃないかと思うが、金の弾丸や剣城など高くて使えない。

だから程よい落とし所で銀の武器なのだろう。


アルコールも弱点のひとつだ。酩酊すると人間並みの防御力になってしまう。

日本では大蛇のモンスターが酒によって退治されたというから、俺も似たようなものだろう。

腹が立つことに吸血鬼どもはアルコールに強い。

コウモリ属はアルコールに酔わないらしいので、コウモリの化物である奴らが酒に強いのは当たり前か。


そんなこともあり、俺は普段酒を飲まないのだが、今は特別だ。

飲まないと、俺は気が狂ってしまうだろう。


1週間前の満月の夜、俺はある屋敷の庭に身を潜めていた。

俺の目的は吸血鬼の眷属ヴァンパイアグールの抹殺。

”太っちょ”の情報によれば、屋敷の主人は大物トレーダーで、妻と5歳の娘との3人暮らし。

そして、なにより重要な情報は、その男の主人は最悪の女吸血鬼だった。


やつの生前の情報を調べたが、ビジネス界でのあだ名が吸血鬼とはなんと言う皮肉だろう。

自分が勝つためには仲間であろうが、親兄弟であろうが犠牲する冷血漢で巨額の資産を築いた。

今の妻も、没落貴族の令嬢を借金のカタに強引に娶ったそうだ。

でも、やつが欲しかったのは家柄のみで妻子に愛情をそそぐことのない男。

家にも滅多によりつかないということだったのだが、ここ最近は屋敷に籠りきりの生活だという。

おそらく目的は、妻と娘の血なのだろう。

幸いにしてまだ手をつけていないようだが、主人マスターを失い飢えた吸血鬼は、麻薬中毒患者のようなもの。

やつがディナーを頂くのは時間の問題だ。


時刻は午後10時。

男は2階のリビングのソファーにひとりガウン姿で座り雑誌を読んでいる。

メイドやコックたちはすでにずいぶん前に帰宅している。

妻と娘も1時間ほど前に寝室に入った。

俺はまるで影のように音もなく跳躍して2階の部屋に侵入し、銀のナイフを首筋に当て背後から声をかけた。


「お前はをしっているな?」


もちろんいきなりナイフを突き刺しても良いのだが、それは俺の美学に反する。

ところが、そこで俺は初めての対応に出会った。

やつはゆっくりと振り返り俺の顔を見て微笑んだのだ。


「ああ、わかっているさ。私は吸血鬼の眷属ヴァンパイアグールだ。君は私を殺しに来たのだね。」


この余裕は一体どこからくるのか?

俺はやつの一挙手一投足を警戒しながら、ナイフを首筋に当てたまま答えた。


「ああ、その通りだ。お前はこの世にいてはいけない存在だ。神の御名において、お前を抹殺する。」


男は優しげな表情を浮かべた。奴がグールと知らなければ誰でも好きになりそうな笑顔だ。

「ああ、私もそう思うよ。ただ、その前にひとつだけ頼みがある。1本の葉巻と、それを吸い終わるまでの時間、少し話に付き合ってくれないかな。」


不思議なことに、やつは俺をたぶらかそうとしていない。俺は男から視線を離さずにナイフを構えたまま、ゆっくりと回り込み、向いのソファーに腰掛けた。


「ありがとう。私はこの葉巻が大好きでね。今となっては味もわからないのだが・・・。いずれにしても恩に着るよ。」


男は手慣れた所作で葉巻に火をつけた。


「私は冷たい男だと皆に言われていた。誰よりも強大な力が欲しかった。だから金を集め、上流社会への足掛かりを作り、のしあがろうとした。あの女吸血鬼が俺のところに現れ、私は永遠の命と超人的な力を手に入れた。その時にね、私は大切な、ちっぽけだけど大切なものを失ったことにはじめて気づいたんだよ。」


よく喋る吸血鬼だなと俺は思った。やつはまだ喋り続ける。


「それはね、人間であったときには顧みなかったこと。家族と過ごす幸せだ。君は家族はいるのかね?」

「お前に答える必要はないな。」

「愛のない結婚だと思っていた。しかしあいつは優しい奴でね。こんな私のことを愛してくれている。」

「それはお前の正体を知らないからじゃないか。」

「ははははは、そうかもしれないね。」

男は笑って葉巻をくゆらせる。


その時、突然扉が開き、ネグリジェ姿の小さな赤毛の女の子が泣きそうな顔で飛び込んできた。


「パパ・・・、怖い夢をみたの。抱っこして。」

男は少女の頭を優しく撫でる。

「大丈夫だよ、アリサ。もう怖くないよ。」

「本当?パパ。」

「ああ、大丈夫だ。パパはね。今はお友達とおはなし中なんだ。ママに抱っこしてもらって眠りなさい。」

少女は目を輝かせた。

「いいの?ママもパパもひとりで寝なさいっていってたのに。」

「いいんだよ、今日は特別だ。ママに言いなさい。パパがいいって言ったって。」

少女の頬に赤みがさし、笑顔があふれた。

「パパ大好き。おやすみなさい!」


男は扉を閉め、再びソファーに座り俺と対峙した。

「すまないね。話を中断して。そう・・・私が、失ったもの、それは家族と一緒に過ごす時間だ。あの子もやがて大きくなり大人になる。妻もやがて老いて死んでいくだろう。しかし・・・・・。」


男の目に涙が光ったように見えたが錯覚だろう。吸血鬼には涙などない。


「私は家族と時間を共有できない。アリサが大人になり子供を産み育て老いて土に還っていっても私は姿だ。血への衝動だっていつ襲ってくるかわからない。もし家族に私が・・・・。」

男は顔を両手で覆いうなだれた。

「私は、もう人間ではないんだ。でも、心が人間のままで死にたい・・・・・・。」


俺は無言で奴の顔を見ていた。なんと答えて良いかわからなかった。


しばらくして男は顔をあげ、清々しく、それでいて寂しげな表情で言った。

「私の話を聞いてありがとう。少し心が楽になったよ。さあ、やってくれたまえ。」


俺は逡巡し、尋ねた。

「お前は・・・嘘を言っていない。しかしなぜだ?お前は血をほしくないのか?」

「血が欲しくないと言ったら嘘になるだろうね。でも、私にはそれよりも大切なものがある。だからこそ、それを失った時、傷つけられた時に私がどうなるかが怖いんだよ。私は英雄ヒーローではないから。」


さて、俺はどうすべきなのであろう。

かつての仲間、吸血鬼狩人ヴァンパイアハンターなら躊躇なく奴を殺すだろうが。

俺は何者でもない、父であった神にも見捨てられた男だ。


俺はソファーから立ち上がり、男に向かって言った。

「俺は君を殺せないし、殺す理由もない。俺はではない。」

そういって立ち去ろうとした。


「そうか・・・・」

男の声に落胆が浮かんだと思うと、突然予想外の行動に出る。

突然牙をむき、俺に襲いかかってきたのだ。

俺は振り向き、とっさに銀のナイフで身構える。


男は俺の首筋にではなく、ナイフの刃先に向かって飛びかかり、ナイフは男の頸動脈を切り裂く。

そのまま床に倒れ込んだ男から、どす黒く淀んだ吸血鬼の血が溢れ出し血溜まりを作った。


俺は男を抱き抱える。

「おい!」

男は口から血を吐きながらも安らかな表情で言った。

「すまないね。でも気にすることはない。君は英雄だよ。申し訳ないのだが、楽にしてくれないか。」

俺は犬歯を男の首筋に、優しくキスをするように突き立てた。

男の体が灰になり消えていく。


「ア・リ・ガ・ト・ウ」

消えかかった男の口元が声にならないその言葉を俺に伝える。

そして、後に残されたのはガウンと灰皿にある吸いかけの葉巻だけ。


俺は跪き、祈った。

「神よ。もし可能であれば、この男の魂をお救いください。この男は俺みたいに穢れていない。どうか救ってやって・・・・。」



胸のあたりが苦しいのは、酒のせいだけではないだろう。

俺の手は本当の意味で穢れた。あの時そう思った。

俺は殺人者になったのだ。

それがあの男の望んだことであったとしても・・・、だ。


”ひとりを殺せば悪党で、百万人殺せば英雄になる。数が殺人を神聖なものにするのだ。”

ある映画のセリフが思い浮かんだ。


俺は引き返すことができないのだろう。自分で死ぬこともできない臆病者だ。

ほんのわずかな望みは、吸血鬼どもやつらを全て滅せば、俺は自由になれるということだ。

いつのことかわからないが、それまで俺は最悪の悪党として生きるしかないのだろう。


俺は眠気覚ましのコーヒーを飲み干し、スーツに着替えて”太っちょ”との待ち合わせ場所に向かった。

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