惰性都市

ある日突然、世界は終わった。

人類の99%の人が突然消滅した。


今日は少し遠くまで行ってみよう・・・・。

5月初旬とはいえ、まだ肌寒さが残る。

人間の大半が活動を止めると温暖化はおさまり、夏は短くなった。

2130年7月13日、わずか8000万人を残して世界の人々は消滅したのだ。


その日以来、争いはなくなった。

争わなくても十分な土地と資源があり、主義主張が異なれば離れて住めば良いだけだった。

そして、なにより、人は孤独を恐れた。

たとえ昨日まで憎むべき敵であったとしても、いないよりはマシだ。


薄手のジャケットを来て僕はマンションから出た。

元々は超高級マンションだったようだが、今は残った人間が集団で暮らすための、いわば寮になっている。


集まって住んだ方が効率が良いのだ。

現在の日本の人口は約100万人。到底日本国土全体のインフラを管理できる人数ではない。

僕たちは適性にあわせて、ほぼ強制的に4つのエリアに分けられた。

農業は拠点を仙台に。

工業は拠点を名古屋に。

貿易は東京に。

そして政治は神戸に。


政治が東京ではなく神戸になった理由は、そこにスーパーコンピューター「北斎」があったからだ。

人間で政治を行うには日本は広過ぎ、人は少なすぎる。

2120年に運用を開始し、陳腐化のため2130年に廃棄が決まっていた「北斎」は、現在ライフラインのコントロールを一手に引き受けている。


それと同時に、仙台には「月花」、愛知には「桜花」、東京には「鳳凰」といった「北斎」の量産タイプが設置された。


皮肉っぽくいえば僕たちはスーパーコンピューターに養われている。


「鳳凰、外出許可をお願いします。」

僕が喋ると、音声が返ってくる。

「了解。外出3時間の許可。エリアは千葉から神奈川。」

「もう少し広げて欲しい。できれば大阪まで。」


一瞬のタイムラグが生じた。北斎と通信していたのだろう。

「外出許可変更。48時間。エリアは神戸を設定。」

それと同時にスマートフォンに行動予定が送られてきた。


山手線の乗客は僕一人だけだった。

そもそも僕だけのために運行しているのだから当たり前か。

マンションの住人ですらほとんど会うことがない。

時々この世には僕一人しかいないんじゃないかと思うことがある。


東京駅に着き、新幹線のホームにたつと、ビジネスマンらしきスーツ姿の男性や女性が数名いた。

もっとラフな格好でもいいようなもんだけど、人間は習性を簡単に変えられないものだ。

僕は指定された座席に乗り込む。

予想通り、たったひとりの乗客だ。

席にはすでに昼の弁当と飲み物が用意されていた。

こういう作業は人間がしているはずなんだけれど・・・・。


2時間半で新幹線は新大阪駅に到着し、そこから在来線に乗り継ぎ三宮に向かう。

今日の宿泊先は神戸港沿いのホテルだ。

その前に少し市内観光をして行こう。

異人館とか見てみたい。


電車は大阪駅で突然停車した。

アナウンスが流れる。

「北斎より通報。断線による電力供給停止のため約3時間の停車。」

そのうち僕は尿意を催してきた。

「北斎、トイレに行きたい。降車許可を。」

「了解。東側階段を降り、改札を出て左側に進んだトイレが使用可能のはず。電力不供給のため注意されたし。」

ドアが開き、僕はホームに降り立った。


ホームは風雨にさらされてかなり汚れていた。

人間が利用しないところはだいたいこんなものだろう。

放置されたゴミや汚物を用心深く避けながら僕は階段を降りる。

構内ではなく、外のトイレを指定した理由がよくわかった。

そのトイレは窓から陽光が差し込みわずかに明るい。


せっかくだから少しあたりを探索していると方向感覚が狂ってしまった。

一体、僕はどこからきたんだ?

スマートフォンを見ても、電波が届かなくなっているようで無反応だ。

とりあえずホームに上って僕の電車を探そう。


コトリ・・・・と音がした。

後ろを振り返ると何かが走り去っていく。

人影のようにも見えるが・・・??

電車の出発までまだ2時間以上あるし、追いかけてみよう。

僕は影が姿を消した方に走る。


ガードレールを飛び越え道路を横切り商業ビルに向かって走る。

1階のフロアのガラスドアを通して見える姿。

決して買われることのない商品たちが整然と朽ちていくのを待っていた。

床に積もったホコリに残された足跡は奥へと続いている。


それはレジ奥の商品棚へと続いていた。用心しながら覗き込む。

棚の隅にそれはうずくまって震えていた。


以前映画でよく似たものを見たことがある。

そうだ、小鬼ゴブリンだ。

僕は手近の非常灯を取り、それを照らした。


小鬼はなにかボロボロの衣装を身につけている。

名札がついている。

山田・・・・。

「ユ・ル・シ・・・・テ・・・・。」

彼女は拝むように僕に向かって頭を下げる。


頭痛が僕を襲い、吐きそうになる。

記憶の封印が解かれた。


2130年7月13日、午後7時08分13秒。

僕たちは世界中のスーパーコンピューターに選別された。

食物に巧妙に仕組まれた遺伝子情報を変質させるトリガーが一斉に作動し、人口の90%が死亡した。

生き残った人間にも試練は訪れる。

高熱が1週間続き、生き残った残りの90%は小鬼ゴブリンへと変異した。

試練の時を生き残った人間も1週間の記憶を奪われ、隔離された。


僕の両親は最初の90%、そして妹は次の90%だった・・・・。


小鬼は労働力として使役されるために作られた消耗品。

そして僕たちは北斎の維持の為の補修部品メンテナンスパーツ

補修部品メンテナンスパーツには自由意志がないといけない。

だから記憶だけを奪った。

そして北斎たちは都市を生かす為の主要部品メインパーツ

都市は生かされている。ただ、その存在を続けるためだけに。


僕は小鬼ゴブリンの頭をそっと撫でた。


そうか、君たちは生きていたんだね。

奴らの知らないところで。

この見捨てられた土地で。


電車は3時間ちょうどで復旧し、再び動きだした。

もうあと10分で三宮に到着する。


今後、僕はどうするべきか、僕という因子が世界に影響を与えられるか。今はまだわからない。

それすら北斎の想定内かもしれないが、できる限りはあがいてみよう。


この惰性で動いている世界をリセットし、新たな世界を構築するために。

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