第18話 桜は舞う

った……!!)


 そう感じる手応えに、俺は怯まない。何せ死ぬことはないからだ。

 というのも、ここでの怪我などの全ての責任は全てレアが負うことになっている。その彼女が、少女一人を救えないはずがない。取るべき判断を迅速に行うはずだ。

 だから何も問題は——


(違う!!)


 過去の経験則と、戦闘に最適化された直感が弾き出した警鐘を頼りに、俺は大きく首を仰け反る。

 瞬間、視界に映ったのは、逃げ遅れた前髪がチラつく様と、鋭利な刃の通過する風。

 そのままバク転で後退し、《月影》を構える。既に切り裂いた筈の手応えはなく、代わりに刀身には桜の花びらが数枚ほど。纏わり付くように残っている。

 そして視界の端には、峰打ちで真っ二つに切り裂かれた人形が、桜の花びらに分解されながら崩れていく。

 そして——トン、と。優雅に着地したのは、赫刀を携えた麗しの剣士ローズ・エインズワース。


「……『授業中の能力の使用は原則禁止』って聞いていたんだがな」

「今はそんなこと、どうでもいいじゃない。それに、監督の元剣聖様は、試合終了とは言っていないわよ?」


 ローズのその言葉で、チラリと確認すれば、確かにレアは興味津々と言った風情でこちらを見ている。

 アイツ、俺の戦闘を見れるって喜んでやがる。

 俺が視線を戻すと、即座に彼女の姿が霞む。辺りには桜の花弁が舞い散り、桜吹雪の迷宮に迷い込んだような気分だ。

 俺が行えるのは、直感と殺気による位置の把握とその迎撃。ただ、それすらもあやふやになってきている。

 原因は間違い無く、この桜だろう。

 無意味に漂うだけのもののはずがない。恐らくは攪乱。こちらからの認識を阻害する異能。

 俺が戦況を維持できているのは、単に経験の差。実戦経験の有無は、一層の隔絶を生む。

 再び殺気。首筋を通過する殺意を頼りに一刀を迎撃。白刀から火花が散る。

 何よりその衝撃ときたら! 俺の迎撃にも乱れが出てきているとはいえ、素の実力も相当なものか。その乱れの原因もまた、この桜なのだが。

 現状では、俺の勝ち筋はない。もとより俺らは聖騎士。異能を以て刃を成すもの。異能を封じたままでは、異能を行使する相手に数歩後手に回るのは自明の理。

 だが、仮に俺が異能を行使したとして、アイツはそれを許すのか?


 ……許すな、アイツは。


 もう一度横目でレアを見れば、いい顔で親指を上に向けていた。こちらの思考は予測済、と。

 なら、俺も少しだけ、本気を出すとしようかな。

 白刀を正面に構え、刃の先端を左手で支える。目を瞑り意識を集中。

 異能を行使するには、それに応じたルーティンがある。俺の場合はこの動作。

 体の奥から流れる力を感じ取って、俺は解放した。

 一瞬だけ生じた黒の波動。それは目に見えるものであり、その影響もまた、目に見えるものだった。

 波動が場内を拡散。次の瞬間、舞い散っていた桜が黒く変色し、バラバラと崩れ落ちた。辺りには、煤のように粉々になった桜の花びらで埋め尽くされ、累々と積み重なっている。

 そしてその中央に、彼女は倒れていた。力なく倒れているが、赫刀を離さず、必死に起き上がろうとしている。

 俺はその隙を逃すことなく近寄り、素早く切っ先を突きつける。その間、終始誰もが無言。だがレアは、しっかりと役割を果たした。


「そこまで! 勝者、リゲル!!」


 歓声は沸かない。ただ無言。

 それはそうだ。得体の知れない何かが放たれたと思ったら、桜は消えてローズは斃れていた。

 あまりに一瞬の逆転に、驚愕で満たされたのだろう。

 まあ事実、俺の能力の一端でしかないわけで。本質とは全く違うのだから、得体が知れないのは当然である。

 だがなんだか、俺が悪者になったような、そんな疎外感だけは敏感に感じ取った。

 その時、ちょうどよく終業の鐘が鳴り響いた。一人残ってしまったのは可哀想だが、許してもらいたい。

 レアは他の生徒に指示を出している。力なく斃れたままのローズは、医療班が担架に乗せて回収していった。

 別に致死性の攻撃ではない。何時間か経てば普通に元に戻るはずだ。

 俺はひっそりとその場を立ち去——ろうとした。

 その時、背後から気配が。殺気は無く、危険はないと判断。チラリと後ろを見れば、美しい金髪の少女が立っていた。


「何だ。あの攻撃は何だ、とか、手札に関する質問には答えられないぞ」


 俺の言葉に、彼女がたじろぐ様子はなかった。

 背まで伸ばした美しい金髪は、アリーナを照らす照明によって爛々と輝きを放ち、翠緑の瞳は鷹のように、静かに俺のことを見据えている。スレンダーな体型ながら、よく見れば程よく筋肉がついていて、よく鍛えられていることが窺える。

 少女は静かに口を開いた。


「……今日は戦えなかったけど、次は絶対に戦おう。それが言いたかっただけ」

「……そうか。勝てると踏める自信があるのはいいことだが、生憎と授業には殆ど出る気がない。そこのところは理解しておけよ」


 それきりで、俺たちは別れた。

 俺はすっかり疲れた全身の筋肉を悼みながら、その場を立ち去るのだった。

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無銘剣士の幻想無双譚 幕ノ内豊 @mattari-19

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