第17話 後継者

「来なさい——《仙紅桜》!」


 彼女の細身の赫刀は、主の呼びかけに呼応して紅に光り、その刀を両の手で構え、彼女は飛び出した。

 古流歩法、《縮地》。深く踏み込んだ両足から、凄まじい勢いを得て、競技場を駆け抜ける。

 俺は《月影》を下段で構え、突撃に備えて腰をかがめる。

 赫刀は不気味な紅い軌跡を残し、さながら死神の鎌のように、俺の命に喰らい付いてくる。

 右から振り抜かれた刀を防御し、押し返す。だが彼女は止まらない。押し返されたことを悟るや否や、くるりと回転して勢いを乗せ、二撃、三撃と追随する。

 迫る凶刃を巧みに振り払いながら、距離を取ろうと後退するが、それを彼女の連撃が阻止する。

 一連の攻防。しかしそこに垣間見えるしなやかな斬撃は、まるで舞のように、止まることなく続いていく。


 これこそ、皇国の誇る「刀」の正当流派が一つ、《天桜流》の基本形、《彼岸舞い》。

 相手の息衝く暇すら与えない高速の連撃と、しなやかな剣戟による攪乱こそが特徴の、有名な流派だ。

 しかし俺は、それを巧みに捌き切る。一合一合斬り結び、決して落ちない精巧さで、俺は彼女と互角に渡り合う。

 流石に能力の使用もなく三連戦はキツいものがある。しかしそんなことで弱みを出すほど、俺は弱くはない。

 俺が《彼岸舞い》では切り崩さないと悟ると、彼女は自然に型を切り替える。


「天桜流——《桜吹雪》」


 型と型を繋ぐ《彼岸舞い》によって成り立つ、超精巧な変速連撃。

 横からの斬撃主体から、上段からの連撃を交えての連撃に切り替わる。

 これには俺も迅速に対応。一撃たりとも懐へと入れはしないという、決意の表れ。

 鋭く繰り出された唐竹割りを打ち据え、強引に押し飛ばすことで、距離を作り出した。


「……へぇ。貴方、中々やるじゃない」

「お前もな。余裕の中には、たしかに実力も雲隠れしているようだ」


 彼女の額には汗が光っていて、肩の動きはそれほどでもないものの、やはり疲労は色濃く見える。

 だがそれをカバーし切るその技の冴え。見事という他はあるまい。

 俺は彼女が息を整える間、静かに追撃せずに待つ。

 呼吸が落ち着き、再び赫刀を構えると、彼女は息を大きく吸い込んだ。刀の握る手に薄らと血管が浮き出て、目は野獣の如く鋭利に輝く。


「《ほうおうきょうてんしき》」


 瞬間、彼女の姿が掻き消える。

 俺は半ば直感で、体の前面を《月影》で防御する。

 その瞬間、弾けるような音と衝撃と共に、彼女が姿を現した。

 死角からの逆袈裟。そして続く十四の連撃。

 俺はそれを直感から回避し、大きく刀を旋回、彼女の華奢な身体を弾き飛ばす。

 だが彼女はそれを《彼岸舞い》でカバー。流れる動作で切り込んでくる。

 その技の流麗さたるや、素晴らしいの一言に尽きる。俺の実戦主義の我流剣術とはまた違う、技の一つ一つに込められた重みが違う。

 俺が再び弾くと、彼女は距離を取った。

 よほど警戒しているのか、一時も目を離さずにこちらを注視している。

 俺は、確認するべきことを口にした。


「なあ、お前の名前、いい加減に教えてくれないか?」

「え? 自己紹介は前に済ませたはずだけど」


 そういえばそうだった。すっかり忘れていた。

 特別興味もなかったし、殆ど聞いていなかったのだ。つまり、俺の怠慢。

 言葉に詰まった俺の様子を見て、はぁ、と呆れたようなため息を零す。


「仕方ないわね。もう一度だけよ。

 私はローズ・エインズワース。流派は《天桜流》。以上よ」

「お、おう。了解した。というかエインズワースってことは、お前、あの爺さんの孫か?」


 俺の言葉に、ローズはピクリと反応する。


「……ねぇ、『爺さん』って、誰のこと?」

「誰も何も、ジーク・エインズワース以外にあり得ないだろう。しっかし、あの爺さん、やけに孫の話すると思ってたら、こんな所で遭遇することになるとはな……」


 ジーク・エインズワース。

 レアと凌ぎを削ったとされる、皇国の誇る『生ける伝説』そのもの。俺も過去に何度か剣を教わったことがある。レアの伝手で。

 その巨大な大太刀から放たれる人外の斬撃は、年齢に比例しているとしか思えない。

 というか、あの爺さんは妖怪の類だ。本人の名誉の為に実年齢は伏せるが、優に三桁は超えているそうで。

 苦い思い出に浸っていると、ローズが震えているのに気が付いた。

 いや、正確には、怒りを抑え切れていないのだ。


「ん、どうした? なんかマズいこと言ったか、俺?」

「…………との」


 ようやっと口を開いた彼女は、怒りに燃える修羅のような形相をしていた。


「人の師匠のことを、軽々しく『爺さん』と呼ぶな!!!」


 そう叫ぶと、彼女は顔の横にピタリと赫刀を構え、腰を落とす。

 大きく息を吸い込んだのを見て、その構えの正体を勘付く。

 俺は咄嗟に剣を構え、迎撃に出る。


「天桜流奥義壱ノ型——《ふくしきおうきょうめい》!!」

「壱ノ秘剣、《荒月・雲霞の台》!!」


 流れるように繰り出される連撃の数々が互いに交錯し、火花を散らす。

 逆鱗に触れた彼女の剣には激情の重みが加わり、一撃の威力を底上げしている。

 しかし、その分——


「動きが荒いな」

「何を——ッ!?」


 拮抗が終わり、俺の白刀が彼女の赫刀を弾き飛ばす。上に弾かれた刀身を失えば、彼女を阻む壁はもはや存在しない。

 素早く手首を返し、その華奢な肉体に向けて峰を振り抜いた。

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