おばけのやみと海月姫

雨世界

1 怖くないよ。

 おばけのやみと海月姫


 登場人物


 やみ おばけの男の子


 海月姫 くらげひめ 落ちてきたお姫様


 プロローグ


 あなたは、いなくなった。


 君は誰かを本当に憎んだことがあるかい? 本当に愛したことはあるかい? 自分の形が、姿が、心が、別のなにかに変化してしまうくらいにさ。


 自分の形が、姿が、心が、別のなにかに変わってしまうくらいに、誰かを憎んだことはありますか? 誰かを愛したことは、ありますか?


 本編


 怖くないよ。


 やみ


 おばけのやみはいつも一人だった。

 真っ暗ななにもない世界の中で、たった一人で毎日を過ごしていた。


 やみはいつもひとりぼっちだった。

 いつも一人で真っ暗な場所に、やみはいた。真っ暗闇の世界にやみはいた。


 やみは寂しくていつも一人で泣いていた。


 やみは友達が欲しかった。一緒に遊んでくれる友達が欲しかった。そうすればもう寂しくならない、泣いたりすることもない、悲しくなんてないと思っていたのだ。


 そんなある日、やみは一人の少女と出会った。


 すごく綺麗な少女。


 真っ暗闇の中で、たった一人だけ、きらきらと白い光を放っている不思議な少女とやみは出会った。


 少女は真っ暗闇の世界の中にゆっくりとした速度で落ちてきた。


 その白い光が(まるで散る花の一枚の花びらのように)闇の中に落ちてくる風景を、「……うわー」と言いながら、やみはその目をきらきらとさせて、(その不思議な少女を見つけたときからずっと)見つめていた。


 それは本当に奇跡のような風景だった。


 やがて、空からゆっくりと落っこちていたその白い光は、やみのいる真っ暗な大地の上に落ちて止まった。


 真っ暗な大地の上にはその少女がいるところだけが、ぼんやりと白く光り輝き続けていた。(それは、あるいはまだ一度も見たことのない、物語の中に出てくる雪のようにも思えた)


 やがて、はっとして、意識を取り戻したやみは急ぎ足で歩いて、その白い光の落っこちた場所まで移動した。


 そこには白い少女がいた。


 真っ白なドレスのような(花のような)服をきている、長くて美しい金色の髪をした、全身から不思議な、明るい白い光を放つ少女。


 やみは恐る恐る、その白い光に近づいていった。


 少女は眠っているのか、じっと目をつぶっていた。


(少女は死んでいるように見えた。生きているようにはとても思えなかった。それくらい、少女は美しい姿形をしていた)


「あ、あの」

 やみは少女の倒れている、少し遠い場所に立つと、小声で遠慮がちにそう声をかけた。(もっと近くに行きたかったのだけど、怖くて近づけなかった)


 すると、そのやみの声が少女の心に届いたのか、あるいは、ただ自然とそうなっただけなのか、それはわからないけど、少女はゆっくりとその目を開けた。


 少女が目覚めると、白い光は消えてしまった。


 すると世界はまた真っ暗になった。


「……あなたは、誰?」


 闇の中から少女の声が聞こえた。


「僕はやみ。おばけのやみです」


 なるべく、少女を怖がらせないようにと思って、できるだけ明るい声でやみは言った。

(そのとき、やみは少女を安心させるためににっこりと笑っていたのだけど、真っ暗闇の中で、そのやみの笑顔は、少女にも、ほかの誰にも、目にすることはできなかった)

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おばけのやみと海月姫 雨世界 @amesekai

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