第2話

気絶もしない。当然、眠れもしない。君は再び自分をこんな目に合わせた卑劣な奴の正体について考えはじめた。しかし先程とは少し視点を変えて、今度は自分の人生から考えはじめた。


まず候補に浮かんだのが、先月まで同居していた恋人である。君が家賃などの生活費を払い続けていたこともあって向こうを家から追い出すかたちで破局した。恋人の借金が原因で喧嘩をした。そこから不仲になり、そういえばと君は重要なことを思い出した。恋人の暴力である。ある日、君が読みかけていた漫画に煙草を落としたといってテーブルの上に残骸があった。君は、その物が失われたことよりも恋人の不注意で全ての物が失われる可能性に激怒した。すると恋人はその残骸を君に投げつけた。君は思い出しながらまた怒りはじめている。

そう、君は恋人の衝動的な動作を許すことができずに声をあらげた。するとテーブルの上にあったガラスの灰皿で君の頭をなぐりつけた。

君は思い出しながら、その理不尽さに、やはり恋人が犯人だと断定できそうな気がしたけれど、君が知らないだけでその恋人は君に追い出されてから別の家に転がりこんでいて、今はその家主と情交に及んでいる。元恋人は君のことなんて既に忘れていた。


雨が降り始めた。腐りかけのクローゼットはその隙間から雨水を通してしまう。容赦なく君の体温を奪う。そして君はつい忘れていた感覚を思い出した。自分にはまだ命があると喜ぶべきか恥辱に震えるべきか判断がつかない、そんな矛盾した感覚。

アルコールを排出したいと膀胱が嘆いている。股間の辺りがうずきはじめたのは、この雨に冷やされて刺激されたからに違いない。君はここで漏らすべきか悩んだが、しかしそんな意思とは無関係に、勝手に排尿した。すると気が緩み肛門まで開放されて液状の便を垂れ流した。下着の中をつぅと滴る排出物の違和感に君は我慢できなくなるが、途中で堪えようとしても一度出始めたものを止められるはずもなかった。


君は屈辱に涙を流した。いっそ舌を噛みきって息絶えてやろうかと。しかし、である。君はまだ希望のようなものを捨てていなかった。それはまだこの暗闇の外、さっきまで自分がいたところには、自分を探してくれる人が確実にいると信じていたからである。手を縛られてスマホで連絡はできない。


なぜなら、君のスマホは私が今この文章を書くために使っているからだ。そろそろ私も雨に凍えはじめ辛くなってきた。クローゼットの中にいる全く知らない人を想像するのに飽きたので、そろそろ穴を埋めて殺そうと思う。

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殺す 古新野 ま~ち @obakabanashi

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