エピローグ

 一


 すっかり喪失状態となり大人しくなった彼を、その後やって来た警察に引き渡すことは容易であった。

 無事に事件は解決したものの、龍興、泰三が亡くなり、龍敏が捕まった以上、もうあの宗教を継ぐものは居なくなるであろう。

 事件の最中に何度か連絡を取っていた鈴城に、改めて事件解決の報告に向かおうと、私と巫部さんは創明社を訪れた。

「すみません、鈴城ですが……」

 事件調査当初に出会った受付の女性の話によると、どうやら突然辞めてしまったらしい。

 今回の脅迫状の件でかなり参ってしまったとか。

 ……本当だろうか。本当だとすると、彼もまた、別の理由で被害者ということになる。

 私たちは創明社を出て、帰路へと就くことにした。

「巫部さん」

「ん? 夏生くん。どうしたんだい?」

「宗教って、何なんでしょうか。人々の支えとなる大切なものですが、非常に不安定な気もします」

 巫部さんはうーんと唸り、答えた。

「不安定なのは、宗教よりも、人の心じゃないかな。宗教は、ある決まりに従って答えが出るものだろうから、柔軟な対応ができない気がする。だから、外れてしまうことだってあるだろう。それを、そういうものだって割り切れない気持ちがどうしても生まれてしまう。宗教のために、お金を払っているからね。でも、不安定であることを隠さずに、これはあまり当たりませんとは教主は言えない。それが商売だったらね」

 なるほど。宗教の考え方自体はたしかに、悪いものではない。

 その使い方に、問題があるのか。

「だから、私は古風な西山家の占い自体は結構好きだよ。どんな占いをしていたのか、わりと興味があったからね……。実際に、見てみたかったものだ」

 巫部さんは、しみじみと声に出した。

「さて、今年もお疲れさま。今年は、大変な一年だったね。年越しせずに、本当によかった……」

 私も巫部さんも、そっと胸をなで下ろした。

「巫部さんこそ、お疲れ様です。巫部さんがいなかったら、どうなっていたか……」

 私は、夏のあの事件と、今回の事件を思い返した。

「来年からはどうなるか……。あまり、厄介な事件が来ないといいけど……」

 巫部さんも、今回の事件で酷く疲れてしまったのか、美しい目元にクマができてしまっている。

「とりあえず、ゆっくりと休もうじゃないか。私は一旦、実家に帰るとするよ」

 巫部さんは大きく伸びをした。

 ……さて、私もあの家に帰ろうか。

「夏生くん」

 私の心情を察しているのか、巫部さんが呼びかけた。

「……いつでもあの事務所に戻ってきていいからね。きっと、君にも色々とあるだろうから」

 そう言って、巫部さんは、事務所の鍵を取り出した。

「用心して持ち歩くこと。いいね?」

「……巫部さん、ありがとうございます」

 私は安心した。これで、帰る場所ができた気がする。

「……君が一人暮らしできるような満足できる給料が支払えるよう、私も頑張って依頼集めますかね……」

 巫部さんはそう言ってニッコリと笑った。


  二


「ただいま」

 まるで誰もいないかのように真っ暗の玄関から、これまた真っ暗な家の中に向かって大声を出した。無論、返事はない。

 ミシミシと音を立てながら、リビングへと向かう。すると、実はテレビが付いていたことがわかった。

「何だ、いたのか」

「さっき帰ってきたばかりだよ」

 それ以降、返事は返ってこなかった。

 父は、母が無差別殺人事件に巻き込まれ、命を落としたことをきっかけに、すっかり変わり果てた。

 そして、私が探偵を目指そうと決めたその日から、ほとんど口を効かなくなった。

 私は、母を殺した犯人を探し出そうとしているのに。

 警察よりも、頼りないのだろうか。

 そんなに、この職業が、気に食わないのか。

 私はやっぱり、帰ってきたことを後悔した。

「もう、出るから」

 早速、渡してもらった鍵を使うことになりそうだ。

「警察ってんのは」

 突然父が声を荒げた。

「……本当に、アテになんねえな」

 もしかすると、毎日テレビを付けては、母を殺した犯人が捕まったかどうかを確かめているのかもしれない。

「……けるよ」

 私は気付いたら、小さいながらも声に出してしまっていた。

「今、何か言ったか」

「母さんを殺した犯人、見付けるよ」

 それを聞いた父は、鼻で笑った。

「……ま、せいぜい頑張ることだな。探偵さん」

「…………ああ」

 私はそれだけ言うと、もうこの家に戻ってこない覚悟で、自分の部屋にあるあらゆる大事なものをバッグへと詰め込んだ。

 母の写真もその中の一つだ。

「……よし」

 私は振り返りもせずこの家を後にし、探偵事務所へと向かった。


  三


 本川越へ着いた瞬間、先ほどまで感じていた負の感情が全て解かれたように消え失せた。

「やっぱり、ここはいい場所だ……」

 空気を思いっきり吸う。身体中の空気を、この地の空気で満たした。

「さて、帰りますか……」

 恐らく巫部さんはもういない、探偵事務所へと向かう。年末年始はきっと、巫部さんは実家で楽しく穏やかなひと時を過ごすのであろう。

 私は歩きながら、巫部探偵事務所へと入社するきっかけとなったことを思い出した。

 とあるツテで、巫部さんが、母が殺された無差別殺人事件によく似た事件を一人で解決したという話を聞くことができた。

 もしかすると救世主かもしれない。どうしても一度お会いしたいと思い、巫部さんに面会する機会を下さいとお願いした。快く受け入れてくれたことを覚えている。

 そして、巫部さんを一目見た瞬間、まるで運命の出会いをしたような衝撃を受けたのも覚えている。

 この人の側にいれば、きっと母を殺した犯人のこともわかるんじゃないかと。

 そうして私は、その場の勢いで巫部さんを説得し、巫部探偵事務所へと入社することになった。その場でOKしてくれたこと。今思い返すと、非常にありがたい話である。

 ……ああ、巫部さんがいないうちに、自分の机のところを片しておかねばならないな。

 少しでも、巫部さんに近付きたい。背負っている重いバッグとは裏腹に、足取りは軽く事務所へと向かっていく。

 事務所へと辿り着いた。ポストの中身を見ると、一つの白い封筒が入っていた。

 ……消印が付いていない。

「何だこれは……」

 妙な胸騒ぎがする。私は急いで階段を上り、事務所のドアを開けた。

 やはり、巫部さんは不在だ。自分の机の前に荷物をドサッと置き、その場で封筒を開封した。

「これは……」

 どうやら、一人で見てはいけないものを、見てしまったらしい。

 とてつもない緊張感に、喉がカラッカラに乾いた。


 夏生くん

 お久しぶりです

 どうしても、訪ねてほしい島があります

 きっと、あなたの母のことも、わかります

 訪ねる際は、くれぐれも一人で向かうように

 そして、解決するまで、帰らないように

 きっとあなたなら、解決できます

 では


 鈴城卓馬

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三つの密室 ふっふー @nyanfuu1818

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