《聖郭都市ロスリーブ》の飯どころ 年明け祭編
キャトルミューティレート
《聖郭都市ロスリーブ》の飯どころ 年明け祭編
「準備はいいか……野郎ども!」
『『『『応!』』』』
それは、この世界で大多数の信者を抱える、スジャティミン教総本山である《聖郭都市》の神聖な年越し祭りには、あまりに不釣り合いな呼びかけ。
「俺たち南区画は、ここ二年間負けなし。三連覇を……成し遂げる!」
『応さ!』
『ハッ! 軟弱な東、西、北区、おまけに中央区の奴らに、俺たちが負けるかよ!』
『あぁ! 俺らの受ける、
四方に連なる山脈。その中の、とある山の中腹にある、申し訳程度の平地に興された、長い歴史を持つ小さな都市。
季節は冬。
当然、肌を刺すような寒さではあるのだが、男たち全員、体に熱を籠らせており、その集団付近では湯気が立ち上っていた。
呼びかける《彼》こそ、粋がいい男衆の中心人物。
不敵な笑み。背まで伸びたボサボサの黒髪。
顔にところどころ走った、今やすでに乾いた切り傷の痕。どこぞの山賊の首領格を思わせた。
『で……だ……』
『大将?』
「あん? んだぁ? んな間抜け面
そんな危険人物宜しくな《彼》に、取り囲む若衆らが不思議そうな顔を向ける。
『『『『なにやってんの?』』』』
取り囲む皆の疑問はただ一つ。ゆえに、声は重なった。
「何って。絶賛営業中だろうが。見ててわかるだろう」
何をいまさらと、応える極悪人面したガチマッチョ。思わず、首をかしげていた。
皆が問いを向けるのはおかしいことじゃない。
誰もを恐れさせてしまうような見た目の大男。
肩からエプロンをかけていた。
既に日が落ちて久しいとはいえ、かがり火のおかげで誰もが視認できる。
色味、
そして、よく発達し、大胸筋が張ったことで盛り上がったエプロン生地のところには……ことさら紅色の大きなハートマークが刺しゅうされていた。
「出店だよ。年越し祭向けの特別仕様ってな」
ニカッと、答える《彼》は歯を見せる。
笑っているつもりなのだろう。10歳児くらいまでの少年少女なら、「食べられてしまうのでは?」と、すくみ上るほどの畏怖を漂わせているが。
『だぁぁぁぁ! そういうことじゃねぇぇぇぇぇぇ!』
『大将がいてこその、俺たち南区若衆連合じゃねぇか!』
『どうすんだよ! 《オドシシ飛ばし》、大将抜きでやれって!?』
とはいえ、円陣組んでいる男たちは、昔からの馴染がほとんど。
面と向かって、山賊首領面の《彼》に気にせず文句を言える。その事実、その禍々しい見た目と中身が、一緒でない事の証明。
「あ、あのねぇお前ら。見りゃわかるだろう! 目の前の出店用のテーブル! の上に押し並べられた具材! すぐ後ろに控えたレンガ造りの移動式
『え、いや、つってもホラ……誰も客来ていないようだし』
「あ・た・り・ま・え・だ! テメェらみたいなガラの悪そうな奴らが俺と出店中心取り囲む。どんだけ通行人に、『ここに近寄るな』オーラ出してるか!」
『い、いやぁ……近づきがたいオーラってなぁ、大将にだけは言われたくねぇ』
「あ゛ぁ゛ぁ゛っ!?」
『い、いや……なんでもない……
『あ、あぁ』
見た目で怖がられる。その言及は初めてじゃない。
なまじ、付き合いが長いからこそ、若衆たちも言えたのだった。
それと同時に、そのことを実は《彼》が気にしていることを知っていたから、土器の孕んだ聞き返しに、周囲は黙り込んだ。
「はぁ、まぁいいや。ここで話しても埒明かねぇ。もう一度言う。今年は、《オドシシ飛ばし》には出ねぇ」
そんな顔なじみに向け、ため息交じりに伝える。あからさまに気落ちする若衆たちに、《彼》は次いでフッと笑いかけた。
「じゃ、こうしようじゃねぇ。今年、俺抜きで《オドシシ飛ばし》に勝ったら、ウチの店で祝勝会を挙げる。その代金の一切は、俺の奢りだ」
『お、それって! タダ酒ってことかよ』
『マジかよ! 他人の金で飲める酒程うめぇ物はねぇってな!』
『ハッ! そいつぁ……
提案を聞いて湧き立つ若衆を眺めながら、「単純な奴らめ」とシメシメと口角を歪ませた(それもまた、とてもとても良い悪い顔にしか見えないのだが)《彼》は、一つ大きく柏手を打った。
「と……いうわけで、俺の抜けた穴ぁ、見事テメェらで埋めて見せやがれ!」
『『『『っしゃぁ!』』』』
「せいぜい《オドシシ飛ばし》で勝ち名乗り上げ、俺の店から、勝利の美酒を勝ち取って見せろや! 俺の奢りで、たらふく飲み食いするお前たちは、店も俺の懐もスッカラカンにすんだよ」
『『『『しゃぁぁぁりゃぁぁぁぁあ!』』』』
「その時俺は、お前たちに思い知らされることになる。自分優先にせず、俺もお前たちと《オドシシ飛ばし》に出てりゃよかったと。したら食いつぶされることもないんだ。勝利と共に、俺に、後悔させてみやがれ!」
『『『『おぉぉぉぉぉ!』』』』』
『しゃぁ! やってやろうぜぇぇ!』
『今の言葉、お忘れでねぇよ大将! やっちゃうヨ?
言葉で《彼》にコントロールされていることに、若衆たちは気付いていない。
モチベーションが、一気に体内で燃え盛ったか。集団は更に体温を上げたようで、体から寒空に立ち上る湯気は、さらに濃くなっていた。
「それじゃ行ってこい! 証明してみせやがれ! 《聖郭都市ロスリーブ》の最強は、一体どいつだ!?」
『『『『俺たち南区だ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』』』』
空気作りは成った。
けしかけるだけけしかけた《彼》の言葉に押し出されるように、踊らされた若衆たちは、気合最高潮の自分たちを更に盛り上げるため、奇声上げて去っていく。
「馬鹿どもが。やれやれだよ。ハッ!」
若衆たちが向かうは、この都市の年越し祭で長く続く由緒正しい催しである《オドシシ飛ばし》の会場。
闘志を爆発させる背中を眺め、懐かし気に笑う《彼》は……
「何が馬鹿なもんさね。去年まで、その馬鹿の渦中にいたのが、お前さんだったろ」
「あ、アリス婆。なんだ、いまの話聞いてたんすか? えっと、何処から……」
「そうさね。『準備はいいか……野郎ども』のくだりからかね?」
「全部じゃねぇか!」
すぐ、笑えない状況に陥った。
出店に訪れた客の発言とその顔を目に、顔を引きつらせた。
「どもっす! こんばんわ! アーニキ!」
「年末年始のご挨拶がてら、遊びに来てみました」
名をアリスという、歳の割にしぶと強そうな、ふてぶてしい顔を作った老婆。
更に、その後ろから声を掛けてきたのは、利発そうで美しい、とても老婆の実孫には見えない15の少女。
そして、老婆の元に弟子入りという名目で居候している、明るい性格の18の青少年。
「らっしゃい! 今年も随分と世話になって。来年も……」
「年寄をこんな寒空で待たせるつもりかい! いいから、さっそくブツを差し出しなぁ!」
「ハイィィィ!!」
出店として通りに店を構えたから、若衆がいなくなったことで、やっと客が現れたのは確かに嬉しいところ。
とはいえ、その客が、癖の強い相手だとわかってしまったから、《彼》は、苦笑いを浮かべるしかなかった。
◇
今日という日にメインとして《彼》が用意していたのは、持ち歩きながらでも食べられる、とある料理。
モクモクと、勢い強く白い蒸気を立ててるところ、どれほどアツアツかが見て取れる。
「おい、悪たれ小僧。お前さんのお節介のせいで、今年私は、一つ楽しみを失ったよ。老い先短い私の娯楽を奪っていった」
「なんか、ありましたっけ? 俺がアリス婆の楽しみを奪う? ちょっと思いつかねぇんだけど」
木製のスプーンですくいとり、口に運ぶ。
「アチチ」と呟きながら、口をもごもごさせ味わい、ゆっくり飲み込む。やがておもむろに口を開いたアリス婆に、《彼》は眉をひそめて苦笑い。
「アレをご覧よ」
「まだまだ親父の域には遥か足元に及ばんね」と駄目出し宣う。その割には、せっせとスプーンを料理に付けては口に運ぶアリス婆は、顎を使ってある方向を指示した。
(このBBAも、本当に天邪鬼だねどうも)
つられるように視線を向けた《彼》は破顔。
『この《ヤックラーガ》(肉を、ラヨームという高山草を食む畜産動物の乳であるラッカで煮込んだもの)美味しぃ! しかも、隠し味に……』
『あ! 気づいた? 兄貴、アリス師匠から調達してる薬草を隠し味に加えてるから、身体温まるよね!』
『凄い! 口当たりがドロッとして重たいはずなのに、何杯でも行きたくなる!』
オッサンである《彼》と、自身を「老い先短い」と称したアリス婆そっちのけ。
出店から少し離れた大き目な岩に腰かけた、キャッキャウフフして盛り上がるボーイズミーツガールの光景があった。
『じゃ、じゃあ今度は俺が作るよ。また兄貴にレシピを聞いて……』
『本当? なら、また食材買い物に付き合います! 最近助かるなぁ。ガイアスさん、時々手料理を振舞ってくれて……』
『そ、そうかな。エリィちゃんが喜んでくれるなら……アへへへへェ♡』
純粋に、自分が出した料理を喜んでくれるエリィなる美少女の反応に満足気な一方、《彼》はガイアス青少年のデレデレ度合いにクツクツと喉を鳴らした。
「アレって……って、なんだ。別にいいじゃない。寧ろ微笑ましい光景だ。
「お黙り」
「ウグッ!」
それが、アリス女史には面白くないらしい。
「見ればわかるだろう。
「ハハ、アハハハハ……」
「チスコッタ酒をお出し」
「だ、代金をもらえるなら……」
「……なんだい?」
「奢らせてもらいます。ただし、一杯だけね」
このままではまずい。
偏屈婆の機嫌を損ねて、その面白くない気持ちをこちらに向けられては叶わないと、《彼》は諦める。
(頑張れガイアス。エリスちゃんとの関係の進展、応援だけはしてやるから。心の中で。負けるな
声に出さず。想いを胸の中でつぶやいた。
大手を振って応援する素振り見せようものなら、アリス婆に何を言われるか分かったものじゃない。
アリス婆の今後の天邪鬼の一切が、ガイアス青少年
「……ラヨームの
「アンタの親父に、ウチ秘伝のスープレシピを教えたのは、こんなことの為じゃなかったんだけどね」
「あぁ、アレ」
それは今年のどこかであった一件。
薬草を用いた
この都市では当たり前の食材だが、口に入れた後の戻り香に強い癖のあるのがラヨーム肉。
定住の為、何とか慣れようと試行錯誤の上にアリス婆が自身で考案したレシピを、《彼》の父親は教わっていた。
アリス婆はこの都市で、息子を儲けた。
不幸があって、息子と嫁いできた妻の女は病で早逝して、忘れ形見として遺された孫娘であるエリィと暮らすようになった。2、3年前、そこにガイアス青少年が加わった。
ここまで、アリス婆が《ロスリーブ》に移り住んでから数十年が経っている。
居候しているガイアスが、二人に対して日々の感謝を伝えたいとして、「何かお返ししたい」と、《彼》に頼ってきたことがあった。
持ち掛けられた相談に、応えた《彼》が解決案として提案したのが、父親を経由して受け継いだ《彼》が、アリス婆のレシピ。
数十年の苦労が一番色濃く表れたアリス婆にとって思い入れの強い料理。
孫娘のエリィにとって、馴染の深い家庭の味。
大切な祖母と孫娘の
「まだまだ小便臭いガイアスのジャリ餓鬼め、あの一件以降、私をより一層
(……素直じゃないんだからこの婆様も。悪態付きながら満更そうに笑うのはどこのどいつだっての)
「ったく、ドブさらって顔を洗って目を覚ませと言うんだ。わしはまだまだピチピチ。それこそ水着来て水場に出たら、男どもが振り返るくらいには若いつもりだってのに」
(いやそれは、無理無理無理)
「これじゃ奴ら若い二人の間に茶々入れにくくなってしょうがないよ。さて、お粗末様じゃの。感謝せい。年寄りのお小言は、
「今後も小言があるってこと……かよ。考えたくねぇっての。しかも『お粗末様』ってセリフ、料理出す側の俺が、本来口にするものでしょうが」
「なんか言ったかい?」
「いえいえ、なんでも」
と、そうこう話しているうちに(実際は小言を聞いているだけだったのだが)、アリス婆が立ち上がる。
言葉と共に突き返してきたのは、空っぽの木皿だった。
「お粗末様」と入ったが、完食してるという事は、つまり
改めて正直ではない老婆の様子に、たまらず呆れ笑いをこぼした《彼》は……
「来年も世話になります。薬効あるアリス婆の
最後、ハッキリと口角を吊り上げる。
感謝と、宜しくしたいことを裏付ける感情をハッキリ示した……が、アリス婆は、そんな表情を浮かべた《彼》に振り返ることせず、ゆっくりと歩き出した。
(このBBA。アレか? 最近巷で流行ってるライト冒険譚に出てくるツンデレって奴か?)
その背中を眺めながら、《彼》はやれやれとため息をついた。
「兄貴! 兄貴! やっぱ兄貴の料理は天下一っす! あっ! いや、天下二です。エリィちゃんが……」
「おう、小僧。もう一度言ってみなぁ」
「天下三です。一番がアリス師匠! 二番目がエリィちゃんで。だから三番手が兄貴で……」
「ごちそうさまでした! やっぱり本職は違うなぁ。前にガイアスさんがラヨームの
「そ、そんなぁエリィちゃんっ!?」
当然だ。
アレだけ二人……もといガイアスに対して皮肉を口にしていたのに……
アリス婆は、仲睦まじい二人が、出店の料理を最後の最後完食するまで、一言も茶々を入れず、見守っていたのだから。
本当は自分の分の料理はもっと早く食べ終えていた。だから、チスコッタ酒を要求した。
二人の、《彼》の出店の料理を味わうデートが終了するその時までの時間つぶしをするために。
「フン、当然じゃ。ま、そこまで言うなら、来年も宜しくしてやろうかね」
なかなか渋いことをしてくれるじゃないかと、関心すら覚えた《彼》。
が、人込みに消える前に、面を喰らわされた気持ちになった。
「だが、くれぐれも、これ以上二人の間にちょっかいするんじゃないよ。アンタはまず、
「は? 俺……すか?」
「いるだろう。あの、お前の妹公認の……いや気付かんか。お前も馬鹿だからの。料理と荒事以外、からっきしでは気付かんか」
「え゛っ?」
最後っ屁に近いアリス婆の諭し。
「ごちそうさまでした。良いお年を。来年もよろしくお願いします」と、孫娘と居候若人の笑顔を受けながらも、《彼》には意味が分からず。
三人が人込みに溶けていく背中を、黙ってみることしかできなかった。
「プックク……これは、あの老淑女に一本取られたようだね」
呆然と見送る《彼》が、我を取り戻したのは、視界の外から聞き知った声を認めたから。
「やぁ、休憩がてらに寄って見た。僕にも酒の一杯も奢ってくれないか。昔馴染のよしみで」
「ろ、ロイド。お前……」
ケラケラと笑う声と共に、かけられた内容に目を向ける。
はっはっはと白い歯を輝かせ、良い笑顔浮かべた、重たげな鎧を着こんだ褐色肌のイケメンが、「ヨッ!」と挨拶よろしく右手を挙げて立っていた……
◇
「奢ってやるとは言ったが……」
「うん。それは僕も確かに、この耳で聞いた」
「何も小隊全員分だとは聞いてないぞ!」
「ま、いいじゃないか。お願いできないかな。部下の分もご馳走して、隊長である僕の顔を立ててくれ。それにOBとは言え、君にとっては可愛い後輩だろう?」
「ぬぅ……」
「スジャティミン教団総本山。教皇猊下、枢機卿猊下をはじめ、《聖郭都市ロスリーブ》を守護する使命を帯びていた元聖騎士の君なら、この意味が分かるだろう?」
「り、理解はできる。が、納得したくねぇ。特にお前の口から。なんかやりこまれてる気がする」
「そんな人聞きの悪い」
「人聞きが悪いってぇ……」
アリス婆がいなくなってすぐ、顔を見せた美男子も、《彼》の知己。
決して仲が悪いわけじゃない。付き合いも長いし、言ってしまえば友であると言っていい。
だが……
「お前の小隊メンバーの顔触れ。お前の立ち位置。素直に納得できないんだよ!」
『きゃぁぁぁぁ! コレ、すっごい美味しい。すっごい好き♡』
『もしかしてこの《ヤックラーガ》って、中に《チャンガ》(ラッカを発酵させた物)が溶けこんで? だからトロトロで……』
『はぁ~……暖かぁい。なまじ、《ヤックラーガ》が
キャイキャイ言っていた。キラキラしていた。
全ては、《彼》にフレンドリーに接する美男子が引き連れた女性……までには少し届かない、少女というのが正しいかもしれない数人集団が漏らした感想。
「ロイド、お前これって……」
「あぁ、僕の部下だ。今春受け持つことになった」
「部下っつったって、どう見てもアカデミー上がり……」
「だから言ったろ? 今春受け持つことになったって……」
「
「ちょっと。なんか僕に対して、変な誤解を持っているんじゃない?」
「変な誤解」とロイドは言った。
褐色の肌だから夕闇に同化しやすいが、却って白い歯が光って嫌味にも想った《彼》が、その様に聞いたのは、おかしいことじゃなかった。
「じゃあ一時期の二つ名はナリをひそめたのかよ。《女堕としのロイド》。あそこのピカッピカの聖騎士一年坊たちは、まだお前の毒牙にゃかかっていないって……」
「……」
「って、オイ!」
反応が返ってこない。というか、夕闇に浮かんだ笑顔に象られた白い歯がピクリとも動かず、固まっていたこと、思わず《彼》は、ロイドの胸にツッコミを食らわせた。
「おまっ! ほんといい加減にしとかねぇと、騎士団規則に触れたって。つか、懲罰どころじゃ済まねぇぞ!」
「アハハー……皆、聞いてくれ」
が、あろうことか、ロイドは《彼》との話を切り上げ、急遽部下の少女たちに呼びかける。
「皆に紹介しよう。噂くらい聞いたことがあるはずだ。《騎士舎食堂の懲罰魔》」
『『『『『あ!』』』』』
悪い手癖は変わっていないらしい。確信してしまった《彼》は、深く息を吐きながら頭に手をやってしまった。
『もしかして、急遽聖騎士団から姿を消した、規則破り常習犯の《聖騎士団一の
『聞いたことあります! 規則を破った罰で、騎士舎食堂によく送られていた騎士のお話』
『確か、懲罰送りされた日の騎士舎食堂の料理は、普段よりも一気にグレードがあがったとかなんとか! すっごく美味しいの!』
更に、《彼》は頭を抱えてしまった。なんならそのまましゃがみ込んでしまった。
今や昔……というか、去年までの話。前職でのこと。
最近になって、やっと見習いから一兵卒になったルーキーたちが、自分が離れた前の職場でそのように伝え聞かされていることを理解し、ショックを受けたのだ。
「お……い? ロイド?」
「誓って言う。その悪評は、僕の口からじゃない。だから、思わずお縄を頂戴したくなるような盗賊面、押し付けるのはやめてくれ。流石に男とキスをする趣味はないよ」
年末のお祭り。楽しいイベント。
とんでもない。思わず言われた外見そのまま、荒ぶってしまいたくなった。
『あ、そういえば……』
と、そんな時。ロイドの部下の一人の美少女が、思い出したように声を挙げ、《彼》をまじまじと見つめた。
(な、なんだぁ? まだ変な噂が……)
『確か、ロイド隊長の、かつての同期だったような』
「正解♪」
その言及に、《彼》の顔を力任せに押しのけたロイドは、肩をすかし、イケメンの余裕たっぷりに笑って見せた。
「って、なんだよこの空気?」
瞬間だ。彼の部下たちが固唾を飲んだ。
先ほど楽し気に料理を評価していた感情はどこへやら。
食べるために使う木のスプーンを持つ手をおろし、恐れおののいた……というような表情で、一斉に意識を、《彼》に集めていた。
『で、伝説のユミル班のメンバー……』
「はぁぁぁぁぁ!?」
思いもしない発言が飛び出す。ゆえ、声がひりあがった。
「で、伝説って……」
「らしいよ。特に女子隊員の中では顕著かな」
「いやだって伝説って。伝説っつーのはもっと数百年前だの千年前だの……」
「18歳、アカデミー最終年次。彼女は、史上初の学生小隊隊長になった。そして卒業してからのたった4、5年。22で、女性最年少の枢機卿猊下付きの親衛騎士になった」
「それが今年の話。5年で22か」
「今日で23になったわけだけど」
「あぁそういえば。アイツの誕生日って年末最終日。今日だったか。俺たち二人、よく悪態付いていたものだ。『いっちゃん偉そうなアイツが、年下の癖に~』ってなもんだ」
それは《彼》もロイドもよく知る、とある女性騎士の話。
エリート街道まっしぐらなのは聞いていた。
なるほど、現役女性聖騎士では一番の出世頭。となれば、後進たちの少女たちの憧れにもなるはずだ。
(とはいえなぁ……)
とはいえ、《彼》が、そんな彼女が率いていた学生小隊の同期で元隊員だからといって、そこまでかしこまられては気が引けるというもの。
「小隊全員、
「オイ……」
もちろん、だからと言って過小評価されるのもたまったものではない。
「今日紹介したのは、そんな僕のかつての同期が経営する食事処を、皆に贔屓してもらうため。ガラの悪い連中ばかり集まる場末の酒場には違いない。でも料理の腕は、いま諸君が確かめた通り」
「だから、おい……」
言いたいことはある。というか、「いい加減にしろテメェ」くらい言ってやりたかった。
「君たちが彼の店を贔屓してくれると、僕はかつての同期に恩を売ることができる。そしたらフラッと立ち寄った時、酒の一杯でもご馳走にあやかられるかなってさ。ねっ?」
(何が「ねっ?」だ。何が!)
聞きようによっては茶目っ気たっぷりなセリフ。
こうして、「同期として仲は悪くないんだよ」というのを冗談交じりに口にすることで、彼女たちの緊張を溶かそうとしているように見える。
(いーや。すでに
長い付き合いだから。《彼》にはロイドの魂胆が見え透いていた。
が、あからさまに憧れと惚れこんだ表情を、イケメンに向ける少女たちに諭すのも無粋の極み。
「うん。という事で……時間だね」
「さぁて、どうしようか」と首をかしげたところ、不意にロイドが動いた。
「は? お前、何を言って……」
突然の物言いが理解できない《彼》は、唖然とした。
物陰から、人込みから、ロイド小隊否、《彼》の出店を取り囲むようにして人影がサっと躍り出たのだから。
「なんだぁコイツぁ! ロイド、オイ……」
「静かに。たまには黙って
「おう。お前は親友だ。アカデミーで出会ってから今日まで、その関係であることは疑わねぇ。疑っているのはお前の心遣いはいつだって後々俺が面倒に巻き込まれるハメになる故だ」
「し、親友と認めてくれたのは嬉しいけど。素直じゃないね君も」
辛辣な発言かもしれない。それでも親友という気の置けない間柄だから許される特権でもある。
字面上だけで受け止めるような、そんな青い二人ではないから、苦笑したロイドは息を一つ吐いた。
「
「は?」
問い返す。答えはない。
柔和な笑みを常に浮かべているロイドが、ここぞとばかりに真剣な表情を見せたから。
その雰囲気に、ロイドに
「上級聖騎士、ロイド・アルファミリの名において命ず。15分でいい。いまよりこの出店の半径15アルメル以内、隊員を配列しバリケードを作る。
『『『『ハッ!』』』』
躍り出た人影、そして少女隊員たちで総勢30名はいるだろうか。
毅然とした貌で命令を下したこと。その際に用いた称号に、《彼》も驚きを隠せなかった。
「は? 上級騎士ぃ!? お前が? 一体いつから!」
「去年君が騎士団を去ってから、僕が何もしてこなかったと思うかい? 寧ろ、君が亡くなった親父さんの店を継いで頑張っていると知って、勝手な対抗心を燃やしていたんだ。その上で今年は、何かと君の世話になった。せめてこのくらいね」
「恩返しってかよ。だけど、この流れ、一体どういうことだ」
「ま、黙って受け取ってくれ。君は、僕の親友……だろ?」
情況が掴めない……うちに、あれよあれよと人払いは行われていく。
気づけば、年末の祭り、人通りが多いはずの出店の周囲、聖騎士隊員が立ち囲んだ内側に残されたのは、《彼》とロイドだけ。
情況は、動く。
張られたバリケードの外から、ゆっくりとした足取りで、人影二つ分、バリケード内に入ってくる。
そのまま、まっすぐ《彼》の出店に近づいてきた。
「おい。ちょっと待てロイド。
「ククク。言ったじゃないか。『彼女が来るよ』って」
「それもあるが、ユミルが連れてきた後ろの。知らねぇぞ? あとでどんな大目玉を食らうことになるか。お前も、ユミルも」
ここまで来て、思い当たってしまったことがある。
だから聞いてしまった《彼》に、ロイドはまた笑みを作った。
「バレなきゃいいのさ。そして、バレるような隙を僕が残さないことくらい、君は分かっているはず」
「お前も、なかなかどうしてワルだよなぁ」
「ま、《懲罰魔》と付き合いが長いからね」
「俺から受けた悪い影響だってぇ?」
凜としたまなざしの、仰々しい兜と鎧を身に着けた、赤毛短髪の美女が近づいてくる。向かって行ったロイドは、美女騎士にウインクパチリ、楽しそうに歯を浮かせた。
美女。《彼》が思い当たるユミルという女騎士は、クスリと笑って軽く会釈を返す。
「申し訳ございません。四半刻(15分)程しかお時間が取れませんでした」
『ご厚意感謝します。でも、良かったのですか? 私が半刻パレードを抜け出す隙を作るような警備兵の配置、抜け道の確保までしてもらってしまって』
「それもまた、一つ聖騎士としての真っ当な使命かと。それに……」
ユミルとアイコンタクトを取り、すれ違ったロイド。彼女の後ろに続く、顔布をかけた背の低い人影に、丁寧に頭を下げた。
「それが正規聖騎士に上がる前、まだ半人前の頃に死線を共にした
『ありがとうございます。ロイドさん』
「必要はないと思いましたが、一応毒見も済ませてございます」
『そこは……なんとも聖騎士らしいのですね』
「悲しいですがそれも使命。それは
ロイドがひそひそと伝える物への反応。いや、声を耳にしたと同時。
(お……い……)
予想できなかったわけじゃなかった。
かつての同僚。美女騎士ユミルは、
そしていま、位の高そうな装いの人影を引き連れていた。
「では、短いお時間ではございますが、存分にご堪能を。
(おいおいおい、そんなのありか!)
頭を下げたままのロイドを残し、ユミルは、やんごとなき方を引き連れて、出店までやってきた。
ロイドに頭を下げさせたままなのは、もはや姿勢を正してもらうために声を掛ける一瞬の時間すら惜しい表れ。
「え~っと? いらっしゃいませ」
顔布を付けた背の低い人影は、ユミルの後ろについたまま俯いている。
それが誰かわかってしまうから、《彼》の挨拶も随分と砕けたもの。
「一つ貰おう。こちらの方に。最高の出来の物を出してほしい」
「んなこと言ったってなぁ。話ぃ聞いてた。食ってこの場を離れるのに15分しかねぇって。んな短い時間、せっせと気合入れて一から作れるものかよ。ある物しか出せねぇぞ」
「かまわない。君が作る物なら、どれ一つとってもいいものに決まっている。適当で粗野粗暴な君も、こと、料理だけはこだわるから。面倒くさい男だよ」
「るせー」
赤毛の美女騎士。女性隊員たちの憧れであるユミルに言われ、面倒くさそうに息を吐いた《彼》は、後ろに控えた竈から、この出店で今日出し続けていた料理一つを取り出した。
「……なんだコレは」
「あ? テメェが最高の物を出せっつったんだろが。そいつぁちょっと形が崩れているからな。訳アリ品だ。そこな貴い方にゃ出せねぇから。ちょうどいい。不良品の廃棄に付き合ってくれちゃってよ。料金はいいから」
「出来損ないを私に……か。相変わらず、君は私に
「そりゃあまぁ……過去に盛大に振ってくれたからなぁ」
「君、人が悪い。この方の前で、その話を蒸し返すのはやめてくれ。大変だったんだ。今年のあの日の出来事のあと。どれだけ根掘り葉掘り聞かれたか」
「ハッ! ざまぁ見さらせぇ」
どちらも毒の効いた発言を繰り出し合う。
それと並行して、竈から出したばかりの熱々な料理を包装紙に包んだ《彼》は、ユミルの胸に押し付けた(
押し付けられたソレを、恐る恐る口に運んだユミルは、
「薄い《アルネア》(穀物を引いた粉を、塩と水でよく練って生地にしたもの)生地を何層にも重ねた。そしてそこに、《チャンガ》を加えた《ヤックラーガ》を詰めて焼き上げた」
「応。竈で焼いてるうちに中の《ヤックラーガ》が蒸気を上げる。包んだ《パルム》はそれによって中身が膨張し、膨らむさなかに焼き締められるって寸法だ」
「良いね。だから外は食感の楽しいサクサク。中はトロリ。熱も逃げないし。アルネアに使った穀粉も一緒に煮込んだのかい? 腹持ちも期待できる」
「さながら、《
「ロイドの言った通りか。変わらず、腕は落ちてない」
「たりめーだ。俺を誰だと思っていやがる」
その反応、目にして、会心の一撃を与えたとばかりにパチリと指鳴らした《彼》は、すぐさま、窯の中で焼いている次の《パルム》にも手を伸ばした。
「っと、アチチ。ホレ、お待ちどうさん。枢機卿猊下様?」
「あーもう。もう少し、空気を読まないと。わかっていて
ここまで来て、とうとう、顔布をかけた人影も《彼》に言葉を返した。
随分と砕けた口調。構わない。《彼》は一層表情をほころばせた。
その馴れ馴れしさは、特権だから。この世で、その特権を《彼》に対して行使できるのは一人しかいない。
顔布を、鬱陶し気にめくる。
出てきたのは、なんとも静謐と淑やかさを感じさせる、そして儚さをはらんだ美少女。
「嬉しいサプライズってところだ。今日のは、喰ってもらいたいと思ってた」
枢機卿猊下は、美少女は、《彼》が目にいれてもいたくない程に可愛がっていた妹。
教団に枢機卿として選ばれたその時、《彼》の妹は手の届かない存在となった。
本来は年に一度、数時間しか会ってはならないのが決まり。
(そう考えたら、今年は良い年だったのか。図らずも、二度も会うことができたってこと。来年はもっと。別に毎日じゃなくてもいいんだ。せめて半年に一回。もしくは三か月に一回。いや……考えるのはやめよう)
変に夢をみる年齢はとっくに過ぎていた。
不確かな未来を不安するくらいなら、たった十数分の短い間でも、いまを大切にしようと考えを切り替えていた。
「ッツ! 兄さん! これってまさか《オドシシ》!」
「お、気付いてくれたか?」
シャクシャク、アツアツと食べ進んでいくうち、流石は料理店を経営している《彼》の妹として、その立場になるまで一緒に暮らしてきたこともある。
食事には偉い敏感なのか。その気づきは、《彼》を容易に喜ばせた。
「一体どうしたの? だって《オドシシ》って言ったら、特Sランクの超危険獣だよ?」
「いやぁ、つっても、食欲が旺盛な、たかだか体長8アルメル、体高3アルメルくらいの雑食動物だろ?」
「だからその脅威性を、人々への様々な害悪と同等とみなし扱ってきた。それゆえに年末、来年の厄払いを祈願して、各区でそれぞれ《オドシシ》
「は、ははっ! そういや逝った親父は昔さも当然のように《オドシシ》狩ってたから。今年は俺も行けるんじゃなかろうかと……だからお前だってそれ喰って気付いたんだろ? 昔は毎年末、《オドシシ》肉を食って……」
「ちょっとやめてよ! そんな命がけの狩りなんて! お父さんも逝って、この上兄さんまでいなくなったら耐えられないんだから!」
喜びは最上に至る……はずだった。
まさか、最愛の妹に、怒られるまでは。
『ちょ……《オドシシ》狩ったって、その話……』
『じょ、冗談だよ。あんな化け物、簡単に狩れるわけないじゃない』
『だ、だよね。あり得ないよね』
タネ晴らしをした途端。明らかに、これまで
「あぁ、僕もすっかり忘れていた。そういえば《君》の強さは……確かに化け物並みだったような……」
離れたところから、ロイドの疲れたような呻き声まで聞こえる。
ここにきて、《彼》も初めて焦るに至った。
「そうか。だから君は今年、《オドシシ飛ばし》祭りには参加しなかったのか。そんな祭りに参加する必要はない。言葉通り君は
「そう! そうだよ! そうなんだ! 俺の料理にはそんなご利益がだなぁ!」
想いもしないところから願ってもないフォロー飛び出す。《彼》は思わず飛びついた。
「ユ、ユミル!」
「ハッ!」
「これは命令ではありません! お願いです! 早く、兄さんとくっついてください!」
「……あ……えっ? へぇっ?」
「あ゛ぁ゛?」
『『『『『……ま゛っ?』』』』』
「ま、そうなるよねぇ。見るものが見れば一目瞭然だから」
しかしながら、話は誰もが想像しなかった方に飛んでいく。
「前に色々話してくれたじゃないですか! ユミルの、兄さんへの……」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ! 猊下! 猊下っ! それまでです! それ以上は許してください!」
いきなり毅然とした口調に変わる実妹。
冷静を地で行くユミルの普段さは、何処かに行ってしまった状況。
「話の流れが分からないんだが。つーかさっさと食っちまえよ。時間、もう少しもないだろうが」
「やれやれ、君も意外と罪な男だよねぇ」
「ロイド、状況は?」
「教えてやる義理はない。それに、もう少し君とユミルの二人を、いまのままで見ていたいかな」
「ますますわからん」
そんな二人の状況、《彼》とは打って変わって、ロイドは分かっているようだった。
存在しないものとして振る舞っていたはずの、ロイドの部下の少女隊員他、何処ぞからはせ参じ、バリケードを作っていた聖騎士団所属の者達は、驚愕に瞼を剥きながら、唖然とした顔で、《彼》とユミルを交互に見比べていた。
◇
「ったく。いったい何が何やら。まるで台風みたいな一時だったな。いや、冬場ってのにあやかって猛吹雪っつーのが正しいか」
あの、わちゃわちゃとした空気からしばらく。
家族の顔から、しぶしぶ枢機卿へと変わった《彼》の妹は、すでに祭りのパレードの参列に戻っていった。
当然、それに合わせて出店を囲んでいた人影は、皆何処かに消えて行った。
気になったのは三つ。
またしばらく離れ離れになる妹が、「そろそろ兄さんも真剣にユミルのことを考えて!」と憤慨していたこと。
久しぶりの感動の再開だというのに、しんみりした空気はいつの間にか消えていたようだった。
ロイドは、腹を抱えて爆笑していた。指すら《彼》にさしていた。
ツボに入っていたようで涙すら流していたが、その理由は《彼》にはいまだ腑に落ちてない。
そして……
「おう、今度非番の日、店に顔出せや。誕生日プレゼントが、その出来損ないの《パルム》ってぇのも俺もバツが悪い。酒の一杯も出してやる。あと好きな料理、何でも作ってやる」と《彼》が言ったとき、「覚えていた? 君が、私の誕生日を? プレゼント……私の為に?」などと、パクパクと開いた口ふさがらないユミルが、顔を真っ赤にして瞳を小刻みに揺らしていたこと。
(わっかんねぇ……)
何か失敗したのは間違いない。極太な手指で、頭をガリガリと掻きむしる。
『だぁぁぁぁぁぁ! 負けちまったぁ!』
そんな時だ。悔し気な悲鳴が、鼓膜に突き刺さった。
声の主、《彼》の鼓舞によって気合を高められ、《オドシシ飛ばし》の催しに勇んで姿を消していった若衆たち。
「おう、お帰り。その様子じゃ……駄目だったみたいだな」
『大将のせいだぜぇ! 大将がいりゃあ、今年も勝って三連覇。常勝無敗な南区でいられたってのに』
どうやら戻ってくる者たちの気落ちした姿を見れば、競技では負けてしまったことが見て取れた。
「んな意気消沈するなって。オラ、労いだ。パイ一人一個と酒の一杯くらい奢ってやる。喜べ。肉はお前ら因縁の《オドシシ》だ」
『ハハッ! 大将! いくら何でも気を使いすぎだっての』
『そうだぜぇ? 《オドシシ》の肉なんざ危険獣の物。俺たち一般庶民が口にできるわけがないっての』
『特Sランクだからな特Sランク』
「あ、ん……そーだな。ハハハ……」
申し出、労いの気持ちは本物。
だが、知らずして扱っていたものがそのような代物であったことを、彼らの評価で改めて思い知った《彼》は、茶を濁すように、乾いた笑いを浮かべた。
「まぁ、いいからいいから。ホレ、ホレ。あっちぃぞ。気を付けろよ。オラ、そこの酒、ショット一人一杯とっとと回せ」
深く考えるのはよそうと、《彼》は出店の商品と、スモーキーな香りが売りのチスコッタ酒を若衆に渡していく。
(《オドシシ飛ばし》が終って戻ってきた。ってこたぁ、知らねぇうちに年を越したってこったな)
負けた上に
(いろんなことがあった。アリス婆の一件。ロイドとの悶着。ユミルやアイツとも。そんときゃそれ相応に面倒だったが、いまとなっちゃいい思い出なのかね。そしてそれは……)
「新たな年で起きる事柄も、やがてはそんなものになるもんか?」
『は? うした大将?』
『なーに一人で
「なんでもねぇよ!」
興味津々な、若衆たちの視線が集められ、耐えられなくなった《彼》はかざした手のひらをブンブン振ることで払しょくする。
「そうだな、面倒なことは考えるのはやめだ。俺たちにゃシンプルが一番ってな」
『大将! なるだけ乾杯の挨拶は簡潔に頼まぁ! 俺たちも早く飲みてぇ!』
「分かってるよ!」
今か今かと、号令を待っている柄の悪そうなチンピラ然とした彼らの茶々を、それこそ子供など丸のみにしてしまう熊のような豪壮とした体躯の《彼》は笑い飛ばす。
笑い飛ばして、酒の入ったショットカップを天に掲げた。
「色々あったが去年も世話になった。んでもって今年もウチの食事処を宜しくぅ! シッカリ注文して、バッチリ飲んで、ガッツリ食って、んでもってドッサリ金を落としてくれ」
『んだよ! それじゃいままでとかわらねぇじゃねぇか!』
『ガッハハ! それな!』
「んじゃ! 明けましておめでとう! かんぱーい!」
『『『『かんぱぁぁぁぁぁいっ!』』』』
その時はやってきた。
一年は過ぎて、新たにやってきた一年、最初の乾杯の号令が。
それは、いやはてだ。
この《聖郭都市ロスリーブ》、一軒の食事処の新たな幕開けだ。
今年もきっと、その店にはドラマが巻き起こるだろう。
そこは一軒の飯どころ。
この世界は、一大宗派のスジャティミン教団総本山、《聖郭都市ロスリーブ》と呼ばれる一国で起きる物語。
かつて教団騎士だった男が店主を務める、昔から続く、そして去年代替わりを果たした一軒の飯どころ。
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明けましておめでとうございます。
去年もお世話になりました。
はは、「笑っちゃいけない」やら「紅白」を休憩時間として家族と見ながら書いてたら。5時間くらいかかっちゃいました。
別の連載、まだクリスマスイベントが終わっていないという……(汗)
今年もなにとぞよろしくお願いします。
《聖郭都市ロスリーブ》の飯どころ 年明け祭編 キャトルミューティレート @mushimaruq3
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