第105話 世界中を震撼させてた

 獣人国が条約を破り、聖教国へ宣戦布告。

 だが海上を進軍中になぜか船の大半が大破し、結局、撤退を余儀なくされてしまう。


 この話題はすぐさま西部各国へと伝わり、当然ながら驚きを持って受け止められた。


 しかしそれ以上に各国を驚かせたのは、まさに先頭に立って侵略戦争を仕掛けようとしていた獣王が、ノーライフキングの眷属になったという噂だった。


 聖教国からの正式な発表はなく、その真偽は確かではない。

 それでもノーライフキングが、着実に強大なアンデッド集団を築き上げつつあるのではないかと、人々を大いに恐怖させた。





 ――ロマーナ王国。


「ううむ、どう考えても本人は眷属など望んでおらぬはずだし……一体なぜそんなことになるというのか……」


 ロマーナの英雄王アレンドロス三世は、私室で一人、呆れたように呟く。

 教皇から直々に事の顛末を聞いていることもあって、貴族や国民が恐れ戦く中、彼だけは非常に冷静だった。


「ともかく、これで少なくともしばらくは侵略を諦めることだろう。ほとんどの船が大破した上に、突然の獣王不在となれば国内も荒れるに違いない」


 次の獣王の座を狙う勢力間で、内戦が勃発する可能性もある。

 もはや戦争どころではないはずだった。


「しかし聖教国ですら浄化することができなかったか……。こうなると、もはや我々人間の力では難しいのでは……」





 ――タナ王国。


「おおおお終わりだっ! この世界はやっぱり終わりなんだああああっ!」

「落ち着いてください、陛下」

「落ち着いていられるかっ! ノーライフキングがアンデッド軍を作り上げているのだぞっ!? いつまたこの国に攻めてくることかっ!」


 頭を抱えて喚き散らしているのは、タナ王国の国王レオンハルド二世だった。

 英雄王とは真逆の狼狽えように、溜息を吐くのは宰相のバイトだ。


「もし本当にこの国を落とす気なら、前回とっくにやってるでしょう。わざわざ戦力を増やさなくても、こんな肝の小さな王が治める小さな国くらい簡単ですよ」

「誰の肝が小さいだっ!」


 ここタナ王国にはすでに一度、ノーライフキングが現れている。

 そのときは何の被害もなく、何事もなかったかのように去っていったのだ。


「どうも聖騎士たちが追い払ってくれたというわけでもなさそうでしたし……意外とただ旅行で立ち寄っただけだったりするかもしれませんよ」

「なぜ宰相のくせにそんなに楽観的なのだっ! もっと最悪を想定して対応を考えろ!」

「最悪を想定したら、もうできるのは諦めることだけでしょう」





 ――クランゼール帝国


「さすがはわらわの敬愛するお方ぢゃ。獣王国まで手中に納めてしまうとは」


 帝国を支配する女帝、デオドラ=クランゼールはうっとりと呟く。

 彼女もまた、諜報部隊である〝影〟を通じて、今回の情報を伝え聞いていた。


「……へ、陛下。その……陛下が推し進めておられる、不滅教でございますが……拠点となる神殿の大半が、近日中には完成するとのことです……」


 そんな彼女の陶酔ぶりに怯えながら、配下の一人が報告する。


 不滅教とは、ノーライフキングを唯一神とする新たな宗教であり、この国の国教として定められ、女帝が全国民にその信仰を強制しているものだ。


 ノーライフキングに洗脳されたのではないか、と国民は大いに戦慄したが、女帝に逆らうわけにはいかない。

 そのうち自分たちもアンデッドにされてしまうに違いないと、国中に恐怖が広がっていた。


「ああ、我が君よ……わらわは着々とそなた様のための国を作っておるぞ……いつそなた様を迎えてもよいようにの……」


 ……無論、彼女が崇める主君はそんなことなど望んではいない。





 ――メルト・ラム聖教国


 教皇エルメニウス四世は、白髪の青年の顔を思い浮かべながら呻く。


「雷竜帝と闇竜帝、さらには獣王をも支配下に置いた……そして噂では、クランゼール帝国の女帝すらも……」


 それだけ聞けば、大災厄級に相応しい恐るべきアンデッドだ。

 しかし、


「ご、ご報告です! 国境付近の村で、裸の女性三人に追われている青年を見たとの目撃情報が入ってきております……っ!」


 ……どうやら途轍もない距離の逃走劇を繰り広げているらしい。


「逃走劇というか、喜劇というか……。どう考えても支配しているようには見えぬな」


 リミュルから聞いたところによると、極度の人見知りの上に、女性が非常に苦手なのだという。


「いずれにしても、我々にはどうすることもできぬ……許せ」







 今回の一件によって、ノーライフキングの名はさらに広く轟くこととなった。


「ノーライフキング? 聞いたことがないのう」

「人間が大災厄級に認定したアンデッドですの? ふふ、所詮は人間の基準でしょう?」

「え? あの獣王がアンデッドの眷属に……?」

「……狼狽えるな……獣王など……我ら六王の中で……最弱……」

「なに? あの雷竜帝や闇竜帝まですでに眷属にされている……?」


 某所に集結し、そんなやり取りを交わしているのは、五人の魔族たちだ。

 それも並の魔族ではない。


 各々が獣王に勝るとも劣らぬ力を有した、魔族の長たちなのだ。


「儂らに匹敵する強さを誇るドラゴンではないか……」

「そ、それが本当ならとんでもないことよ……」

「え? 人間が支配され、次に魔族が狙われるのも時間の問題だって……?」

「……まだ、ただの噂……そんなアンデッドなど……いるわけがない……」

「なに? かなり確かな情報だと……?」


 もはやノーライフキングの恐怖は、人間の国だけには留まらない。

 魔族たちもまた、その存在に怯え、震えることとなるのだった。

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ただの屍のようだと言われて幾星霜、気づいたら最強のアンデッドになってた 九頭七尾(くずしちお) @kuzushichio

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