第104話 求愛された

「獣王様あああああああああああああああっ!?」


 ボス熊の絶叫が轟く。


 どうやらあの虎がこいつらを率いて進軍してきた獣王だったらしい。

 だがなぜそれがドラゴンたちに運ばれてきたのか。


 しかも俺が知っているあの二体だ。

 ……もはや嫌な予感しかしない。


『む、主の匂いがするのじゃ』

『近くにいる』


 その二体のドラゴンは、最悪なことにそのまま飛び去ることなく、悠然と俺たちのいる庭へと降りてきた。


 広大な庭だったが、この二体が着陸するだけのスペースはなかった。

 塀が破壊され、その身体の半分以上は庭からはみ出してしまう。


 加えて奴らが持ってきた巨大な虎の獣だ。

 ぴくりとも動かず、命の気配も感じられない。


「獣王様っ!? 獣王様ああああっ!」

『うるさいのう、こやつ。少し黙っておれ』

「ぶがっ!?」


 雷竜帝が尻尾でボス熊を叩くと、気を失ったのか大人しくなった。


『おおっ、我が主よ! やはりここにおったのか!』

『見つけた。こんな近くにいたなんて』


 二体のドラゴンの視線が完全に俺の方を向く。

 わなわなと唇を震わせていた聖騎士たちからも、一斉に注目が集まった。


『ちょうどよかったのじゃ! まさに今、主への新たな貢物を手に入れたところだったのじゃ!』

『ん、これ』


 二体のドラゴンが鼻先で示したのは外でもない、事切れた獣王だ。


『人に似た姿のときはそうでもなかったが、獣化したこやつはなかなか厄介な相手じゃった。我ら二人がかりでも少々苦戦したほどじゃ』

『相手はもっと多かった』

『うむ、まぁ仲間がおったからの。しかしこやつ以外は雑魚じゃ。ほとんど数には入るまい』

『ん』


 先ほど海上に見えた鳥みたいなやつはこいつらだったのか……。


『さあ、我らが主よ。ぜひこやつを眷属にするのじゃ』

『きっとぬし様の役に立つ』


 またしても勝手なことをしてくれたものだ。

 聖騎士たちが怯え切った顔で俺を見ているし、中には「まさか……ノーライフキング……?」と感づいてしまった者までいる。


 今度こそ突っ撥ねたい。

 だがそうすると、この獣王はただの無駄死にとなってしまう。


「け、眷属に……なれ……」


 絞り出すように呟くと、次の瞬間、獣王がゆっくりとその身を起こした。


『オレは一体……? 確か、ドラゴンどもに襲われて……っ! な、何だ、この気持ちは……っ!?』


 俺に気づいた瞬間、なぜかぶるぶると震え始めた。

 そしてその大きな目が潤み出す。


『ああ……そうか……オレは……ずっと、探していたんだ……』


 ……よかった。

 俺は思わず安堵した。


 乱暴な口調から察するに、こいつはドラゴンたちと違い、どうやら男(雄?)のようだ。

 もちろん男なら眷属にしてもいいわけではないが、女よりは遥かにマシである。


 忠誠を誓うように深く頭を下げた獣王の身体が、見る見るうちに小さくなっていった。

 どうやら獣化が解けたようだ。


「自分よりも強い雄を……」


 ……え?


 そこに現れたのは、白銀の髪をした美しい女だった。


 男じゃなかったのかよおおおおおおおおおおおおおっ!?


 細身だが筋肉質の身体つきで、腹筋が綺麗に割れている。

 小麦色に焼けた健康的な肌が眩しく、見事な裸体だ。


 そう、裸である。

 獣化によって衣服が破けたのか、彼女は何も身に付けていなかったのだ。


「ああっ、ダーリンっ!」


 ダーリン!?


「オレを抱いてくれっ!」

「ちょっ!?」


 そんな彼女がいきなり飛びついてきた。


 目と鼻の先に整った顔。

 とろんとした瞳がごくごく至近距離から俺を見つめてくる。


「ななな……っ!?」

「ハァハァ……ダーリン……」


 口の端から垂れる涎。

 しかも二つの弾力性のある膨らみが、俺の胸に押し当てられている。


「ズルいぞ! 我らを差し置いて何をしておる!」

「ん。私たちもぬし様と交わりたい」


 そこへ人化した二体のドラゴンたちが割り込んできた。

 例のごとく二体とも服を着ていない。


「主は我と最初に契りを交わしたのじゃ! 主の初めては我のものと決まっておるだろう!」

「そうはさせない。ぬし様の初めては私のもの」

「バカ言ってんじゃねぇ! ダーリンの初めてはオレのものに決まってんだろ! 幾らてめぇらでも容赦しねぇぞ!」


 何で俺が童貞である前提なんだよ!

 いや、童貞だけどよ……。


 そんなことより、気づけば俺は、全裸の女たちから一斉に抱きつかれるという状態になっていた。


「うああああああああっ!?」


 俺がパニックのあまり思わず悲鳴を上げてしまうのも無理のないことだろう。

 なにせ、まだ一度の女の柔肌を味わったことがない童貞なのだ。


「主!?」

「ぬし様!」

「ダーリン!?」


 俺は三人を無理やり押し退けると、即座にその場から逃げ出した。


「待つのじゃ! 今度という今度は逃がさぬぞ!」

「ん、絶対に逃がさない」

「ダーリン! 何で逃げんだよっ! まだシてねぇってのに!」


 そろって追いかけてくるが、俺は全力で走り続けた。


「何で毎回毎回こうなるんだよおおおおおおおっ!」




   ◇ ◇ ◇




「な、何だったんだ……?」

「ドラゴンが……美女の姿に……」

「聞いたことがある……高位のドラゴンは、人化することが可能だと……」

「てか、あれって雷竜帝と闇竜帝じゃ……。それを従えてるってことは、あの白髪の青年、まさか……」

「あ、あの青年が、ノーライフキングなのか……? ということは、ノーライフキングが、獣王を新たな眷属に……?」

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