第一話 1日のはじまり


季節は夏。ワイシャツ一枚でもジワリと汗をかく。比較的朝は早いがそれでも暑いのだから困ったものだ。


イヤホンを取り出して耳にはめると、最近はまっている邦楽を聞く。途端世界が音楽一色になる。これこれ。軽快な歌詞と快調なリズム、爽やかですっと馴染む優しい男性ボーカルが心地いい。一人ひとりの技術は一癖あるほど個性的だが、長年の技術力の賜物なのだろうか、全体を通してみた時の完成度はとても高い。このバンドの曲で朝からテンションを上げるのが自分にとって日課になっている。


 音楽が好きな人にはわかってもらえるだろうが、たまたま聞いていた曲の世界観と今自分が見ている世界がマッチした時、体に電撃が走ったように興奮するのだ。今聞いている「青空と少年」という曲は、この真夏の晴天、太陽の日が照りつけるなか近くでは赤い止まれや電柱に巻かれた黄色のテープ、アスファルトに引かれた雑な白線が、遠くでは燃える新緑と山々がこれでもかと光を反射させているそんな夏の当たり前だけど、今この瞬間しか見ることのできないはかなげな風景にとても合っている。二度と戻ってこない夏、なんて表現したらくさいが、実際今この瞬間見えている景色は二度と来ないと思うとちょっと愛おしくなる。などとサビに入る直前に思いをはせていると背中に軽い衝撃を感じた。


 振り向くとそこに立っていたのは親友の相馬健太郎だ。口の動きで察するに挨拶をしているらしい。学校指定のダサい紺色の手提げ鞄をカッコよく肩にぶら下げている。少し色の抜けた金色の髪をしていて日を浴びてキラキラしている。健太郎はフランス人とのハーフなので少し日本人ではない雰囲気を放っているが、むしろそれがこやつのイケメンさに付加価値を与えている。目鼻立ちははっきりとしていて目尻はすらりとしている。顔に起伏があると言ってもいいくらい造形が綺麗で、真っ白とまではいかないが薄くベージュの絵具を伸ばしたような薄ら茶色を帯びた肌は彼の健康的な性格を表しているようだ。身長は日本人の平均身長の僕がやや見上げるくらいでスポーツは別にやっていないのに体型はやけにいい。一見するととてもとっつきにくい外見をしているが、日本語は流暢だし、いつもニコニコしていて人当たりもいいのでこいつと一緒にいて自分はとても楽しい。伊達に幼なじみを八年もやっているわけだ。


 僕は目を少し細めると、しばらく待ってという目線を送った。それを黙って首肯すると健太郎は遠くを目にやった。耳元から聞こえてくる曲は少し不安を煽るコードの後、それを一気に開放するメジャーで明るい曲調になる。サビに入った。視界がぱあっと広がって風が吹いていないのに、風が体を駆け抜ける感覚がする。このままこの歌声がこの青空に吸い込まれていくそんな心地よさを抱いた。サビを聴き終えてBメロに入ったところでイヤホンを外した。


「涼平はさ、自分今青春してる!って自信持って言えるか?」

最寄駅へと続く最後の坂道に着いたところで健太郎は急に口を開いた。

「えっ、急にどうしたのさ」

あまりにも唐突だったので返答に困り拍子抜けした声が出る。

「ひねくれてるのはわかってるんだけど、夏になると急にみんな口を揃えたように青春、青春っていうじゃん」

「だから?」

「青春してたってそれこそ大人になって今を振り返った時にわかるものなんじゃないかなって。だから今青春してるっていう人はつまるところ青春したいって自分に言い聞かせてるだけなんじゃないかなって思ったんだよ」

坂道の半ばまで来て若干息が上がり、つうと頬に汗をにじませている健太郎の横顔はなんだか少し悲しそうに見えた。それはその言葉の裏にある感情のものなのかそれとも朝から坂を登るという運動によるものなのか…でも今は


「一つ言っていいか…」

「なに?」

「めんどくさ笑」


僕は最高な笑顔で健太郎に言った。正直話の意味自体は理解できる。僕もそこまでキラキラした高校生活を送ってるわけではないし、思い描いていた青い日々を送ってはいない。だけど今こうして健太郎とくだらない話をしていることが最高に楽しいと思えている。


「だよね、知ってた!俺には涼平がいるし」


健太郎は気にするなと言わんばかりに笑うと大きな声で僕の名前を呼んだ。うるせぇ、同じこと思ってんじゃねぇよ。照れ臭さを隠すために僕はゆっくり運んでいた足を急に早め坂を駆け上がる。それを見た健太郎が少し悪戯な目つきをして追いかけてくるのを横目で見つつ残りわずかな道を登った。

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頭の中の小さな巨人 雛菊 @nikirose

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