頭の中の小さな巨人

雛菊

序章 夢おち

恐ろしい夢を見た。


走る、走るそれでも逃げ切れない。地面は緩衝材のごとく次々と割れ、その流れが僕を飲み込もうとしている。世界の崩壊とはこんなに急に訪れるのだろう。世界が反転し、人々の断末魔が絶えることなく平穏だった街に響く。いつもの住宅街の路地は荒れ果てている。倒壊した家屋が行く手を塞ぐ。

決して安全な場所などもうこの世界にはないことを直感的に理解しているのに助けや危険のないところを求めている。真っ赤に染まる残酷な空を見上げながらも足はなぜか止まらない。すでに思考なんてものはからっきしなくて、心に残るのは絶望だけだ。


鼻に付くのは今まで嗅いだことのないような何がが焦げた匂い。いつもなら夕飯の暖かい香りがただようはずなのに。

足をもつれさせて派手に転ぶ。すぐ後ろに死が迫って来ているのに体が鉛になったかのようにどっしりと重くなりちっとも起き上がることもできない。かろうじて顔を持ち上げても、その先に希望なんてあるわけなくてただそこに辛い現実が横たわってるだけだ。だんだん大きくなってくる破壊音に身を委ねるようにして目を閉じた。


映像が変わる。あたりは相変わらず火の海に包まれ真っ赤に染まっている。そんな中目の前に立つのはなんとも儚げな顔をした少女。影になってその表情は定かではないが悲しそうな顔をしていると想像がつく。不思議なことに辺りを包む音はまるで自分の周りだけ屈折したかのように全く聞こえない。




先ほどの盛大な夢と打って変わって目覚めはとても静かなものだった。静かすぎて外から雀の鳴き声でも聞こえてきそうだ。ゆっくりとベットから這い出ると未だ半覚醒の頭を揺らしながら窓際に移動する。カーテンを開くと夏の暑い日差しが目を射る。目は半開きなのでそこまで眩しくないがすっと視界が明瞭になっていく。夢とはなんとも儚いもののですでにこの時点でほとんどその内容は忘れて、何か見たという漠然としたモヤが心にかかっているだけだった。


はわー、大きな欠伸を一つ。


ものの十分もかけず制服に着替えると鞄を背負って下の居間に降りる。


「朝ごはんは、パンとスープね。そこに置いてるお椀に自分で入れてといて」


母は朝から二人ぶんの弁当を作り終わってソファでくつろいでいた。いつもありがとさん。その姿を横目で流しつつ食卓につき朝飯をいただく。


「今日は何時帰り?」

「部活終わってからだから八時ごろ」


インスタントのスープうまい。パンもうまい。もぐもぐ。

ふと時計を見るとそこそこいい時間になっていた。少しばかり大きいパンを口の中にねじ込み、食卓の上に置いてある弁当箱を鞄にしまうと家を出た。ドアを開けた時視界一杯に広がる青空が眩しい。今日も何気ない一日が始まる。

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