エピローグ


 学校が再開されたのは私が戦った日から数日経った後だった。

 私はあの後、気を失ってしまったのだけど、赤崎先輩が家まで送ってくれたらしい。学校が始まるまで赤崎先輩が気を利かせてくれてメイドさんが私の身の回りの世話をしてくれていた。

 メイドさんは戦いの事は何も知らなかったので、私はその後どうなったのかまだ知らない。でも、ヴァルハラの姿が見えない所を見ると何となくだけど予想ができる。


 午前中の授業が終わり、私は脚を少し引きずりながらお弁当を食べるために屋上へ向かう。紡に蹴られた足は予想以上に腫れており、歩くとまだ痛みが残っているのだ。

 クラスメートから一緒に食べようと誘われたのだけど、落ち着いて食べたいので申し訳ないけど断ってしまった。


 屋上のドアの鍵は壊れているはずだ。ヴァルハラに連れて来られた時、鍵を壊したのを覚えているので、修理されてなければ屋上に出る事ができる。私の予想は的中し、屋上への鍵は修理されず壊れたままだったので、無事に屋上に出る事ができた。

 塔屋に上り腰を下ろして校庭を見るとかなり荒らされているのが分かる。雪でぐちゃぐちゃになっている中で使徒アパスルたちが暴れまわり、そのままにされてしまったらそうなるだろうと妙に納得してしまう。

 ヴァルハラやアルテアは本当に帰ってしまったのでしょうか。そう考えるのが普通だし、ヴァルハラやアルテアには申し訳ないけど、エルバートが勝ったんだと私は思っている。


「父さん――ヴァルハラが全部集めて戻って行ったよ」


 私の視界の外から声がしたのに驚き、私は声のした方に顔を向けるとそこに居たのは紡だった。

 確かにここは紡のお気に入りの場所だったけど、急に現れたら私の心の準備ができていない。紡と戦った後、会話もしてないし連絡も取っていなかったのだ。

 紡が私の隣に座るけど、私は恥ずかしくて紡の方を見る事ができない。


「アルテアとエルバートが強制命令権インペリウムを使って強化したのは覚えている? 針生が気を失ってからも激しい戦いが続いていたんだけど、最後はアルテアの日本刀がエルバートの、エルバートの手刀がアルテアの胸をお互い貫いて相打ちになっちゃったんだ」


 そうだったんだ。私が気を失ってからも戦いが続いていたんだ。アルテアの戦い見たかったな。最後に声もかけたかったし。


「二人がいなくなった事で棚ぼた的に父さんにレガリアが全部集まったんだけど、父さんは困ってたよ。この世界で消えるつもりだったのに戻らなくちゃいけなくなったって」


 紡が笑みを浮かべて話してくれるのだけど、横目でチラッと見るのが今の私にできる精一杯だ。

 確かヴァルハラは王様を殺した罪で追われているんでしたっけ? それ自体、濡れ衣みたいだったけど、本人も異世界に戻る気はないと言っていたのにそんな事になってしまって少し可哀そうだ。

 でも、犯罪者とは言え、レガリアをすべて集めた英雄なのだから許してあげて欲しいと私は思う。


「どうだろうね? そこまでは言ってなかったけど、兎に角、困った顔して戻って行ったよ」


 それなら、かなちゃんを呼んであげればよかったのに。でも結果論か。自分の最愛の人が傷つくかもしれない所は見たくないものね。


「父さんならあの日、母さんに会いに来てたよ。何を話していたかは聞いていないけど、母さんの様子から別れの挨拶をしてたみたい」


 そうか。出かける前に外に行っていたのはこのためだったんだ。ヴァルハラも案外気が回るんだ。

 皆消えたり戻ったりしちゃったんだ。いろいろ大変だったけど終わってみると早かったような感じがする。


「それで、針生。この前の返事なんだけど……」


 来た! 何時かはこの話が来るとは思っていたのだけど、いざ返事を聞くとなると緊張してしまう。

 どうしよう。まだ心の準備ができてない。あっ、あっ、心臓が高鳴るのが分かる。どうしよう。どうしよう。返事が聞きたい。でも、聞きたくない。けど、やっぱり聞きたい。

 ぐちゃぐちゃな頭の中、私は心を決めて紡の方を向く。顔が近い。恥ずかしいから早く返事を下さい。


「凄いびっくりしたけど嬉しかった」


 前置きは良いからYESかNOかだけを言って欲しい。たった数秒何だろうけどすごく長く感じる。


「今日、会うまでいろいろ考えたんだけど、僕……」



「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!!」



 えっ!? 急に何? これから返事が聞けるところだったのに一体誰よ! 紡から視線を外し、声の主の方に視線を向けるとそこに立っていたのは鬼のような形相をした鷹木さんだった。


「何勝手に良い感じになってるのよ! 最初に告白したのは私の方よ。私の返事もまだなのに針生さんが先なんておかしいわ」


 そうなの? 鷹木さんも告白してたのなんて初めて聞いた。どうして良いか分からずおどおどしている紡がちょっとかわいい。

 はぁ、でもちょっと良かったかもしれない。答えを聞いてしまえば関係が変わっていたかもしれないけど聞かなかった事で関係が壊れる事はないのだから。


「鷹木さん、紡。私から提案なんだけど、紡には卒業式が終わったら返事をして貰うって事でどうかしら?」


 これならあと一年は安心して今までのようにお弁当を食べたりする事ができる。勢いで言ってしまったところもあるけど、やっぱり私の事をちゃんと知ってもらってから返事は欲しい。

 それに鷹木さんとは戦う事になってしまったけど、やっぱりちゃんと友達にもなっておきたい。


「私はそれで良いわよ。釆原君も良いわよね? あと一年で私に振り向かせて見せるわ。それに針生さん、あなたにも借りがあるわね。絶対私と友達になってよかったって思わせて見せるわ」


 拳を作って気合を入れる鷹木さんに押され、紡は無言で頷いている。

 どうやら鷹木さんは私と友達になってくれるようだ。あんな事をしてしまったお詫びとして友達の鷹木さんには凄く楽しい一年を過ごしてもらおう。


 一年後、紡が私を選ぶのか鷹木さんを選ぶのか、それとも全然知らない人を選ぶのかは分からないけど、私も鷹木さんに負けないぐらいアピールして振り向いてもらえるように頑張ろう。

 あれだけ冷たかった風も今日は暖かい感じがする。春が近いのだと風の温かさで感じる事ができる。気持ち良い風に吹かれ、私たちは三人で並んでお弁当を食べる事にした。その全員が満面の笑みを浮かべて。


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Side by Cide ~それぞれの道~ 一宮 千秋 @itaki999

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