それぞれの十日目-3


 今まですべて躱されていた私の攻撃が紡の鼻先を掠めた。偶然――でしょうけど、全く手も足も出ない状況ではない事が分かり少し力が湧いてくる。


 それでも連続では何度も当たる事はなく、また私の攻撃は空を切り続ける。

 何度も腕を振るっているせいでどんどん体力がなくなって行っているのが自分でもわかる。肩で息をするぐらい疲れが来ているのだけど、こんな所で休んでなんていられない。

 鉛のように重くなった腕は私が想像していた以上に腕の振りを遅くしている。歯を食いしばり、足を踏ん張って攻撃するけど、攻撃は当たってくれない。

 紡は男なんだから少しは女性に花を持たせないさいよと思った時、


 コンッ!!


 と紡の顎を私の拳が捕らえた。さっきとは違う確かに感じる拳の痛みが初めて攻撃が当たったのを実感させてくれる。

 拳の先が当たっただけなので倒れるまではいかなかったけれど、それでも「掠った」と「当たった」では全然違う。

 あと一息、もう一息でちゃんと当てれるかもしれない。そう思った私は疲れも忘れ、更に拳を振るう。


 だけど、今まで避けてばかりいた紡が私に向かって攻撃しようとしている。

 ヤバイ。紡が本気で攻撃してきたら私は攻撃だけに意識を集中している訳にはいかなくなってしまう。倒されるだけならまだしも、意識を失ってしまうと何のために戦っているのか分からなくなってしまう。

 拳を握り、一歩踏み出そうとした所で紡はバランスを崩して倒れてしまった。

 これはチャンスだ。この好機を逃すわけにはいかない。倒れてしまったため、下にいる紡に向かって蹴りを放つ。腕と違ってまだちゃんと動く足は紡を倒すのには十分な威力がある。


 私の蹴りは倒れた紡の頭を確実に捉える軌道を取っていたのだけど、流石に分かりやすい攻撃だった為か紡が出した腕で防がれてしまった。もう少し冷静になっていればと思うのだけど防がれてしまったのは仕方がない。

 少し距離を取り、肩で息をする私の口からは白い息が絶え間なく出続けている。


 行ける。行ける。行ける。


 私は自分を鼓舞して重くなった体を動かす。焦っていた訳ではないのだけど、私の放った拳は大降りになってしまい、立ち上がった紡に反撃されてしまった。

 私のお腹を狙ってきた一撃は防ぐ事ができたのだけど、その後の蹴りまでは防ぐ事ができなかった。


 パチーーーン!!


 自分の足から出た音なのだけど、気持ちが良いほど乾いた音が鳴り響いた。太腿に当たった紡の攻撃によって私はヨロヨロと後退りしてしまった。

 鞭で叩かれたような痛みはズボンの中を見なくとも青くなっているのが分かる。もしかすると数日は真面に歩けないかもしれない。女性の体にこんな傷を付けてどうやって責任を取ってもらいましょう。


 すぐに追撃してくると思ったのだけど、紡はアルテアたちの戦いが気になっているようで、視線だけをそちらに向けていた。

 私もすぐに動くのは厳しいので、紡と同じようにアルテアたちの方を見ると、私たちとは一段も二段もレベルの高い戦いが行われていた。

 使徒アパスルの戦いが凄いのは分かっていたのだけど、実際に自分が戦ってみるとその凄さがどれほどの物なのか実感できる。



「顕現せよ、エルバート!」



「放て! アルテア!」



 赤崎先輩に続いて紡も強制命令権インペリウムを使用する。エルバートはドラゴンに変化し、アルテアは体から魔力が溢れているのが分かる。

 アルテアたちの戦いと比べるのなどおこがましいのですが、私の戦いもこれからだ。足の痛みは治まっていないのだけど、何とか動く事はできる。


 紡に向かって駆けて行き、もう少しと言った所で正面からの蹴りを受けてしまった。攻撃自体はそれほど厳しい物ではないのだけど、壁にぶつかった時のように後ろに倒れ、尻餅をついてしまう。

 雪で濡れた校庭の土はぬかるんでいて、私のお尻にはベットリと泥が付いてしまう。信じられない。折角の服が汚れてしまった。不満を顔に浮かべ、紡の方を見ると、すでに私の所まで来ていた紡が蹴りを放ってきた。

 咄嗟に両腕で攻撃は防ぐ事ができたのだけど、蹴りの勢いに押され、尻餅をついた状態から背中を地面に付けて倒れてしまった。体も髪の毛も泥だらけだ。女性をこんなに泥だらけにして紡はそんな趣味があったのかとちょっと引いてしまう。


 泥だらけになった私に向かって紡が攻撃を仕掛けてくる。さっきの前蹴りと言い、どうやら紡は今までみたいに私の体力がなくなるのを待つのではなく、自分から終わらせようとしているみたいだ。

 何とか立ち上がる事ができた私だったけど、紡の攻撃が私に当たるたびに泥が飛び散る。それを汚いと思う暇もなく紡の攻撃は激しさを増す。遂にはガードしていた私の腕を掻い潜り、紡の攻撃が私の体に当たり始める。

 肩、お腹、足。私の体の至る所に紡の攻撃が当たるけど、顔だけは狙ってこないのは紡の優しさでしょうか。だけど、そんな気遣いも体力がなくなり、体中痛みが走る私にはあまり意味がなかった。

 私が攻撃できるのは多分、後一度。それだけしか体が動かないし、痛みに耐えられると思えない。


 紡もそれが分かっているのか一旦、攻撃を止めて私から距離を取る。紡の口から大量の白い息が漏れる。紡も私がここまで粘るとは思ってなかったでしょう。私も自分でびっくりなぐらいだもの。

 紡がこの戦いを終わらせようと思っているなら私の顔を狙ってくると思う。何の根拠もない。けど、そう思えるから仕方がない。これで紡が違う場所を狙ってきたら告白なんて止めても良いぐらいだ。

 私が避けれず紡の攻撃が当たれば紡の勝ち。私が避けてカウンターを入れられれば私の勝ち。なんて明快な勝負になったのでしょう。


 隣でアルテアたちが戦ってるはずなんだけど、その音も聞こえないぐらい私は集中して紡を見つめる。紡も私と同じぐらい集中して私を見つめてくる。思えば紡とこれだけ見つめ合ったのは何日ぶりでしょう。

 ロマンチックとは程遠い校庭の真ん中で見る紡の顔はやっぱり格好良く、思わず顔が綻んでしまう。紡も私が綻んだのが分かったのか同じように綻ばせるが、すぐに顔を引き締める。


「針生、行くぞ。躱せるもんなら僕の攻撃を躱してみろ!」


 紡が雪を蹴散らし私に向かって駆ってくる。それに合わせ、私も体に鞭打って前に出る。拳を振りかぶりながら迫ってくる紡を見る限り狙いはやはり私の顔のようだ。

 分かっていても紡に向かって行くのを止められない。止まって攻撃を躱し再び攻撃するなんて体力はもう残ってないし、そんな事をすればカウンターにはならない。


 紡が攻撃するモーションに入る。


 リーチの差か私はまだ攻撃のモーションに入っていない。こんな所で腕を振るっても空振りになってしまう。


 紡の拳が迫る。


 もう回避しても間に合わない。


 私は覚悟を決める。ここまでよく戦ったと自分でも思う。顔が腫れるのか、歯が欠けるのか、それとも意識を失ってしまうのか分からないけど、私は戦った事を誇りに思えると思う。

 泥だらけになった私が倒れても紡は駆け寄ってきてくれるでしょうか。駆け寄ってきてくれれば嬉しいし、来てくれなかったら寂しいな。


 拳が当たるのが分かっていても私は最後に一歩踏み出す。ヴァルハラ――紡のお父さんが言っていた一歩だ。

 その一歩が思っても居なかった動きを引き起こす。泥に滑った事もあるし紡に蹴られた足が限界を迎えたのもある。その両方が重なったことで踏み出した瞬間にガクッと膝が折れてしまったのだ。

 何とかバランスを取ろうと思い、頭を下げて足を大きく開く事で倒れる事は回避できた。私の頭の上を紡の拳が掠りながらも通過する。ポニーテールにした私の髪がまだその場に残っており、紡の拳は私の髪を撃ち抜いて泥が飛び散る。


「なっ!? 嘘だろ!?」


 私は咄嗟に紡の懐に飛び込む。下から見る紡の顔は私の予想外の動きに驚いているようだ。腕を伸ばしてしまっている紡は今なら攻撃も回避もできない。

 足を踏ん張り、体を起こして紡に腕を伸ばす。攻撃を躱された紡は予想通り私の腕に反応できない。私の掌が紡の顔を掴み、固定する。貰った。これなら紡も逃げられない。



 私は顔を思いっきり近づけ、キスをした。



 紡の唇は最初は冷気に晒されていたため冷たかったけど、すぐにカイロのように熱くなった。

 女性ではないかと間違えそうなほど柔らかい紡の唇は合わせているだけで気持ち良かった。

 名残惜しいけど唇を離し、そのまま紡に抱き着き、耳元まで顔を持って行く。



「私は紡が好き」



 何て無様な告白何でしょう。多分、私が大きくなって今日の事を思い出した時、赤面するのは間違いない。

 綺麗にオシャレをした服ではなく、校庭の土の付いた泥だらけの服。夜景の見えるイルミネーションの素敵な場所ではなく、寒風吹きすさぶ学校の校庭のど真ん中。そして、万全の体勢ではなく、紡に殴られ、ボロボロになった体。

 どれ一つとっても私が理想としていた告白の状況ではないのだけど、私は今日の告白を一生忘れないでしょう。


 やっと紡に私の気持ちを伝えられた事に安心し、体力のなくなってしまった私は気を失ってしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る