それぞれの十日目-2


 右の拳をスウェーで躱し、回し蹴りをバックステップで回避する。針生の攻撃は女性にしては鋭いのだけど、これぐらいの攻撃なら『ギフト』を使うまでもなく避けられる。

 それにしても針生の奴一体どうしてしまったんだろう。いきなり戦いだなんて今の攻撃を見る限り武術をやっているようにはとても思えない。これで本当に僕に勝つつもりなのだろうか。


 隣を横目で見るとアルテアがエルバート相手に苦戦をしている。剣技では上回っているように見えるが、身体能力がエルバートの方が圧倒的に上のようだ。そのせいでアルテアがエルバートの鉈を上手く捌いても反射神経で躱されてしまっているのだ。

 針生には悪いが、針生との戦いを早く終わらせてアルテアのサポートに入りたい。強制命令権インペリウムは後一回しか使えないので、できればエルバートには使わず、その後の父さん――ヴァルハラとの戦いまで取って置きたい。

 そんな事を考えている間にも針生は時々休みながらも攻撃してくるが、どうするかな。何とか諦めてもらいたいんだけど、どうやったら諦めてもらえるのか。


 チッ!!


 少し油断をしていた事もあり針生の拳が僕の鼻先を掠めた。冷気にずっとさらされていた鼻は少し掠っただけでもジンジンと痛みを伝えてくる。

 ヤバイ、ヤバイ。少し余計な事を考えすぎてしまった。もっと集中しないといくら針生だからと言って全く攻撃が当たらないとは言い切れない。


 針生の動きをよく見て攻撃を躱す。大丈夫。ちゃんと躱せる。息が上がり始めている針生ならちゃんと見てさえいればこれ以上、攻撃が当たる事はないだろう。

 兎に角、針生に攻撃をさせて疲れさせるんだ。息が上がり始めている針生なら疲れてしまうまでにそれほど時間が掛からないだろう。

 そうなれば一度、落ち着いて話をしよう。僕と針生が戦う理由はどこにもないのだから。


 コンッ!!


 針生の攻撃が僕の顎をわずかに捉えた。今度は油断などしていなかったはずなのに当たってしまった。

 あれ? どうして攻撃が当たったんだ? スピードが上がった? いや、そんなはずはない。現に針生は今にも倒れそうなぐらいフラフラになっているのだ。

 そんな状態なのになぜ? と思うのだが、ここまで疲れてしまっていれば針生も、もう諦めてくれるだろう。


 僕が針生に向かって一歩踏み出そうとした所で再び針生の攻撃が始まった。一体何が針生をそこまでさせるのか分からないが、迫りくる拳を何とか避ける。

 クソッ! 針生の体力はまだ尽きないのか。こうなったらもう一度、針生を殴って大人しくしてもらった方が早いかもしれない。

 先ほどは踏み出せなかった一歩を踏み出すと、僕はバランスを崩し、地面に倒れてしまった。どうやら針生から貰った顎への一撃でバランス感覚がおかしくなっていたようだ。

 そこへ針生の蹴りが飛んできた。感覚がおかしくなりながらも半分、勘で出した腕に足が当たり何とか針生の攻撃を防ぐ事ができた。


「ハァ、ハァ……。後……少しだったのに……」


 肩を激しく上下させ、針生の口からは白い息が途切れることなく洩れ、空に登っていく。

 もう体力は限界に近いはずなのに、攻撃が当たりそうになった事で針生の目は体力が少なくなっているのを忘れているように輝いている。

 腕の痺れを我慢しながら立ち上がると、足はまだふらついており、倒れるのを堪えると今度は膝が笑い始めた。

 あれ? あれだけ余裕があったのにいつの間にか追い込まれているじゃないか。どうしてだ? こんなに苦戦するはずじゃなかったのに。


「後少し。後少しで……」


 針生が踏み込んでくる。足が思ったように動かず、何とか腕を上げてガードをするが、それもいつまでも持つと言った感じじゃない。

 痺れる腕を何とか動かし、針生のお腹を狙って攻撃をしたのだが、流石に警戒されていて防がれてしまった。だが、少し時間ができた事で足の方は何とか動くようになった。

 再び踏み込んできた所を今度は太腿を狙ってカウンター気味に蹴りを放つ。


 パチーーーン!!


 鞭で叩いたような乾いた音が鳴り響き、針生は苦悶の表情を浮かべる。跡が残ってしまったらゴメン。でも僕も手を抜いている余裕がなくなってしまったのだ。

 足を引きずりながら後ろにさがり、僕との間合いを取る。どうやらすぐには攻撃できるような状態ではないようだ。

 この隙に僕は横目でアルテアの戦いを見るとアルテアはかなり押されおり、出し惜しみせず強制命令権インペリウムを使って状況を変えた方が良いかもしれない。

 だが、最後の強制命令権インペリウムだ。父さんも残っているのに本当に使ってしまって良いのだろうか。



「顕現せよ、エルバート!」



 僕が考えている隙に赤崎先輩が強制命令権インペリウム使った。ここで一気に勝負を決めるつもりだ。

 エルバートの体が一回り大きくなったと思ったら尻尾まで生え、完全にドラコンの姿になった。エルバートはドラゴニュート族だったのか。アルテアが苦戦するのも納得だ。


 アルテアが僕の視線に気付いたようでこちらに合図を送ってくる。最後の強制命令権インペリウムになってしまうが、ここで負けてしまっては意味がない。

 それに針生との戦いがまだ続いているので次にいつ使えるのかもわからないので僕は強制命令権インペリウムを使う事を決意する。

 静かに目を閉じ、心を落ち着かせる。針生の事も気にせず、精神を集中する事だけに意識を向け、集中力が最大限に高まった所で目を開く。



「放て! アルテア!」



 最後の強制命令権インペリウムが雪の降る校庭に響いた。気合の入れた命令は学校から街にいる人にまで聞こえるのではないかと思えるほど大きな声だった。

 僕の声に反応し、アルテアの魔力が高まる。さっきとは別人かと思えるほどの動きになったアルテアだが、それはエルバートも同じだ。とても人間同士(?)とは思えない戦いが隣で開始された。


 これでアルテアに対して僕ができる事はほとんどない。僕はゆっくり針生の方を向くと、針生は多少息が整ったようでしっかりとこちらを睨みつけて来ている。

 僕は針生の事を考えてなるべくダメージを与えないようにと考えていたのだが、それが間違いだった。戦うと言って向き合ったのだ。なら、それが誰であれ全力で相手をしなければいけない。

 アルテアたちに比べればとても地味な戦いがこちらでも再開した。


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