それぞれの十日目-1


 朝起きると外は雪で覆われていた。雪自体は一時的に止んでいるけど、天気予報では夜から再び降り始めると言う事だった。

 昨日、家に帰ると赤崎先輩……正確には蒼海さんが家に来て残りの全員を集めると言う事で十九時に学校に行く事になっているが、まだ時間がある。

 椅子に腰かけ、紅茶を飲んでいると、ゆったりとした時間が流れる。ここ最近、何かしら出かけていたりしたので、これぐらいゆっくりとするのは久しぶりな感じがする。


「まだ出かけるまでに時間があるだろ? 少し外に出ていて良いか?」


 使徒アパスルの数も分かっているし、ヴァルハラが居ない所を襲ってくるような人はいないでしょう。一時間前ぐらいには帰ってくるようにヴァルハラに言うと私は快く送り出した。

 ヴァルハラも最後にもう一度街を見ておきたいのだろうと思いつつ、私は紅茶を淹れ直す。


 椅子に座り、何の変哲もない普通の壁を見つめる。こんな何でもない時間も取れなかったのかとしみじみと思う。

 今、私は凄く落ち着いている。ここ何日間、いろいろと悩んで、考えて、落ち込んでいたのが嘘のようだ。私は今日、紡に告白する。どのタイミングとかは考えてないけれど、私の気持ちを紡に聞いてもらうのだ。

 本来なら告白するとなると緊張する物なのだろうけど、どうしてこんなに落ち着いているのか私にも分からない。


 私は今まで一度も男性に告白した事はない。小さい頃を含めても一度もだ。自慢じゃないけど告白された事は何度もある。蛯谷は別として私は告白してくる人の気持ちが今まで分からなかった。

 多分、私に告白してきた人も昨日までの私みたいにいろいろ考えたり、悩んだりして告白してきたんだろうと今は分かる。後、一時間もすれば私もやっとそんな人たちと同じ状態になる。

 このまま緊張せずにいられるのか、緊張で動けなくなってしまうのかは分からない。分からないからこそ良いのだと思う。


「すまない。遅くなってしまったかな? そろそろ出発するか?」


 ちょうど出かける準備を始めようとした所でヴァルハラが帰ってきた。ヴァルハラには少しだけ待ってもらって準備を済ませる。

 少し時間が掛かってしまったけど、今から出かければ十分間に合う時間だ。外に出ると止んでいた雪がチラつき始めている。日も暮れてしまっているので辺りは暗く心許ない街灯の光がさらに周囲を不気味にしていた。

 こんな所を一人で歩いていたらどれだけ心細かっただろう。でも、ヴァルハラが居るから平気だ。何かあったら守ってくれると言う安心感で怖いとも思わない。


「後はこの山道を登るだけなのだがどうする?」


 参道には昨日の雪が残っており、まだ誰も通った形跡がない。この状態で登るのは非常に危険だ。滑って転んでしまうかもしれない。無事に登れたとしても行くり登る事になるので、どれぐらい時間が掛かるか分からない。

 最初にお姫様抱っこをして貰った時は恥ずかしかったけど、今はなぜか平気だ。ヴァルハラにしっかりと抱き着いて学校を目指す。ヴァルハラの温もりを感じながら。

 学校に着いた私はどうやら一番最初に来てしまったようで、赤崎先輩の姿もも紡の姿もどこにもなかった。


 暫く待つと紡とアルテアが校庭に姿を現した。紡は何時ものようにダウンジャケットを着ていた。その表情は何時ものように何を考えているのか分からない感じだ。

 だけど、紡の顔を見てしまった私は急に体が緊張し始めた。もしかしたら顔も赤くなっているかもしれない。

 紡に続くように赤崎先輩が車で入ってきた。赤崎先輩が車から降りるより先にメイド姉妹が降りて机と椅子を設置して赤崎先輩が降りてくるのを待つ。

 赤崎先輩が車から降りて椅子に座ると紅茶が差し出される。もちろん、赤崎先輩が雪に濡れないように車から降りてから傘は差したままだ。


 あれ? さっきまでは少し緊張してきた程度だったけど、いつの間にか私の手は自分の意識関係なく震えている。何とか震えを止めようとしても手は言う事を聞いてくれない。


 ドクン! ドクン!


 と心臓の音まで聞こえてきた。どうして? 紡の姿を見たから? 嘘! たったそれだけで私はこんなにも体が動かなくなってしまったの?


「全員集まっているようね。それじゃあ始めましょうか。二対一だけど卑怯とか言わないわよね?」


 紡が無言で頷くとアルテアが前に出てきた。それに合わせてヴァルハラとエルバートも前に出る。

 どうしよう。戦いが始まってしまう。折角、心の準備をしてきたのに戦いが始まってしまえば告白なんてしていられなくなる。戦いが終わってから何て以ての外だ。そんなタイミングで告白して上手く行くはずがない。

 アルテア、エルバートに続いてヴァルハラも武器を取り出す。ここで、ここで動かないと告白するタイミング何てなくなってしまう。どうしよう。どうしよう。

 今にも戦いが始まろうとしている所で私はヴァルハラたちの前に出て紡に指をさした。


「紡! 私と勝負しなさい!!」


 私は何を言っているんだろう。勝負をするのではなく告白するつもりだったのに。紡を指す指が今も震えているし、紡もあまりの展開に声が出ないぐらいびっくりしている。


「おい! お嬢ちゃん! 悪いがここは俺たちの見せ場だ。お嬢ちゃんは後ろで強制命令権インペリウムを使うタイミングを待っていてくれ」


 エルバートの言う通りだ。いきなり私が戦うなんて通るはずもないし、なぜ戦うなんて言ったのか自分でも分からない。

 全員の注目を集めてしまった事で、少し恥ずかしくなり、紡を指していた指を下ろして後ろにさがろうとした時、


「アハハ! 面白いわ。戦いなさいよ。思う存分やれば良いわ」


 思わぬ人から背中を押されてしまった。崖っぷちに立った私を赤崎先輩は笑顔を浮かべながら押したのだ。趣味が悪いんじゃないでしょうか。

 机に頬杖をついて物凄い良い笑みで私を見ている赤崎先輩に何を言っても無駄でしょう。私は覚悟を決める。


「おいおい、何か自由な感じになって来たな。それなら俺も自由にやらしてくれ。一対一で戦いてぇんだ」


 私が戦う事に便乗してエルバートがアルテアと一対一で戦いと言い出した。私が戦うと言ったばかりになんだか場が混とんとしてきたような気がする。


「私は問題ないわ。ヴァルハラはどう?」


 折角、二対一の有利な状況を未練もなく手放し、ヴァルハラに賛同するか赤崎先輩は聞いてきた。


「私も問題ない。ここで私も戦うと言うと、まずは私とエルバートが戦う事になってしまうからな」


 分かっているなと言う表情でエルバートはこちらに犬歯を見せてくる。ヴァルハラが戦うと言ったら本当に仲間同士で戦っていたのが分かってしまう。


「こちらも一対一なら望む所です。ツムグは綾那との戦いに専念してください」


 アルテアからしてみれば二対一だった所を一対一でやってくれるなら諸手を挙げて賛成と言ったところでしょうか。

 図らずも紡が蛯谷と戦っていた時と同じような感じになってしまった。勢いで言ってしまったのは良いのだけど、私はちゃんと戦う事ができるのでしょうか。

 紡も少し困ったような表情をしている。それはそうだ。女性が相手だなんて私より戦いにくいかもしれない。


「針生、本当にやるの? 怪我するかもしれないよ?」


 心配をしてくれているような感じの紡だけど、どこか馬鹿にしているのが分かる。それが私をやる気にさせた。確かに私は戦いに自信がある訳じゃない。里緒菜さんにも一撃も攻撃を加えることなく負けてしまった。だけど、里緒菜さんは訓練しているみたいだからあれは対象外で良いでしょう。

 それ以外となると私は人と殴り合い何てした事がない。やった事と言えば体育の時間で柔道をやったぐらいでしょうか。でも、もう戦う事になってしまった。泣き言を言った所で誰も助けてはくれない。

 私があれやこれやと考えている間にアルテアとエルバートの戦いが始まっていた。互いに武器を取り出して打ち合う音は流石に迫力がある。


「それじゃあ僕たちも始めようか。僕たちは武器はなしで良いよね?」


 武器を使った方が腕力の差をなくす事ができるかもしれないけど、下手をすれば死んでしまうし、そうじゃなくても酷い怪我になってしまうかもしれないのでなしで良いと思う。

 あぁ。告白がしたいだけだったのにどうしてこんな事になってしまったのでしょう。それもこれもすべて紡が悪いんだ。この怒りと私の想いを全部ぶつけてやる。


「じゃあ、行くぞ! 痛いかもしれないけど我慢してくれよ」


 紡が私に向かって走ってくる。そのスピードは里緒菜さんほどの速さはなく、私でも十分に対応できるような気がする。

 向かってくる紡の顔を見ていると、このまま受け止めて抱きしめてしまおうかと思ってしまうが、ここはグッと堪える。紡が踏み込んできたので私は横にステップを踏んで避ける。


 グッ!!


 女性が出して良いような声じゃない声を出してしまった。紡の放った拳が私のお腹に突き刺さったのだ。胃から込み上げて来る物は何とか堪える事ができ、女性として無様な格好をまた他人に見せなくて良かった。

 完全に躱したと思ったのだけど、どうやら緊張でまだ私の体は思ったように動かなかったらしい。それにしても紡の奴、本気で女性を殴るなんて一体どんな神経をしているんでしょう。育てた親の顔が見てみたい。


「私は早くに死んでしまったから関係ないぞ。育てたのは奏海だからな」


 何かあった場合の審判役を務めているヴァルハラがそんな暴言を吐いてきた。ヴァルハラだって小さい頃の紡の人間形成に関わっているのだからかなちゃんだけのせいとは言い切れないはずだ。

 女性の私にも手を抜かない紡に不信感を抱きながら体勢を立て直す。降ってくる雪が髪の毛を濡らしてしまい、纏わりついてくるので髪の毛を後ろで縛ると少し視界が開けたような気がした。

 今度は私から攻撃に出る。里緒菜さんには通じなかったけど、紡なら何回かに一度ぐらいは当たるような気がする。右、左と攻撃を繰り出していくけど、思ったより紡はすばしっこく、一度も当たってくれない。


「針生、もう良いんじゃないか? いくら頑張ってもそれぐらいの攻撃では僕に当てるのは難しいぞ」


 ムカッとする事を言ってくる。相手が使徒アパスルならいざ知らず紡だったら私だって当てる事ができるって事を見せてやる。

 拳だけで攻撃しているから躱されるのだと思い、私は蹴りも織り交ぜながら攻撃を始める。こんな事があるとは思ってなかったけど寒かったからジーンズのズボンにしておいて良かった。これでスカートを履いていたらまた紡にパンツを見られていたかもしれない。

 私が蹴りを織り交ぜ攻撃しても紡はその全てを躱してなかなか当たってくれない。紡には女性に花を持たせると言う考えはないでしょうか。例え嘘でも当たってくれればそれで満足するのに。

 エルバートとアルテアの人間では到底考えられない戦いをしている隣で、あまりにもお粗末な私の戦いは続いている。


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