曖昧模糊 赤崎-1
優唯が指定したのは学校の校庭だった。ここなら変に気を使う事もないだろうし、暴れまわった所で他の人に迷惑をかける事はないからだ。
雪がチラつく中、椅子に座って紅茶を嗜んでいると一組の男女が校庭にやって来た。
「男の方が釼 鉄哉。同盟の話を持ってきた者になります」
優唯が軽く頷くと里緒菜は後ろにさがって行った。優唯は立ち上がり男達と対峙する。男の顔には針生が居ない事への不信感が現れているようだ。
「アンタが針生の同盟者か? 針生の姿が見えないんだけど、どういう事だ?」
答えなんて分かっているくせに聞いてくるなんてなんて愚かな男なのだろうと優唯は思う。しかし、これからショーを楽しむためのセレモニーと思い、優唯は我慢して付き合う事にする。
「来ないわよ。あなたの顔なんて見たくもないらしいわ。よほど嫌われてしまったのね」
口角を上げて微笑みを浮かべる優唯だが、釼の方はその笑みを挑発と受け取ったようだ。
「何だテメェは? 粋がってんじゃねぇぞ。大人しくしておいてやるから早く針生を呼んで来い! このドブスが!!」
優唯はこめかみあたりに青筋を立てるが、何とか我慢している。しかし、我慢できなかったのは玲緒菜だった。
「貴様!! 優唯様に向かって何と無礼な! 優唯様、すぐにご命令ください。この男に優唯様がどれほどご立派な方か体に教えて差し上げます」
玲緒菜の気持ちも分からなくもないが、優唯は玲緒菜を下がらせる。こんな事でエルバートの戦いを見るのが遅れてしまうのが嫌だったからだ。
「そろそろ殺るか? これ以上話しても意味ないだろ」
エルバートが待ちきれんとばかりに優唯に進言する。優唯も我慢はこれぐらいで良いだろうと思う。十分待った。メインディッシュはこれからだ。
「お話にならないわね。あなたみたいな下衆な人間と組む人は居なくてよ。エルバート! 自由に暴れなさい」
エルバートの口角が上がり、犬歯がきらりと光る。縮んでいたバネが伸びるようにエルバートはシェーラに向かって行く。
途中で光の中から取り出した鉈を高スピードで振りながら雪を切裂いてシェーラを追い詰める。鉈と鉤爪の音が校庭に鳴り響き、雪に音が吸収されて行く。
「あなた亜人族でしょ? 精霊族の私に勝てるとでも思って?」
シェーラはエルバート動きから亜人族だと判断した。その判断は合っているのだが、エルバートはまったく気にした様子はない。
「それがどうした? 早く精霊を呼び出せばよかろう。すぐに元の世界に戻してやる」
エルバートの余裕の笑みにシェーラも同じような笑みで返す。二人の乾いた笑みに少しだけ雪が降る勢いが弱くなった。
シェーラは釼の方に視線を向け、
「蹴散らせ、シェーラ!」
その声と共に飛び退いたシェーラは地面に手を付いて詠唱を始める。エルバートがそのスピードでシェーラに迫れば詠唱を邪魔する事ができるだろうが、エルバートは動く事がなかった。
「古の契約に縛られし可哀そうな
シェーラの詠唱が終わると校庭から三体のゴーレムが生まれた。三体のゴーレムはぎこちない動きから徐々にスムーズな動きに変わって行った。
「何だ。三体だけか? その程度の数のゴーレムで俺を倒せると思っているなら、その考えが間違っているって証明してやろう」
優唯は何時、エルバートから合図が来ても良いように準備をしていたが、エルバートは優唯に合図を送る事なくゴーレムに攻撃を始めた。
大きな体に果敢に挑んでいくエルバートだが、鉈はことごとくゴーレムの硬い体に弾かれて行く。一見すれば攻め手がないように思えるのだが、エルバートの笑みは消える事はない。
「流石ゴーレムは硬えなぁ。全く崩せる感じがしねぇぜ」
言葉とは裏腹に全く困った様子を見せないエルバートは鉈を光の中に仕舞い、舌なめずりをする。
武器を納めてしまって一体どうするのかと思う優唯だがその答えはすぐに分かった。何の事はない。エルバートは素手で戦い始めたのだ。
ゴーレム相手に素手で戦いを挑むエルバートに勝ち目などないと思われたのだが、武器を仕舞った事で得たほんの僅かな身軽さがゴーレムを翻弄していく。
エルバートが一体のゴーレムに狙いを定め、腕に力を入れて行く。見る見るうちに膨れ上がる右腕だが、それと同時にエルバートの爪が異様なほど伸びていた。
「竜の爪って奴を存分に味わいな」
太く、長く伸びた爪をゴーレムの胸に向けて伸ばすと、爪は何の抵抗もなくゴーレムの胸に突き刺さった。最後のあがきとばかりにゴーレムはエルバートの顔面に拳を入れるが、その拳が顔面に届く前にゴーレムの体は崩れて行った。
「馬鹿な! 素手で私のゴーレムを破壊するなんて……」
「そう思うか? だから言ったろ? お前の考えが間違っているって」
飛んできた土が当たってしまったエルバートは口から流れる血を拭きながらシェーラに向けて鋭い視線を送る。その視線にシェーラは一歩、後ろにさがってしまう。
二体のゴーレムが同時にエルバートに襲い掛かる。エルバートの動きに比べれば緩慢とも思える動きではエルバートを捉える事はとてもできない。
左右に素早く動きエルバートが一体のゴーレムの後ろを取る。エルバートを殴ろうとして空振りをした体勢ではゴーレムはすぐに振り向く事はできない。
「これで二体目!」
エルバートの爪が背中から突き刺さり、ゴーレムの体を貫通して胸から飛び出る。ガラガラと崩れ落ち、元の土に戻っていくゴーレムは土煙を上げて消えて行った。
最後に残った一体にエルバートが狙いを定める。スピードで翻弄するとゴーレムはもはや土人形のように立っている事だけしかできなくなってしまっっている。
そんな相手にエルバートが負けるはずもなく後ろからゴーレムの股間を抜けて正面に回り込むとそのまま地面を蹴ってジャンプをする。全くエルバートの動きに付いていけてないゴーレムは無防備に胸を晒してしまっている。
「これで最後だ土人形! 土に還って主を待ちな!」
エルバートの爪がゴーレムに突き刺さる。最後の抵抗で腕を振り上げたゴーレムだったが、できたのはそこまでだった。振り上げた腕から体が崩れ物の数秒でゴーレムの体はこの世界から姿を消した。
「さてと、何だっけ? 亜人族は精霊族に勝てないだっけか?」
光の中から再び鉈を取り出したエルバートを見てシェーラは唇を噛んで悔しさを露にする。
種族の優位性があるはずの自分が
「クソが! 私はお前より強いんだ!!」
シェーラが声上げ、顔を真っ赤にしてエルバートに突っ込んでいく。鉈で鉤爪の攻撃を受けたエルバートだったが、鉤爪を上手く使われてしまい、鉈の自由を奪われてしまう。
そこへもう片方の鉤爪がエルバートの顔面に迫る。すべてが上手く行った事にシェーラは勝利を確信する。だが、エルバートの超人的な反射神経はシェーラの考えさえ上回っていた。
たった
エルバートの頬に鉤爪の攻撃で引っ掻かれた三本の線が浮かび上がり、そこから血が流れる。そんな事も気にする事なくエルバートは鉈から離した手の爪でシェーラの腕を切り飛ばした。
「キャァァァァ!!」
シェーラの金切り声が校庭に木霊する。痛みに耐えられず、思わず下がってしまったシェーラはエルバートとの間に距離を作ってしまった。
その距離はエルバートが鉈を振るうには十分な距離で、そして――シェーラが死ぬには十分すぎる距離だった。
引きつった顔をするシェーラに大上段に構えた鉈をエルバートが振り下ろす。雲間を通した鈍い光がスポットライトのようにシェーラを照らすとシェーラの体は真っ二つに切裂かれてしまった。
倒れて行くシェーラが光に包まれる。エルバートの手には黄色のレガリアが握られており、勝負は決した。
優唯がエルバートの所に近づいて行くが、その顔は不満の色がありありと現れている。優唯は今の戦いで興奮出来なかったのだ。
もっとお互いが傷をつけ合って血が飛び散るシーンを期待していたのだが、戦いが意外なほどあっけなく終わってしまったからだ。
だが、そんな優唯を狙って動く者が居た。釼だ。優唯が全く警戒もせずエルバートに向かって行く所を釼は狙って動いたのだ。
「優唯様!!」
里緒菜が優唯を守るために釼との間に入り込む。普通の人間の攻撃などガードをすれば十分と思った里緒菜の判断は間違いだった。釼の『ギフト』は腕力強化。普通の人間とは比べ物にならなぐらいの力を発揮できるのだ。
「どけや! メイド!!」
釼の振るった拳をガードした里緒菜は吹っ飛ばされてしまった。あと一歩近づけば優唯に拳が届くところまで来た釼だったが、目の前にあったのは優唯ではなく地面だった。
里緒菜を吹っ飛ばした後、後ろから来た玲緒菜に組み伏せられてしまったのだ。
「クソッ! 放せ!!」
暴れようとする釼だが、玲緒菜は合気道の技を使い、釼の腕に触らないように体を抑えているのだ。そこへ吹っ飛ばされた里緒菜も戻ってくると釼は完全に動く事ができなくなった。
「優唯様。この者はどういたしましょう」
姉妹たちの表情を見れば優唯は分かる。姉妹たちは優唯に吐いた暴言を許せず自分たちに処理をさせてくれと思っている事を。
優唯としても釼にはすでにと言うか最初から興味のなく、姉妹たちに任せると言うと他のメイドも呼び、釼をどこかに連れて行ってしまった。
「終わったな。あまりにも手ごたえがなく不満だが、次の戦いに期待するか」
エルバートにとっても不満だったようだ。しかし、種族の優位性のあるシェーラをどうしてエルバートが倒せたのか優唯は気になった。
「そんなのは簡単だ。種族の優位性と言っても個人差が大きいのさ。種族同士が大人数でぶつかれば俺たちの方が押されて行くだろうが、一対一ならそこまで種族の差など生まれないんだよ」
それは逆に言えば実力さえあれば人間族の相手でもエルバートが負けてしまう事があると言う事だ。
「それはないな。なぜなら俺は最強だからな」
高らかに笑うエルバートにつられ、優唯も思わず笑ってしまった。これで手に入れたレガリアは二つ。針生が二つ持っていたはずなのでかなり人数は減っているはずだ。
一度、蒼海にでも調べてもらうかと思い、学校を後にしようとした所で優唯のスマホが鳴った。本当に親しい者たちだけで使っているスマホの方だ。表示されている名前を見ると蒼海となっていた。
「優唯様。蒼海にございます。残りの
一体どこで聞いてたのか分からないが、蒼海はそれだけ言うと通話を切ってしまった。優唯はこういう先を見通したような蒼海の行動が苦手だったが、有用な情報なので文句を言う事もできない。
「何だ。もう残りが三人か。しかもこっちは二人だからな。勝ったも同然だろ」
確かに状況だけを見れば優唯たちの方が圧倒的に有利だ。だが、優唯の興味は勝ち負けより興奮するような戦いが見れるかどうかに変わっている。
今回のように不満の溜まる戦いではなく心が躍るような戦いが見たいのだ。優唯はスマホの通話ボタンを押すと再び蒼海につなげ、命令する。
「釆原って子に明日の夜、校庭に来るように言いなさい。針生さんに伝えるのも忘れずにね」
優唯は電話を切ると空を見上げた。空からは大粒の雪が降っており、積もるかもしれないと言う勢いだった。
一片の雪が優唯の顔に落ちると瞬く間に雪は溶けて行った。明日の戦いを考えると優唯の体は熱くなっていたのだ。そんな自分の状態が面白くなった優唯は笑いながら車に乗り込み、家に帰って行った。
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