暗闇の九日目-1
昨日、鷹木さんと別れてからの事は覚えてないけれど、朝起きたらいつも通りの私に戻っていた。
私は赤崎先輩に言われた通り、スマホを買い替えに行くために家を出る。雪がちらちらと舞い降り、まだ冬が終わらないのだなと思えてくる。
スマホショップに着き、最新のスマホに買い替える手続きを進める。あまり詳しくない私は最新の物なら長く使えるだろうと言う判断だ。
ボロボロになってしまったスマホからデータは復元できると言う事なので少し安心した。もしデータが復元できなかったらこれまで交換したメッセージIDや電話番号を再び登録しなければならず、手間が凄い事になりそうだったからだ。
「少々こちらでお待ちください」
店員さんが奥に引っ込んで何やら作業をし始めたので私はその場で待つ事にする。特に何もする事がなく、ボーっと入り口の所を見ていると一組のカップルが入ってきた。紡とアルテアだ。
どうして? と思いながらもまだスマホを受け取っていない状態では店を出ていく訳にもいかない。なるべく紡たちの方を見ないようにし、顔を伏せていたのだけど、すぐに見つかってしまった。
「あれ? 針生? どうしてここに?」
それは私の方が聞きたい。お店の中なのでヴァルハラには離れてもらっていたのが裏目に出てしまった。ヴァルハラもどこかで紡たちが来たのは分かったのだろうけど、すぐに襲われたりはしないと思って私の所に来ていないのでしょう。
顔を背けて声色を変えて他人のフリをしてみたけど、すぐにばれてしまった。この近距離で他人のフリなどは無理だと分かっていても一縷の望みを掛けて見たけれど、そんな希望などどこにもなかった。
「僕はアルテアにスマホを持ってもらおうと思って来たんだけど、針生はどうしたの?」
そんな普通の感じで私に話しかけないで欲しい。私はそんな感じで話されるような人間ではないし、紡と面と向かって話せるような人間ではない。
「そう言えば僕の家にまだ針生の荷物があるんだけど、どうする? 取りに来れないなら送るけど?」
止めて。紡の家から私の場所を奪わないで。あの場所がなくなってしまったら紡の家に行けなくなってしまう。行く理由がなくなってしまう。
何か言わなければと思えば思うほど口が動いてくれない。何も言わず俯いてしまっている私がチラッと紡の方を見ると困ったような顔をしている。
「針生聞いてる?」
私の事を気にして紡が私の方に手を伸ばして来る。その時、
「針生様。お待たせしました。こちらが新しいスマートフォンになります」
店員さんがトレーに乗せてスマホを運んできてくれた。私はスマホを奪い取るように手にすると何も言わずに走って店を出てしまった。
呼吸をするのも忘れ、ただ我武者羅に雪のチラつく街を走り、電柱の所で止まった。息が持たなかったのだ。吸うのを忘れていた空気を慌てて肺に入れる。冷たい空気のせいで肺に刺さるような痛みが襲ってくる。
「折角話せる機会だったのに良かったのか?」
ヴァルハラが私を追ってきてくれたようだ。私だってちゃんと話せるなら話かったけど、あんな所で急に会うなんて思ってもなかったから心の準備ができていなかったの。
私は私が分からない。どうしたいのか? どうされたいのか? 私は一体、何がしたいのか自問自答する。だが、その答えは出て来てくれない。
「いや、もう出ているだろ? 自分の気持ちに素直になれば良いのだ。何も隠す必要はない。紡だって素直に言ってもらえれば真剣に考えて答えを出すだろう。例え、それが望んでない答えだったとしても必ず綾那の今度の人生の糧となる。一歩を踏み出さないと何も始まらないぞ」
何? その言い方。私がフラれる事前提? でも、ヴァルハラの言葉で不思議と心が軽くなった気がする。流石、紡のお父さん。私なんかよりはよっぽど人生を知っている。
一歩を踏み出す勇気が出て来た。でも、勘違いしてもらっては困る。私はフラれる気など全然ないのだから。
「それはそうだ。最初から負ける気で戦った所で勝算などありはしない。やるからには勝つ。これは鉄則だ」
そうね。そうだわ。必ず紡を振り向かせてみせる。そして、ヴァルハラの事を『お父さん』と呼んでやるんだ。
家に帰った私の所に蒼海さんが来たのは夜の事だった。どうやら残りの
私の知る限り残っているのは私と赤崎先輩、紡、釼とまだ知らない
「釼様は本日、赤崎様がお倒しになりました。これで残っているのは赤崎様、針生様、釆原様の三人でございます」
赤崎先輩は本当に勝ってしまったんだ。凄いな。となると私の知らない
「それでは明日の十九時に学校の校庭でお待ちしております」
蒼海さんは深く腰を折ると赤崎先輩の家に帰って行った。明日、すべての決着がつくかもしれない。それは私の心にも決着を付けろと言われているような感じがする。
昼間から降っていた雪は牡丹雪に変わり、明日は積もっているだろうなと私に思わせた。
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