不意の八日目-5


 私が赤崎先輩の家から自宅に戻る途中、高級マンションから出てくる紡の姿を見つけた。慌てて木の陰に隠れるとヴァルハラにもアルテアに見つからないように離れてもらった。

 手を振ってマンションから離れて行く紡は誰かに手を振っているようだ。目を凝らし良く見てみると鷹木さんに手を振っているようだ。

 紡がマンションから離れて行ったのを見て鷹木さんはマンションに入って行った。どうやらここは鷹木さんが住んでいるマンションのようだ。

 と言う事は鷹木さんのマンションから紡が出て来たと言う事になる。確かに鷹木さんには紡の家から出るように入ったけど、自分の家に紡を連れ込むなとは言っていない。だから鷹木さんの行動は責められない。けど……。

 なんで私はこういう場面に会ってしまうのだろう。こんな場面見たくなかった。蒼海さんに頼めば、今、紡たちがどうなっているのかまた調べてくれるかもしれないけど、そんな事はしたくない。

 多分、今私が紡に告白しても上手く行かないだろう。なぜかそんなような気がして私の心を黒いモヤモヤが覆って行く。


「あれ? 針生さんじゃん。こんな所で会うなんて珍しいね。所で釆原見なかった?」


 木に隠れている私の後ろからした声は蛯谷の物だった。なぜこんな所に蛯谷が? あっ、そう言えば鷹木さんを探しているとか言ってたわね。


「あぁ、鷹木さんを助けたら警察に捕まって今、釈放された所だ」


 ???


 言っている意味が分からない。どうして助けたのに捕まったのか。この手の人は時々こういう言い方するから苦手だ。そのまま捕まっていればよかったのに。

 もう一度捕まって欲しいので警察に連絡しようと思ったのだけど、スマホが壊れているので連絡ができない。残念。


「ハハハッ。針生さんも面白い人だな。そんな冗談を……って目が本気なんですけど。怖いんですけど」


 蛯谷とは全く話す事もないので、紡が家に帰ったと伝えておく。これで大人しく帰ってくれるでしょう。


「えっ!? 帰ったの? 連絡ぐらい入れてくれればいいのに。鷹木さんの家には入れてもらえないだろうから俺も家に帰るかな」


 頭を掻きながらこちらをチラチラ見て来ているけど、そう言うなら早く帰って欲しい。絶対に私は蛯谷に付き合ってどこかに行ったりしないから。

 私が蛯谷に興味がないのが分かったのか蛯谷はやっとどこかに行ってくれた。もう、何時までも私の周りでうろうろしてないでよ。知り合いだと思われちゃうじゃない。


「あれ? 針生さん? こんな所でどうしたの?」


 また誰かに見つかってしまった。それもこれもすべて蛯谷のせいだ。あいつが私に絡んでこなければ誰にも見つかる事はなかったはずなのに。

 私が振り向くとそこに立っていたのはマンションから出て来た鷹木さんだった。さっき紡と別れた時にマンションに入って行ったのにどうしたのでしょう。

 話しぶりからすると私がいるから出て来たって訳じゃなさそうなので、正直にたまたま近くを通りかかったと伝えるが、どうも信用されてないみたい。


「針生さんがたまたま私の家の近くをね。ふーん。まあ、良いわ。私は約束守ってるから責められる覚えはないし、釆原君が私の家に遊びに来たのも問題ないしね」


 やっぱり紡は鷹木さんの部屋に行っていたんだ。確かに鷹木さんの家に紡が行っては駄目と約束してないけど……。約束してないけど……。

 心のモヤモヤがどんどん大きくなってくるのが分かる。駄目だ。ここに居ては駄目だ。早く、早くここを離れないと私が壊れてしまいそうになる。


「釆原君ももう少ししたら戻ってくると思うけど、針生さんも私の家に上がっていく? お茶ぐらい出すわよ」


 多分、嘘だ。さっきの紡の帰り方を見れば鷹木さんが嘘をついているのは分かる。でも、それを私が見ていたって伝えてしまうとたまたま通りかかったと言うのが嘘っぽくなってしまう。

 私は丁重にお断りをして鷹木さんの住んでいるマンションを離れる事にする。なぜか荒くなっていた息も鷹木さんと離れた事で少し落ち着いていく。

 ある程度マンションを離れ、曲がり角を曲がった所で私は壁を背に座り込んでしまった。


「大丈夫か? 綾那? もし辛いようなら私が家まで運んでやるが?」


 大丈夫。そんな必要はない。だけど、こういう時の優しい言葉ってどうしてこんなにも心がチクチクするんでしょう。私は優しくされていいような人間じゃない。流れそうになる涙を必死に抑え、ヴァルハラに顔を見せないようにする。


 スゥー、ハァー。


 何とか大きく深呼吸をする事で落ち着きを取り戻す。

 私は一体何がしたいんだろう。鷹木さんを紡の家から追い出し、鷹木さんのマンションから出て来た紡に嫉妬する。

 こんな女の子じゃなかったはずなのに。もっと素直で自分の意見をちゃんと他の人に伝える事ができる子だったはずなのに。

 ここで何時までも落ち込んでいても仕方がないので、フラフラと立ち上がる。


「本当に大丈夫か? 綾那」


 もう大丈夫。平気。私は立ち上がると家に向けて歩を進める。どんな道を通って家に帰ったか覚えていないけど、私は家に帰りつく事ができた。


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