不意の八日目-4


 アルテアを連れて蛯谷の所に行くと鷹木は両手両足を縛られたまま木の根元に座っていた。


「おう、釆原来てくれたのか。鷹木さんを連れ出したは良いけど、紐が解けなくてな。困っていた所なんだ」


 取り敢えず鷹木を連れ出すのを優先してもらったんだけど、こんな目立つところに鷹木を座らせていたら近くを通った人に通報されても知らないぞ。


「誰が通報するんだよ。どう考えても悪い王様に捕まったお姫様を救出した英雄だろ」


 いや、どう考えてもお姫様を強奪してきた魔物だろ。そんな事は良いとして鷹木を縛っている紐を何とかしなければならない。

 意外としっかり縛られている紐は一見しただけでは簡単には解けそうにもない。


「早く解いて。蛯谷君にお姫様抱っこされた屈辱を晴らしたいわ。あんなの私の中でも人生最悪の屈辱よ。舌を噛み切っていない自分を褒めてあげたいぐらいよ」


 そこまでの屈辱なのか。ピンチの所を助けに来てくれた蛯谷が少し可哀そうに思えるが、これも日頃の行いと言う事で諦めてもらおう。紐を解くにしても僕も何も持たずにここに来てしまったので、すぐに鷹木の紐を解く事ができない。

 どうするか考えているとアルテアが僕たちの前に出てきた。


「紐を切ってしまえば良いのですね。私がやりましょう」


 アルテアは日本刀を取り出し、刃を紐に当てると何の抵抗もなく紐が切れてしまった。凄い切れ味だ。少し力加減を間違ったら鷹木の手がすっぱりと行ってしまったのではないだろうか。


「その辺りは慣れです。他の人では無理かもしれませんが、私の愛刀があれば何も問題ありません」


 鷹木はやっと手足が自由になった事でアルテアに抱き着いてお礼を言っている。兎に角、鷹木も無事に動けるようになったし、めでたしめでたし……とはいかなかった。


「ちょっと君。話が聞きたいから署まで来てもらって良いかな?」


 蛯谷の周りにはいつの間にか警察官が三人ほど集まっており、蛯谷の逃げる道を塞いでいた。

 どうやら蛯谷が鷹木を連れ出した所をマンションの住人が見たようで、声を上げて暴れる鷹木の姿に事件だと思い、警察に連絡したようだ。


「ちょ、ちょっと待てよ! 俺は人助けをしただけで捕まる覚えなんてないぞ!」


 必死に警察官に抵抗する蛯谷だが、それは逆効果だ。警察官は暴れ始める蛯谷の体を拘束して警察署に連れて行こうとしている。

 流石に蛯谷が連行されるのはかわいそうだと思い、警察官に勘違いだと伝えようとしたが鷹木に腕を引っ張られ、マンションに連れて行かれてしまった。


「止めろ! 放せよ! お、おい! 俺は違うって言ってくれよ!」


 蛯谷の懇願が僕の後ろから響く。だが、鷹木の歩くスピードは一向に衰える事はない。それどころか蛯谷の方に向こうともしていない。


「早く行きましょ。私たちまで仲間だと思われたら困るわ」


 すまん。蛯谷。上手い事、警察官を説得して出て来てくれ。僕が謝るジェスチャーをして連れて行かれると、蛯谷は僕に殴りかかろうとしてきたが見事に警察官に押さえつけられてしまった。

 放せと言って暴れる蛯谷だが、そんな事をすれば余計に押さえつけられるだけだ。大人しく捕まってくれ。蛯谷よ。


 僕たちは無事(?)に鷹木の部屋まで帰ってきた。部屋にはぐったりと項垂れるストーカーが縛られたまま大人しくしていた。

 取り敢えず捕まえておいたのだが、後は鷹木のしたいようにすればいい。殺すとかだと止めるかもしれないけど。


「殺すなんてしないわよ。こんな事で私の人生終わらせたくないもの」


 冷静な判断ができていて安心した。殺さないのは良いとして鷹木はストーカーをどうするつもりなのだろう。


「警察に突き出すわ。蛯谷君もあのままだと本当に前科とか付いちゃいそうだし」


 それが一番良いだろうな。警察に連絡する前に一発だけストーカーをビンタしたのは見なかった事にしよう。暫くすると先ほど蛯谷を連れて行った警察官とは違う警察官がやって来てストーカーを連れて行った。

 抵抗もせずに大人しく連れて行かれるストーカだが、これで改心してくれるだろうか。それにしてもシルヴェーヌが最後まで姿を現さなかったのだが、一体どこに行ってしまったのだろう。


「シルヴェーヌは死んでしまったわ。針生さんの使徒アパスルにやられてしまったの」


 えっ!? 父さんが? でも、鷹木と針生が会うタイミング何て……そうか、僕と蛯谷が戦っていた時か。


「そう。あの時、針生さんが来て私たちも戦っていたの。でも……、そこで……、シルヴェーヌが……」


 その時の事を思い出してしまったのだろう。鷹木は泣き崩れてしまう。アルテアが駆け寄り、肩を抱くと少し鷹木は落ち着いたようだ。

 鷹木も戦っていたのか。もっとフォローできれば良かったのだろうけど、あの時は蛯谷の相手で手一杯だったからな。申し訳ない。


「アルテア、ありがとう。もう大丈夫よ。針生さんとの戦いで約束しちゃったの。負けたら釆原君の家を出るってね」


 アルテアがそっと離れ、僕の所まで戻ってくる。薄っすらとアルテアの目が濡れているように見えるのは気のせいだろうか。

 そうか、鷹木は針生とそんな約束をしていたから急に僕の家から出ると言い出したのか。やっと納得できた。でも、なんでそんな約束なんか……。


「私が釆原君の家にいるのが気に入らなかったのよ。分からないでもないけどね。私も他の人が居たら嫌だし」


 そう言う物かな? 別に何かある訳でもないから一緒にいても良いと思うのだけど……いや、駄目だ。この考えで行くと針生や鷹木が僕の家にいても問題ない感じになってしまう。

 それに針生の荷物がまだ僕の家に置いてあったな。確かにあの下着を誰かに見られるのは嫌だな。そのためにって訳じゃあないだろうけど。鷹木を僕の家から追い出したのか。

 なぜか鷹木が冷めた目で見つめてくる。何か違っているのだろうか?


「私は約束で釆原君の家を出なくちゃいけなくなったけど、釆原君が私の家に泊まっちゃ駄目って約束はしてないわ。どう?」


 どう? と言われても僕が一人暮らしの女性の家に泊まれるわけがない。シルヴェーヌが居なくなってしまった鷹木が、また、今回のような事になるかもしれないと言う心配はあるが、それとこれとは別だ。


「釆原君の家だって、かなちゃんとアルテアでしょ? 私の家に泊まるのとそんなに変わらないじゃない」


 そう言われると確かに同じような物なのかもしれないが、やっぱり自分の家と鷹木の家では全然違う。


「そうなんだ。やっぱり釆原君は私の事なんてどうでも良いと思っているんだ。今回のようにストーカーに襲われ、目玉をくりぬかれれば良いと思っているんだ」


 鷹木が崩れ落ち、顔を抑えて泣き始めてしまった。決してそんな事は思っていないけど、どう考えても女性の一人暮らしの所には泊まれないだろ。

 どうして良いか分からず慌てふためく僕だが、鷹木は何事もなかったように立ち上がった。


「まっ。そうよね。嘘よ。嘘。気にしないで」


 鷹木は泣いてなど居なかった。どうやら嘘泣きで僕の気を引こうとしていたようだ。元アイドルの演技力にすっかりと騙されてしまった。

 鷹木には申し訳ないが、そろそろ僕は帰らせてもらう事にする。鷹木もこれ以上は僕を引き留めることをせず、すんなりと帰してくれた。

 部屋の玄関までで良いのに鷹木はエントランスまで見送りに来てくれ、手を振って鷹木と別れると僕は家に戻って行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る