不意の八日目-3
鷹木を助けるためにどうするか。相手の『ギフト』は物質の硬化らしいので、真面に攻撃してもさっきのように防がれてしまうだろうし、物質を硬化したもので攻撃されるかもしれない。
しかも相手は鷹木の髪の毛を切るために使ったハサミを持っている。それも気にかけておかなければいけない。
「そ、そ、それじゃあ、あーちんの目をくりぬいて……」
僕の事など無視をして鷹木の目にハサミを向ける。
「んー。んんー。んー」
必死に首を振ってハサミに狙いを定められないようにする鷹木に僕は助けに入るため駆け寄る。男は僕の接近に気付き、鷹木を狙っていたハサミを僕に向けて振るってくる。
ハサミの刃先が僕の目を掠りそうになるぐらいギリギリの所で何とか回避に成功する。回避した所で男にしがみ付き、男を鷹木から引き離す。
「や、や、止めろ! あーちんの、あーちんの目は僕の、僕の物だ!」
誰も目なんて取ろうと思わないよ。暴れる男を引き倒し、素早く離れると、鷹木を抱きかかえ部屋の隅に移動する。まずは猿ぐつわを下にずらして話せるようにだけはしておく。
「釆原君ありがとう! あのストーカーが、あのストーカーが……」
なるほど。あの男はストーカーなのか。元アイドルと言うのも良いのか悪いのか分からないな。
床に頭を打ち付けたのか、頭を振りながらゆっくりと男が起き上がってくる。早く鷹木を自由にしてあげたいのだが、手は後ろ手に縛られており、足も縛られているのですぐに解く事はできない。
「お、お、お前、お前はあーちんの何なんだ! ぼ、ぼ、僕の、僕の邪魔しやがって!」
ただの同級生だよ。それ以外に何に見えるって言うんだ。それにしても『ギフト』も厄介だけど、あのハサミが予想以上に厄介だ。何とかして奪い取らないとなかなか手が出せない。
何か武器になるような物がないか部屋の中を見渡してみるが、意外と……と言っては悪いが整理整頓されている部屋には武器になるようなものが見つからない。
「台所に行けば包丁とかあるけど、この部屋は寝室だから何にもおいてないの」
あるのはベッドとチェスト、照明スタンドぐらいだ。台所に行くには部屋を出なくてはいけないので台所まで行くのはちょっと無理だ。
ストーカーの持つハサミが怪しく光る。
狂人に凶刃とは面白くもない組み合わせだ。ベッドを挟んでいるとはいえ、数歩近づけば相手に届く距離。お互いけん制して動けない。
武器がある分、有利と判断したのかストーカーの方が先に動く。ベッドの上に飛び乗り、僕の所に向かってこようとするが、柔らかいベッドに足を取られて倒れてしまう。
このチャンスを逃してはいけない。僕はストーカに飛びつき、ハサミを持っている手を絞り上げる。必死に抵抗するストーカーだが、手を振った時にハサミを放してしまい、部屋の壁に深々と突き刺さった。
「あぁー。あーちんの、あーちんの体をバラバラにする道具を……」
壁に刺さったハサミを今にも泣き出しそうな顔で見つめている。しばらく見つめていたが、諦めがついたのか、肩を震わせ、僕の方に鋭い視線を向けてくる。
「お前のせいだからな! あーちんの目が綺麗に取れなかったらお前のせいだからな!」
怒りでキレてしまったのかどもることなく言葉を発する。僕のせいで全然いいんだけど、鷹木の目を取らせる気はない。
兎に角、ストーカーと鷹木を引き離したいんだけど、どうにかならないものか。
「すみませーん。誰かいませんかー?」
その時、玄関の方から間の抜けた声が聞こえてきた。この声は蛯谷だ。部屋に入る前に念の為、蛯谷に住所を教えて鷹木の家にくるようにメッセージを送っていたのが功を奏した。
「蛯谷! 僕だ! そのまま部屋に入って鷹木を連れだしてくれ!」
僕の声に鷹木を取られるかと思ったのかストーカーがこちらに向かってくる。僕が体でストーカーを止めている間に蛯谷が部屋までやって来た。
「何だこりゃ? どんな状況なんだよ」
部屋の状況を見て混乱している蛯谷だが、そんな暇はない。僕がストーカーを抑えている間に鷹木を安全な所まで避難させてほしい。
「おい! この紐、固くて解けないんだけど。何か切るような物ないのか?」
面倒臭い奴だな。紐なんて後で良いから抱き上げて逃げてくれよ。ストーカーを抑えているだけで大変なんだから。
「えっ!? いやぁぁぁ! 蛯谷君にお姫様だっこなんて! いやぁぁぁ!」
必死に抵抗するが、両手両足を縛られている状態では上手く行かないようだ。顔のニヤケる蛯谷にお姫様だっこされ、断末魔の叫びを残し、鷹木は外に連れ出されて行った。
良かった。これでストーカーに集中できる。鷹木の姿が見えなくなった事で少し大人しくなったストーカから離れ、少しだけ距離を取る。狭い部屋の中では少し離れたぐらいだとストーカーの呼吸する音も聞こえてくる。
正直言ってしまえばストーカーを倒す必要はない。鷹木が居なくなったのですぐに鷹木をどうこうできる状態ではなくなったのだ。だが、ストーカーをこのまま放置してしまえば、また鷹木に手を出して来るかもしれないので、ここで倒しておかなければならない。
ストーカーに対して僕の手札は『ギフト』と魔術だ。しかし、魔術は炎にしろ氷にしろこの部屋をぐちゃぐちゃにしてしまう可能性があるため、安易には使えない。
このまま外におびき出して戦うか? いや、ストーカーの目的は鷹木だ。鷹木が居なくなった今、外におびき出した所で逃げられてしまう可能性もある。
そんな事を考えている間にストーカーの方が向かってきた。ストーカーは蛯谷より明らかに遅いのでこれなら『ギフト』を使うまでもなく、攻撃を躱せる。
振るってきた腕をガードした所で僕の腕に痛みが走った。
――ッ!!
鉄パイプで殴られたような痛みで思い出した。ストーカーは物質の硬化を使えるのだった。多分、硬化させた袖で僕を殴りつけたのだ。
次からはガードするのも危険だ。しかし、この狭い部屋の中、ガードなしで避け切れるだろうか。避け切れたとして僕の後ろにある扉から逃げられるかもしれない。そうなると僕の選択肢は我慢してガードするしかない。
『ギフト』を使えばストーカーの攻撃を避けれるかもしれないが、魔力の消費が激しいため、そんなに何度も使えるものではない。
かなりヤバイな。結局僕は『ギフト』も魔術も使えないと言う事になってしまう。そんな僕の状態を知ってか知らずかストーカーはやたらめったら腕を振るってくる。
「ど、ど、どうだ! あ、あ、諦め、諦めてあーちんを返せ!」
少し冷静になったのかストーカーはまたどもり始めた。両腕が痺れるほど殴られた僕はガードのために腕を上げるのも不可能な状態になってしまった。
鷹木には申し訳ないのだが、部屋の中で魔術を使わせてもらうしかない。指先に炎を灯す程度なら部屋に影響はないだろうが、それでは何の効果もない。
魔力はまだ十分に残っている。『ギフト』をあと何回か使っても平気なほどだ。と思った所で頭に引っかかるものがあった。『ギフト』の仕組みは良く知らないけど、魔術も『ギフト』も同じ魔力を使っている。
僕の『ギフト』は相手の先が見えるものだ。それは言い換えれば相手の考えている事を僕が覗いていると言う事になる。それなら僕がその思考を変える事ができるのではないだろうか。
言ってみれば僕が予想をみて動くのではなく、相手に動いてもらうのだ。要は「『ギフト』を使って腕を振るって攻撃する」と言う思考を「『ギフト』を使わず腕を振るって攻撃する」に変えるのだ。
そのためには『ギフト』を使いながら更に魔術を使って相手の思考を僕の思考に書き換えなければならない。これはかなり大変だ。どちらかに集中してしまえば失敗してしまう。
とは言え、今の僕に他の方法なんてない。やってみるしかないのだ。
意識を集中させ、『ギフト』を使用する。ストーカーは相も変わらず袖を『ギフト』で硬質化して攻撃する事を考えているようだ。そこでさらに魔術を使いストーカーの思考を僕の思考で書き換えるイメージをする。
頭の線が一本切れるような痛みが襲ってくる。
その痛みに耐えかね、集中を乱してしまった僕は魔術の行使を失敗し、ストーカーの攻撃を真面に受けてしまった。
何とか上にあげた腕に鉄パイプで殴らたような痛みが襲う。頭の痛みと腕の痛みで顔を顰めるが、まだ立っていられる。体に訪れた疲労感も加味するとそう何度も使える技ではないようだ。
再び腕を振るってくるストーカーに同じ作業を試みる。頭の痛みも腕の痛みも気になるが、今は『ギフト』と魔術を使う事だけに集中する。
「万物全ての時を止め、我の命だけに耳を傾けよ。そこに見えるは幻影、真の姿はここにあり。
腕でストーカーの攻撃を受け止めるが、鉄パイプで殴られたような痛みはない。これなら我慢できる。ストーカーもなぜ自分が『ギフト』を使わなかったか分からないようで、自分の腕を不思議と言った感じで見つめている。
腕を止めた事で生まれた腹部の隙間に僕は思いっきり蹴りを入れる。柔らかい腹部はとても運動をしているとは思えないほどプニプニとした感触がした。
「痛ーい! 痛い! 痛い! 痛い!」
壁にまで吹き飛んだストーカーは腹部を抑えながら悶絶する。この機を逃さないようにストーカーに追撃を加える。抑える腹部を踏みつけるとストーカーは亀のように丸まってしまった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。もうあーちんには近づかないから、だから許して」
僕の蹴り一発でストーカーは完全に戦意を失くしていた。ここまで来ると追撃するのも躊躇してしまう。倒すのは目標にしていたけど、殺すのは目標にしていないからな。
かと言ってここまでしておいてそのまま帰すと言う訳にもいかないので、ストーカーが鷹木にしたように両手両足を近くにあったタオルで縛り動けないようにしておく。鷹木に聞いてから処分を決定しよう。
後はアルテアだ。お互い
動けなくなったストーカーを部屋に残して僕は屋上に上がる階段を探す。腕も痛いのにベランダから屋上に行くなんて事は僕には無理だ。腕が痛くなくても無理なのに。
屋上に行く階段を駆け上がり、屋上に出るとアルテアは見る限り劣勢だった。りんりんはアルテアの日本刀を軽快に飛んで回避すると音もなくふわりと着地し、アルテアに向かってレイピアを突いてくる。
何とか致命傷は受けてないようだが、アルテアの服はレイピアの攻撃でボロボロになってしまっている。アルテアは僕が屋上に上がって来たのを確認するとすぐに合図を送って来た。それほど追い込まれているみたいだ。
「放て! アルテア!」
残りが二回だったと言うのもあるけど、
「ツムグが来たと言う事はあなたの
何も話していないけど、アルテアは正確に状況を判断し、りんりんに伝える。この時点で勝負は決した。
アルテアが猛攻を仕掛ける。アルテアの攻撃に耐えきれず、りんりんが空中に逃げるように回避したのを見たのが僕が見たりんりんの最後の姿だった。
「我が力を名刀雪月花にすべて預ける。
日本刀の刃が光り輝き、三日月型になった魔力がりんりんに迫り、その体を真っ二つにするとりんりんの体から光が昇り始め、地面に付くころにはその姿はなくなっていた。
青色の宝石を握り締めるアルテアの元に駆け寄る。
「ツムグ、助かりました。あのままでは私は負けていたでしょう。それよりも愛花音は大丈夫なのですか?」
お礼なんていらない。相手を倒すのはアルテアの目標かも知れないけど、僕の目標でもあるのだ。
鷹木は多分、大丈夫。蛯谷が連れて安全な所に逃げて行ってくれているはずだ。僕がスマホで蛯谷に連絡を取るとマンションの近くにいると言う事なので、そこに向かう事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます