不意の八日目-2
私がヴァルハラと赤崎先輩の家に行く途中、どこかで見たような人物に会った。昔、私に告白してきた蛯谷と言う紡のクラスメートだ。
向こうも私に気付いたようでこちらに近寄ってくる。どうしよう。軽く挨拶だけでもした方が良いのかな? それとも知らんぷりをして通り過ぎた方が良いのかな?
「針生さんじゃね? こんな所で何してるの?」
そんな事を考えている間に蛯谷の方から声が掛かった。私は正直言ってこの手のタイプの人間が苦手だ。どういう所がと言われると困ってしまうけど、生理的にどうも受け付けないのだ。
紡もどうして蛯谷と一緒にいるのか理解できない。そんなにも紡の性格と合うようには思えないんだけど。
取り敢えず、ちょっと用事で出かけていると言う事にしてお茶を濁しておく。私のプライベートをあまり詮索されるのも気分が良くないから。
「へぇー。そうなんだ。所で後ろにいる人……誰? 仮面付けて外に出るなんて変わった人だね」
ヴァルハラよりも蛯谷の方がよっぽど変わっている。人の事を変だと言う前に自分の事を見つめ直した方が良いと思う。絆創膏を大量に顔に貼っている人の方がよっぽど変わった人だと思う。
とは言え、私は慣れてしまったのだけど、仮面を着けて外を闊歩していると言うのは少しおかしいかもしれない。今のご時世、コスプレをして外を歩く人だっているのだから、コスプレをした親戚のお兄ちゃんと言う事にしておこう。
実際は親子ほど年が離れているのだけど、仮面をしているのでヴァルハラの年齢は見た目では分からないのだ。
「おぉ、俺もコスプレ好きなんだよ。なんてキャラクターのコスプレ? 見た事ないんだけど」
思いの外食いついてしまった。しかも蛯谷がコスプレ好きだなんて余計な情報まで貰って。こんな所で油を売ってないで早く赤崎先輩の家に行きたいのだけど、どうした物か。
「仮面豪傑、ジェリューションだ」
何それ。漫画? アニメ? 特撮物? 私は聞いた事もないんだけど。
「マジで? 三十年前の特撮物だよね? 渋い所突いてくるなぁ」
蛯谷知ってるの? 三十年前って言ったら私たち生まれてないじゃん。もしかして蛯谷って年齢詐称して高校に通ってるの?
「違うわ! ジェリューションって特撮物だけど深夜でやってたんだよ。今なら朝のイメージだろ? その前はゴールデンでもやってたんだけど、深夜って子供見ないよな? それで視聴率が悪くて五話で打ち切りになった伝説があるんだよ。それのコスプレなんて凄いな」
生き生きと語る蛯谷だけど、最後の方は聞いてなかった。興味ないんだもの。誤魔化せたのなら何でも良いわ。
そろそろ赤崎先輩の家に行かないといけないんで、この場を立ち去ろうとした時、蛯谷の言葉に私の体はピクリと動いた。
「そう言えば鷹木さんを探してるんだけど、針生さん見てない?」
何故、蛯谷が鷹木さんを? あぁ、鷹木さんの彼女って話もあったわね。でも、鷹木さんは紡の事が好きで……。あっ。それで河川敷で紡と戦っていたのか。
「いや、街を歩いていたら釆原に会ってな。それで鷹木さんの捜索をお願いされたんだ」
紡が鷹木さんを? 鷹木さんには紡の家を出て行くようにお願いしたけど、流石に紡には連絡しているでしょう。それなのに探しているってどういう事? ただ話を聞きたいだけ?
「そんな感じじゃなかったけどな。凄く焦ってる感じで、鷹木さんの様子がおかしいらしく連絡がつかないって言ってた気がする」
うーん。気になる。二人に一体何があったの? 私も一緒に探したい気分になるけれど、赤崎先輩の家に行かないと本当に怒られるからなぁ。
「連絡先教えてくれれば、何か分かったら教えるよ?」
遠慮しておく。蛯谷に私のメッセージアプリのIDを教えるぐらいなら自殺した方がまだまし。それに、私のスマホは今、壊れてしまっていて新しいのを買い替えないといけないのだ。
「おっ、おぅ。自殺は駄目だよな。命は大切にしないとな。じゃあ、俺のIDを……」
要らない。登録する気はミジンコが二足歩行で街中を闊歩するぐらい有り得ないから。
鷹木さんの事は気になるけど、私が出来る事はない。何かあったのなら紡に任せておけば何とかしてくれるでしょう。紡は意外とこういうのを解決するのが得意なように思えるし。
「じゃあ、鷹木さんを見つけたら釆原にでも連絡入れてくれ。俺は行くわ」
鷹木さんを私が見つけてしまったら私で何とかするしかない。紡には連絡を取ろうとしても取れないから。
変な所で時間を取られてしまったけど、蛯谷が行ってしまった事で私は赤崎先輩の家にやっと向かえるようになった。
だけど、変なことが起こる時は連続で起こるし会いたいと思う人にはなかなか会えないけど会いたくもない人とはなぜかよく会ってしまう。
「綾那! 気を付けろ! 前から
前から来たのは蛯谷の比にならないほど会いたくない相手。釼だった。
「あれ? こんな所に針生がいるじゃん。俺が恋しくなったのか?」
この話し方、軽薄な物言い、すべてが癪に障る。何でこの世にこんな人物が存在しているのか神様だか誰かに聞いてみたい。
しかも、この男、
早くそこを退くか、どこかに行って欲しい。一秒でも顔を見て居たくない。
「何だ? 久しぶりに俺に会えて嬉しいのか? まあ、以前の事は忘れてやるから仲良くやろうや」
嬉しくもないし、以前の事は忘れないで欲しい。私は絶対忘れないし。そして仲良くなんて絶対に無理! 釼と仲良くなるぐらいなら雑菌と仲良くなった方がどれほどマシか。
紡はよくこんな人物と手を組んでいた物だ。私の手を握る時はちゃんと洗って綺麗にしてからにしてほしい。
「所で針生って今、誰かと手を組んでるの? 俺も組んでたんだけど、どうやら逃げられたみたいで、針生なら考えてやっても良いよ」
何故上から目線? 泣いて地面に頭を擦り付けてお願いされても断るのに、どうして私が釼の意向を聞かなければならないのか。能天気なのも大概にしてほしい。
「綾那、そろそろ行かないと遅れてしまうぞ」
ヴァルハラの言う通りなんだけど、釼が邪魔で赤崎先輩の家に行く事ができない。これはもう、ヴァルハラに排除してもらうしかないかもしれない。
「あれ? 針生は他の人と手を組んでるの? それじゃあ独断で決められないよな。分かった。手を組んでる人と相談してきて。返事はそれからで良いからさ」
いくら赤崎先輩と相談しようが釼と手を組むなんて回答が出るはずがない。でも、これは良いチャンスかも。赤崎先輩に相談すると言う事で釼と離れられるから。
「じゃあ、連絡先教えてくれよ。そうじゃないと返事が聞けないだろ?」
うわっ、来た! 連絡先何て絶対に教えたくない。けど、教えないとここから引いてくれないだろうからなぁ。
そうだ。私、スマホ壊れていたんだ。ポケットからスマホを取り出して起動しなくなった状態を釼に見せる。こんな状態なので私との連絡は取れないので釼の連絡先だけ聞いて、こちらから連絡すると言う事で納得してもらう。
「チッ! 壊れてるなら仕方ねぇな。絶対に連絡して来いよ。連絡してこなかったらこの戦いが終わっても見つけ出して聞きに行ってやるからな」
悪態をつきながら釼が来た道を戻って行った。釼から貰ったメモを今すぐにでもごみ箱に捨ててしまいたい衝動を抑え、壊れたスマホを一緒にポケットに仕舞う。
やっと行ってくれた。できればもう顔を見たくないのだけど戦わなければいかないので顔を見るんだろうなぁ。
白い息を吐きながら赤崎先輩の家に着くと、前回と同じように蒼海さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、針生様。本日は無事にお着きになられて心より安心しております」
えっ!? 私は心配されるような状況だったの?
「えぇ、針生様がなかなか時間通りにお着きにならないので、優唯様のストレスも高まっておりました。損失も億を……おっと、失礼。いらない情報でしたね」
億? 私がちゃんと家に来なかっただけでそんなにも? 今日は早めに家を出てよかった。でも、そのせいで、釼なんて会いたくない奴に会ってしまったのだけど。
「針生様は針生様の思う通り行動なさればいいかと。優唯様のそういう所をカバーするのも私たちの仕事ですから」
そんな事言われても私の行動で何億と消し飛んでいくなら勝手な行動はできない。これからは気を付けて行動しなければ。
「それではこちらへ。お部屋にご案内いたします」
蒼海さんに案内され、部屋へ向かって行く。その途中、
「これは独り言なのですが、鷹木様は無事に釆原様の家を出られたそうです。ただ、今日荷物の運び出しをキャンセルされてるのでそれが心配ですが」
凄いな。どこまで情報を持っているんだろう。でも、荷物の運び出しをキャンセル? 蛯谷が鷹木さんを探していたけど、それが何か影響している?
少し気になるけど、今は鷹木さんを信じてちゃんと家を出て行ってくれるのを祈るのみだ。
私はいつもの部屋に案内され、ソファーに腰かけるように促され、腰かけると、蒼海さんは赤崎先輩を呼びに部屋を出て行った。
部屋で待つこと十数分、何度か来た事で最初のように緊張するような事をもだいぶなくなり、ゆったりと紅茶に口を付けていると赤崎先輩が入ってきた。
相変わらず高そうな衣装を身に着けた赤崎先輩はどこか機嫌が良いように思える。赤崎先輩に続いてエルバートとメイド姉妹もいつものように部屋に入っていた。
「どうやら今日は時間通り来てくれたようね。私にこんな心配をさせるなんて針生さんだけよ」
そりゃあ、私が時間通り来ないと億単位の物が破壊されると聞いたら今度からは何が何でも時間通りに来るように心がけますよ。
「まあ、良いわ。少しゆっくりしたら
すぐに探しに行くのなら外で待ち合わせればなんて思ってはいけない。赤崎先輩を外で待たせるなんてよほどのことがない限りできないのだ。
出かける前に私はここに来るまでにあった事を赤崎先輩に話した。蛯谷の事は「会った」程度にしか言わなかったけど、予想通り赤崎先輩は全く興味がないみたいだった。
しかし、釼の事を話すと興味ありげに笑みを浮かべる。
「向こうから来てくれるなんて探す手間が省けたわね。それで? 針生さんはどうするつもり?」
どうするも何も手を組む理由なんてないし、そもそも私は釼の顔さえもう見たくないのだ。
「そう、じゃあ、釼って奴は倒してしまって良いのね? 里緒菜。連絡を取りなさい。明日結果を伝えに行くと」
「おい、今から行くんじゃないのか? 倒すなら早い方が良いだろ」
エルバートが不満の声を上げる。早く戦いたくてうずうずしているように見えるけど、そんなに戦いたいんでしょうか。
「アイツは戦闘狂だからな。戦いさえできれば飯もいらんと言うタイプだ」
見た目通りと言えば見た目通りの性格だ。逆に借りた猫のような大人しい性格だったら驚いてしまう。
「今日は夜に予定があるのよ。戦っている最中に「また明日」なんてできないでしょ? 明日なら時間があるから明日にしましょう」
戦っている最中に「用事があるから」と言って帰らせてはくれないでしょう。じゃあ、今日は
「そうね。まだ残っている
残っている
釼を倒してしまえば見つかってないのは一人か。毎日いろいろあってあまり気にしていなかったけど、意外と少なくなっているんだな。
「そうそう、針生さんスマホ壊れてたわよね? 明日は私たちで釼って奴を倒しに行くからあなたはスマホを買っておきなさい」
釼の顔なんていたくないのだけど、一緒に行かなくても大丈夫なのでしょうか。
「大丈夫よ。エルバートが負けるはずがないもの。それにスマホがない方が何かと不便だわ」
それなら良いのだけど。確かにスマホがないと不便だから買いに行かなくちゃとは思っていたのよね。行って問題ないなら買いに行きましょうか。
今から買いに行っても良いのだけど、また釼に会うのが嫌なので、釼が戦っている間に買いに行く事にして私は赤崎先輩の家から帰る事にした。
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