第三章
不意の八日目-1
お昼ごろ、僕のスマホが不意に震えた。誰からの連絡だろうと確認すると鷹木からの連絡だった。
『たすけ』
たった三文字だった。その三文字が僕に物凄い不安を与えてくる。誤送信? それも考えられるだろうが、その後に鷹木からはメッセージが来ていない。
湧き上がってくる不安な気持ちが僕の心をはやらせる。鷹木に何かあったのか? シルヴェーヌが付いているのだから、よほどのことがない限り大丈夫だとは思うが、不安は一向に消えることなく、更に僕を覆いつくす。
アルテアの方を向くと僕の表情で何かを察したのか、緊張感のある表情をしている。
「愛花音に何かあったのですか?」
その質問の答えを僕は持っていないが、これだけは言える。嫌な予感がする……と。
「ツムグ、行きましょう。愛花音を探して無事かどうか確認しましょう」
一応、スマホに何があったのか質問するメッセージを送信しておく。誤送信を本人が気付いていないだけかもしれないので、これで返信がくれば間違いで良かったね。次は気を付けようねと言う事になる。
すぐに出かける準備をして外に出る。二人で一緒に探しても良いのだが、今は時間が惜しいので別々に探す事にする。だが、それではアルテアとの連絡が取りれないので、アルテアにはスマホを渡し、僕は鞄にパソコンを入れて移動する事にする。
こんな事なら昨日の帰りにでもアルテアにスマホを買ってあげておけば良かったと思うのだが、今となっては手遅れだ。
僕は自転車で。アルテアは脚で鷹木をする事にする。昨日の雪が溶けた所がアイスバーンになっているので自転車では本当は怖いのだが、僕の走力と体力ではどこにいるか分からない鷹木を探すのは難しいので、仕方がない。
「私はこのスマホと言うのを監視していれば良いのでしょうか?」
アルテアにメッセージアプリの入力の仕方を教えても覚えられないだろうから、アルテアが鷹木を見つけた時の操作として、何か画面を押して送信ボタンを押す方法と、電話の取り方の操作だけを教えておく。
二つの操作ならアルテアでも何とかなると思ったのだが、アルテアは実際に操作をしてみるが、結構苦戦しているようだ。何度も復唱しながら覚えようとしているが、時間も勿体ないのでこの辺りにして貰う。
自転車に跨り、本町の方に向かってペダルを漕ぐ。アルテアにも思いつくまま探してもらう事にした。
本町を探し始めて十数分。アイスバーンにハンドルを取られ、転びそうになった所をブレーキをかけて止まっていると後ろから声を掛けられた。
「釆原じゃん。こんな所で何してるんだ?」
昨日激闘をした蛯谷だ。顔には所狭しと絆創膏が貼ってあり、かなり痛そうだ。階段で転んだりしたのだろうか。
「違うよ! 昨日家に帰ってから腫れだしてな。おかげでこのざまだ」
なんだその言い方は。僕のせいだと言わんばかりじゃないか。迷惑な。僕が拳を出した所に蛯谷が飛び込んできただけだ。人はそれを不可抗力と言う。
「言わねぇよ! けど、もう終わった事だから良いよ。で? ここで何してるんだって聞いてるんだよ」
うーん。話した方が良いのかなぁ。一応、元恋人だし話しても問題ないか。一緒に探してもらった方が早く見つかるかもしれないしな。
藁をもつかむ思いとまではいかないが、犬も歩けば棒に当たるみたいな感じで運よく蛯谷が鷹木を見つけてくれればラッキーだ。
「鷹木さんの様子がおかしい? 連絡がつかない? 何だよそれ。ただの痴話げんかじゃねぇか。お惚気たいのか?」
マジでもう一回殴りてぇ。スマホを持っていればメッセージを見せる所だけど、生憎、スマホはアルテアに渡してしまった。こんな所で油を売っている暇もないので信じてもらえないなら諦めるとするか。
「待てよ。ちょっとからかってみただけだろ。手伝うよ。手伝う。それで? どこを探すんだ?」
手伝ってくれるのか。面倒臭い奴だな。それなら最初から手伝うって言えよ。蛯谷には僕たちと同じで適当に走り回ってもらうとするか。これと言って探すところがある訳じゃないしな。
「分かった。取り敢えず居そうなところを探せばいいんだな。……所で家とかってもう探したのか?」
家? 鷹木の家なんて知っている訳ないだろ。鷹木とはつい先日話し始めたばかりで家がどこだなんて知らない。知らない? 知ってた! 僕は鷹木の家を知っていた。急いで鞄の中からパソコンを取り出し、引っ越し業者に連絡した時の住所を確認する。
あった! ここからならそんなにも鷹木の家は離れていない。未だにアルテアから連絡が来ていないって事はアルテアも見つけてないと言う事だ。家は流石に密室になるからな。アルテアに付いて来て貰おう。
僕がパソコンにヘッドセットを取り付け、アルテアに連絡を取る。
「あれ? これで良いんでしたっけ? ア、アルテアです。は、初めまして」
初々しくてかわいい。でもちゃんと出てくれてよかった。アルテアの位置を確認して鷹木の家の近くまで誘導する事にする。その間に僕も移動してしまおう。
「俺はどうすればいいんだ? 一緒に行った方が良いのか?」
いや、蛯谷には街を探してもらう。もし、家にいなかった時はまた探す事になるだろうから。
「そうか。分かった。じゃあ、お前の連絡先教えてくれ」
嫌だよ。蛯谷に連絡先教えると後々面倒な事になりそうだし。鷹木を見つけたらダッシュで僕の所まで来てくれ。
「ずっと鷹木さんの家にいる訳じゃないだろ? それに俺は住所知らないし」
蛯谷の癖に真面な事を言ってきている。蛯谷に鷹木の住所を教えてしまうのは本人の了承もないからやりたくないしな。まあ、良いか。このアカウントはアルテアと連絡する為だけに取ったアカウントだからすぐ消す予定だし。
メッセージIDを蛯谷に教えると喜んで自分のスマホに登録している。僕は蛯谷の彼女じゃないぞ。気持ち悪い。ニヤつく蛯谷には本町の探索をお願いし、僕は鷹木の家から少し離れた所でアルテアを誘導する。
「遅くなりました。ここが愛花音の家なのですか?」
全然遅くないし。何なら僕もさっき到着した所だ。鷹木の住んでいる所はこの辺りでは高級な分譲マンションで有名な所だった。なぜこんな良い所に住んでいて僕の家に住もうとなんて思ったのだろう。
アルテアからスマホを受け取り、引っ越し業者にキャンセルの連絡をする。当日のキャンセルなのでキャンセル料がかかるが背に腹は代えられない。
住所を確認する限り鷹木はこのマンションの最上階に住んでいるらしい。アルテアに
「どうします? 乗り込みます?」
それしかないだろうな。居るにしろ居ないにしろ行ってみない事には分からない。その時、握っていたスマホが震えた。もしかして鷹木からの連絡かと思ったが違った。
画面に表示されたのは蛯谷だった。『ちゃんと送れているか確認するために送ってみた』とどうでも良いメッセージだった。絶対にアルテアが居なくなったらこのアカウントは消そうと決心する。
蛯谷のメッセージを既読スルーし、僕たちはマンションに近づいて行く。アルテアには何か感じたらすぐに言うように言ってある。
高級マンションなので当然、エントランスの自動ドアはロックされており、部外者が勝手に入る事ができない。ロックを解除するには部屋番号を入力して部屋にいる人に開錠してもらうしかない。仮にやばい状況だった場合、鷹木の部屋に連絡をするのは控えた方が良いと思う。
その時、住人の一人がマンションから出てきた。エントランスの自動ドアが開かれる。やってはいけないと分かっていつつ他に方法がないのでマンションの住人のふりをしてエントランスを通り抜ける。
エレベーターに乗り込み、鷹木の階まで行く途中でアルテアに反応が有った。
「間違いなくここに
鋭く、冷たい声にいやが上にも緊張感が高まる。エレベータが最上階に止まり、ドアが開くがそこには誰も居なかった。
アルテアが気付いていると言う事は相手も気付いているはずなので、もしかしたら待ち伏せをしているのかと思ったが、そう言う事はなかった。
部屋番号を確認し、鷹木の部屋の前に来ると鍵が壊されており、明らかに何かあったのが分かる。
「この部屋の中から
こそこそしてもバレているだろうと思い、堂々と部屋の中に入る。玄関を入り、アルテアに続いて一つの部屋に入る。
「んー。んー。んー」
その部屋に鷹木が居たが、タオルで猿ぐつわをされており、話す事ができないようだ。おまけに両手両足は縛られているようで身動きもできないようだ。
鷹木の前には男性と女性が一人ずつ立っており、見た目だけで判断すると女性の方が
「り、り、りんりんの言った通りだ。ほ、ほ、本当に、本当に誰か来た」
男がつっかえながらも女性を見ながらそう言ってきた。どうやら女性の方が
こいつらは鷹木の部屋に入って何をしていたのだろう。そもそも、シルヴェーヌはどこに行ったんだ? 姿が全く見えないけど。
「お、お、お前たち。ぼ、ぼ、僕の、僕の邪魔をしに来たのか。そ、そ、そんな事、そんな事させないぞ」
邪魔をするも何も、お前たちの方が一体鷹木の部屋で何をしているんだ……と思った時、男の手に髪の毛が握られているのが目に入った。
見覚えのある髪の毛にその持ち主の方に目を向けると、鷹木の特徴的だったサイドテールが無残にも切り取られなくなっていた。
僕が動いたのは無意識だった。頭に血の上った僕は男との距離を詰め、拳を握ってその男を殴りつけた。両腕でガードをした男だったが、顔を顰めたのは僕の方だった。
人を殴ると痛いと言うのは蛯谷の時に学んだのだが、今回男を殴りつけた時の痛みは人を殴った時の痛みでは無いく、何か硬い……金属を殴りつけた時のような痛みだった。
殴った拳を抑えつつ我に返った僕は後退りしてアルテアの後ろに付いた。
「ぼ、ぼ、僕の、僕の『ギフト』は物質の硬化なんだ。だ、だ、だから、ぼ、ぼ、僕のシャツを硬化させたのだ」
カッとなって相手が『ギフト』を使えるのを忘れていた。まあ、覚えていたとしても殴りつけただろうが。
それにしてもこの男はなんで女性の命ともいえる髪の毛を切り取ってしまったのだろう。鷹木があまりにも可哀そうすぎる。
「ぼ、ぼ、僕は、僕はあーちんを持って帰るんだ。ば、ば、バラバラ、バラバラにしてずっと一緒にいるんだ」
何を言っているんだこの男は。バラバラにして一緒にいる? そんなことして何が楽しいんだ?
「ず、ず、ずっと、ずっとあーちんといられるんだ。こ、こ、これ、これ以外に嬉しい事はない」
そうなった時の事を想像しているのか男は恍惚とした表情を浮かべている。気持ち悪い。その表情と言う訳ではなく、人間として気持ちが悪いのだ。
「あの男の言っている事が私には理解できないのですが、ツムグは分かりますか?」
大丈夫だ。アルテアだけじゃなく僕もちゃんと理解できていないし、理解しようとも思わない。
「巧弥、そろそろ良いかい? こんな狭い場所じゃあ真面に戦えそうにもないから私は移動しようと思うんだけど……」
「り、り、りんりん行っちゃうの? じゃ、じゃ、じゃあ、ぼ、ぼ、僕は、僕はあーちんを片付けておくね」
僕の事なんて敵としてみなしてないって事か。『ギフト』が何か分からないならいざ知らず、今の僕はちゃんと『ギフト』が意識できているのだ。簡単に負ける事はない……はずだ。
「そう言う訳だ。私たちは場所を変えよう。そうだなちょうど最上階だし、屋上ででもどうだ?」
アルテアが僕の方を見て来るので、僕は黙って頷く。鷹木は僕が助けるとしてアルテアにはりんりんとか言う
鷹木さえ助け出せれば僕も後から屋上に行くので、それまでは何とか踏ん張っていて欲しい。
「大丈夫です。私がレガリアを集めきれずに消えてしまうなんて有り得ません。私の事よりツムグも気を付けてください。向こうの『ギフト』もなかなか厄介そうです」
そう言い残し、りんりんとアルテアはベランダから屋上に上って行った。てっきり屋上に行く階段でも探していくのかと思ったが、彼女たちの身体能力ならそんな事する必要ないようだ。
部屋に残ったのは鷹木の髪を切り落とした男と猿ぐつわをして一度泣いたため涙の筋が残る鷹木と僕になった。
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