第11話 過去改変は万能じゃない




「まったくもう、正ちゃんは何をやっているのですか?」



 そう言って、ぷりぷりと怒る小羽。


 そんな小羽と、呆れ顔の花野井と共に、俺は学校の廊下を歩いている。



 小羽が何にそんなに怒っているかというと、もちろん先程のバスの一件の事だ。



 本来俺に起こるはずだった事象を、俺は赤の他人のおっさんに押し付けた。


 そこまではいいのだが、周囲の人からしたら俺がおっさんを辱めたみたいになっているわけだ。



 まったく心外な話だぜ。



 俺は知っている、あのおっさんはぶつぶつと文句を言ってはいたが、その顔は満更でもないものだった。


 真っ赤な顔して怒ってるのかと思ったら、何て事はない。


 ただ単に、興奮して頬を上気させていただけなのだ。


 そうでなけりゃ、あんなパンツを穿いてるわかがないってなもんよ。



 あれはむしろ、俺に感謝をしてるって面だったな。



「いいですか、正ちゃん。他人様に迷惑をかけてはいけないのですよ」


「は、はい……そうですね」



 くそう、何で俺が小羽に怒られなきゃいけないんだ……。



 そういや怒られるで思い出したけど、一番納得できないのが降り際にバスの運転手に怒られたことだ。


 よくよく考えたら、あの運転手の運転が乱暴なせいでこんな事になったってのに、あのヤロウ偉そうに説教なんかしやがって。


 お前のズボンもずり下げてやろうかってんだ、ちくしょう。



「正ちゃん、聞いていますか?」


「はい、もちろん聞いてます」


「正ちゃんは昔からおかしな事をするクセがありますよ」



 どうもこの過去改変能力は最悪の事態だけは免れるという能力なようで、やっぱりそれなりのダメージは避けられないみたいなのだ。


 その辺りが便利だけど万能ではないというか、ゴムを使っても確立はゼロじゃないみたいな、そんな残念さがある。


 イスリカのやつ、もうちょっと融通の利く能力にしてくれりゃよかったのに……。



 こうして教室に向かう俺たちだが、小羽の説教も一段落というところで花野井が口を挟んでくる。



「それにしても、桐山君の意外な性癖を知れて良かったわ」


「何回も違うって言ってるだろっ。これには深い事情があるんだよ、まったく」



 こいつ、新しいおもちゃを手に入れたような顔しやがって。


 完全に俺で楽しんでやがるな。



 ひょっとして、しばらくこのネタで攻められるのだろうか……くそう。



「言い訳は見苦しいわよ、桐山君。いいじゃないの、世の中におじさんとロマンスに及ぶ男子高校生がいても」


「とんでもない事を言うんじゃない!!」



 何で俺があんな小太りのおっさんと……。


 考えただけで恐ろしい。





「それでは正ちゃん花野井さん、私はこっちなので。正ちゃん、もう人に迷惑を掛けちゃいけませんよ」



 俺と花野井の教室まではまだあるのだが、クラスの違う小羽とはここで別々になる。



「わ、分かってるよ」


「反省しなきゃダメですよ?」



 そう言いながら小羽は唇を尖らせる。



「海より深く反省してますです、はい」


「ん、よろしい」



 小羽は頷きながらそう言うと、花が咲いたようにパッと笑顔になった。うむ、超かわいい。


 笑顔に戻った小羽は、「では、またお昼に」と言って自分の教室に向かっていった。




 その小羽の後ろ姿を見送った俺たちは、自分達の教室へと向かう。



 その道すがら。



「さっき槙城さんが言っていたお昼って何の事なの桐山君?」


「ああ、小羽が俺の弁当も作ってくれたらしいんで、一緒に食べようって」


「あら、手作り弁当とは、随分と熱々カップルじゃないの桐山君」



 お前は俺の名前をどこかに挟まないと喋れないのか……。



「そんなんじゃないって言ったろ。つうか、気まずくなるような事言うなよ、幼馴染ってのはよく顔を合わせるんだからな」


「お弁当なんて好きな相手以外に作る事なんてあるのかしら? そう思わない桐山君?」



 そんな甘酸っぱいものだったら良かったんだけどな。


 その真相は、うちの母ちゃんに頼まれたからという、非常に悲しい弁当なのだ。



「……はぁ、そう思ってた時期が俺にもありましたよってやつだよ」



 俺が溜息混じりにそう言うと、花野井も「なによそれ」と溜息を吐く。



「それにしても、この登校する間に随分と桐山君の事が理解できてきた気がするわ」



 いやちょっと待て、それ碌な情報しかインプットされてないよね?



「……その桐山君は幻だと思ってくれ」


「私としては、いつもの桐山君のほうが幻のように思えてきたわ……」



 こいつ、俺の弱みを握ったつもりだな。


 そしてその弱みに付け込んで、俺にあれやこれやをさせる気なんだろ。そうなんだろ!



 そ、そうはいかないぞ!



 ……ちなみに、何をさせようとしてるのかだけ先に教えておいてくれないかな? こっちにも心の準備とかあるからな。



「じゃあ、どっちの桐山君も幻だ。実は桐山君という実態は存在せず、お前が見ているのは常に幻影なんだよ」


「ところで桐山君、英語の課題はやってきたのかしら? また私に見せろって言わないでしょうね?」



 おおい、無視するなぁ! そういうのが一番傷つくんだぞ!



「……課題くらいやってるよ。そう言うお前こそやってきたのかよ?」


「あら、やってきてないから言ってるんじゃない。察しが悪いとモテないわよ桐山君」



 こいつ、首を絞めてやろうか……。



「おい、そんな態度だと見せてやらないぞ。もっとこう、人にものを頼む態度というものがあるだろ」


「わかったわ、桐山君。そのセクハラ、甘んじて受け入れましょう」


「違うわっ!」



 こんな公衆の面前で、そんな事するわけないだろ。


 まったく、人を変態みたいな扱いしやがって。


 誰が変態だってんだ、ほんとに……。



 ……縄は変態じゃないからな!



「あら、残念……」



 花野井はぼそりとそう呟いた。



「……何か言ったか?」


「いえ、何も……。それよりも、早く教室に行きましょう。課題を写す時間が無くなってしまうわ」



 いつのまにか課題を見せるのが決定してしまっているじゃないか。


 まったく、しょうがない奴だな……。


 まあ、最初から見せないつもりは無かったからいいけど。




 そんなやり取りをしていると、すぐに俺たちの教室へと到着する。





「あ……」



 自分の席に着き、鞄の中を探っているとある事に気が付いてしまった。



「どうしたの? まさか課題のノートを忘れたとか言わないでよね?」



 隣の席の花野井が俺の様子に気が付いて声を掛けてくる。



「いや、ノートは持ってきてあるけど、教科書の方を忘れて来てしまった……」


「まあ、そうなのね。じゃあ、早くノートの方を見せてくれるかしら?」



 こいつぅ……、急に見せたくなくなってきたぞ。



「花野井、他のクラスで知り合いはいないか? 教科書を借りられそうなさ」


「あら桐山君、教科書なんて私のを見せてあげるのに。ほら、机をくっつければ教科書なんて一つで十分でしょ?」


「やめろ、そんなのは漫画の世界でだけ許されるんだよ。実際にやったら晒し者になっちまうだろう」


「私は別に構わないのだけど……?」


「俺が構うんだよ! ……しょうがない、小羽に聞いてみるか。ちょっと行ってくるから、その間にノートを写しててくれ」



 俺は花野井の返事を聞くよりも早くその場を後にし、小羽の教室へと向かった。



 小羽のいる教室は俺たちの教室とは少し離れていて、普段はあまり廊下などですれ違うことも無い。


 今まで、たまにちらりと小羽の教室を目にする事はあったけど、こうして自ら赴くっていうのは初めてだ。



 なので――。



 内心、ちょっとドキドキしている。




 小羽の教室に着いた俺は、入り口からその中の様子を窺ってみる。


 だけど小羽の席がどこにあるか分からないので、満遍なく教室を眺めて小羽を探した。



 いないな……。小羽のやつ何処行ったんだ?



 ……しょうがない、誰かに訊いてみるか。



 丁度そこに教室から出てきた男子生徒がいた。



「ああ、ちょっと悪いんだけど。槙城っている? いたら呼んでほしいんだけど」


「…槙城? いや今日はまだ見てないけど、……まだ来てないんじゃないか?」



 ……ん? 来てない?


 おかしいな、そんなはずは無いんだけど……。



「そ、そか。呼び止めて悪いな。ありがと」



 どういう事だ? 教室に入る前にイレにでも行ってるのか……?


 まずいな、もうすぐ授業が始まってしまう…。



 かと言って他のクラスに知り合いなんていないしな……。



 ぬぬぅ、花野井と机をくっつけるのか……。



 花野井は見た目だけならかなり綺麗な見た目をしている。しかも、あいつ俺以外の前で変人ぷりを見せようとしないのだ。


 なので、うちのクラスの男子たちの間では花野井の人気が絶大なものとなっている。



 そんな花野井と机をくっつけてたりしたら…‥。



 俺、嫉妬で殺されるかもしれない……。




 溜息を吐きながら教室に戻ってくると。



「あら桐山君、おかえりなさい。教科書を持っていないようだけど、借りられなかったのかしら?」


「ま、まあな…」



 俺がそう言うと、花野井はくすりと笑った。



「しょうがないわね。じゃあ私が――」



 しかし花野井が何かを言いかけたその時だった。



「おっすー正太。なんだよ教科書忘れたのかよ、だったら他のクラスの俺の友達に訊いてきてやろうか?」



 そう言って話しかけてきたのは俺の悪友である『真尾 遊馬まお あすま』だ。


 俺が自ら緊縛する事になった切っ掛けを作った男 。


 言うなれば、俺を死に至らしめ、この能力を得る事になった原因を作ったと言っても過言ではない悪すぎる友人だ。



「真尾君、桐山君は私の教科書を見るそうよ」


「え、二人で一冊の教科書を見るのか? おいおい、机くっつけるのか? そんなの晒し者じゃ――」


「真尾君、桐山君は私の教科書を見るそうよ」


「お、おう。それは良かったな、正太」



 何も良くねぇよ。


 机をくっつけるのか、見ず知らずの奴の教科書を借りるのか…。


 どっちも抵抗あるけど、どっちかと言えば見ず知らず教科書か…?



「おい花野井、勝手にそんなこと――」


「どうでもいいけど桐山君。この課題ノート、間違いが多いんだけど」


「なぬっ!? ど、どこだよ?」


「ここと、ここ。あと、ここも……」



 花野井は俺のノートを指差しながら間違いを指摘していく。


 的確に、次から次へと。



 ……こいつ、本当にやってきてないのか?



「しょうがないから私が教えてあげるわ、桐山君」



「……あざす」



 

 


 

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緊縛してたら幼馴染に目撃された 憑杜九十九 @rok

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