にゃんにゃんにゃんの日特別番外編 4-2.デイモン、記念撮影をする。




「皆さーん。ちょっといいだかー?」




 つと、第四番隊隊員のテディが、声を上げた。逞しい腕を振って、注目を集める。




「用意した食べ物も粗方なくなった事だし、そろそろ記念撮影なんかをしてぇんだけんど、どうだべかぁー?」



 手に持った携帯用写真機を指差し、周りを見渡した。

 途端、歓声が上がり、集まった隊員達の顔に笑みが咲く。隊長格三人も、表情を明るくした。



「んじゃ、皆さん、猫っ子のとこに集まって欲しいだ。あ、カンガルーと鼠っ子達も一緒に写してぇから、誘導をお願いしますだー」



 はーい、という声と共に、隊員達は動き出す。自分の近くにいたカンガルーを連れて、『祝☆にゃんにゃんにゃんの日』と書かれた色紙が貼られている獣舎の前に設置された、子猫専用お立ち台の元へと向かった。



 突然自分の周りに人が集まってきたからか、黒い子猫は、不思議そうに辺りを見回している。

 対するプリンスは、眉間に皺を寄せて周囲を一瞥すると、嫌そうに鼻を鳴らした。立ち上がって、この場から去ろうと踵を返す。




「こーら、どこ行くつもりよプリンス。ちゃんと座ってなきゃ駄目でしょ?」



 しかし、アンブローズに阻止される。




 ギチ、と歯噛みして、プリンスはアンブローズを睨んだ。けれどアンブローズは、平然と己の髪を整えていく。



「今日は、数百年に一度の記念すべきにゃんにゃんにゃんの日よ? あなたの愛しの猫ちゃんを称える日なんだから。その記念撮影なのに、ボーイフレンドであるあなたが写ってないなんてあり得ないわ。プリンスがいなくなったら、猫ちゃん、寂しがるでしょうねぇ。ねー、猫ちゃん?」



 アンブローズは、子猫の小さな頭を指で撫でた。子猫は気持ち良さそうに目を瞑り、鳴き声を上げる。



 かと思えば、はっと体を跳ねさせ、勢い良く振り返った。




 飾り付けられた台の真後ろに、デイモンが立っている。




 子猫は、デイモンを見上げたまま、固まった。そんな子猫を、デイモンもじっと見下ろす。

 しばし互いの目をかち合わせてから、デイモンは、徐に瞼を閉じた。数拍間を開けてから、ゆっくりと、目を開く。




 子猫は、いなくなっていた。



 プリンスの顎と前足の間に潜り込んで、身を小さくしている。




「……デイモン、あなた……本当に嫌われてるのね……」

「…………嫌われてなどいない。少々怖がられているだけだ」

「うん、うん、そうね。嫌われてないわよね、うん」



 優しく撫でられた背中に、デイモンの眉は勢い良く寄せられていく。カンガルーのパーシヴァルとカピバラのカピヴァリオにも、ドンマイ、とばかりに体を叩かれ、唇をひん曲げていった。

 トロイからの妙に温かな眼差しも気になるし、子猫をあやすハムレットとモルカの鳴き声も引っ掛かるし、非難がましいプリンスの眼光も、気遣わしげなカンガルー達の空気も、あぁー、と言わんばかりの隊員達の表情も、非常にデイモンの心へ突き刺さった。



 ……私は嫌われてなどいない。ただ、ほんの少しばかり怖がられてしまっているだけだ。そうなんだ。まるで自分に言い聞かせるように、デイモンは、心の中で何度も呟いた。

 そうして、明後日の方向を向きながら、置物の如く佇んでいると。




「んじゃ、猫っ子も落ち着いてきた事だし、そろそろ撮るだよー」



 テーブルに乗せた写真機を弄りつつ、テディが手を挙げた。皆そちらを向き、姿勢や表情を整える。それから、テディの指示に従い、立ち位置を微調整した。



「ん、これで全員写りそうだべ。じゃ、撮るだよー。おらが合図をしたら、タイマーが作動すっからな。十秒後にシャッターが切れるんで、皆さん、レンズから目を離さないで下さいだー」



 いいだべかー? と辺りを見やるテディに、各々返事をする。



 動物達の様子も確認すると、テディは「いくだよー」と写真機のタイマーボタンを押した。レンズの横が、チカ、チカ、と光り、カウントダウンが始まる。テディはいそいそと駆けてきて、空いている場所へ並んだ。




 一同が笑顔で静止する中、デイモンは、さり気なく視線を下げた。プリンスの体の下から、少しはみ出ている黒い子猫を見やる。

 先程までの怯えは消え、今はプリンスに大人しく抱えられていた。クリーム色の前足を触りつつ、寄り掛かっている。



「ピャアー」



 ふと、子猫が、自分の頭をプリンスに擦り付けた。

 プリンスは眉間に皺を寄せて、止めろ、とばかりに顎で押さえ込む。更には前足も使い、子猫の体を固定した。いかにも面倒臭そうな態度で、溜め息を吐く。



「……プゥ」




 そのまま、周りに気付かれないよう、そっと顎を擦り付け返した。




 子猫は、嬉しそうに「ピュウゥー」と一段高い音で鳴く。その甘えるような声に、プリンスの目付きも、少しばかり緩んだ。





「………………っっっ!!!」




 デイモンの肩が、勢い良く叩かれる。最早慣れ親しみ始めた衝撃に、デイモンは眉へ力を入れつつ、隣を睨んだ。

 案の定、アンブローズが目を輝かせていた。口は押さえられているも、興奮は隠し切れていない。



「……おい、アンブローズ」



 小声で咎めるも、返ってきたのは二の腕の締め付けのみ。どうやら、肩を殴る代わりに腕をきつく握って、込み上げる感情を堪えているらしい。

 払おうとするも、美しい見た目に反する凄まじい握力のお陰で、全く剥がれない。助けを求める視線をトロイへ送ってみるが、穏やかに眺められるだけで、一切手を貸してはくれない。周りの隊員と動物達も同じだった。



「はぁ……」



 自ずと深まっていく眉間の皺を、解すように撫でる。

 今日は散々だ。日が昇る前に叩き起こされ、仕事もそっちのけで獣舎の飾り付けを手伝わされ、プリンスに猫耳頭巾を被せてくるよう命じられ、この年になって祝いの歌を大声で歌わされ、何もしていないのに子猫には怯えられ、アンブローズには叩かれ、けれど誰も助けてはくれず……。



「はぁぁー……」



 溜め息が、止まらない。色々な感情と共に、後から後から込み上げてくる。




 ……まぁ、それでも、とデイモンは、ちらと目を落とした。




 黒い子猫に擬態している小人こびと族は、小さな体をプリンスへと任せている。その様子から、これといって憂いは感じない。




 あるのは、安心と信頼のみ。





「……こいつが幸せそうなら、いいか」



 ふ、と口元を緩めて、デイモンは視線を上げた。写真機のレンズへと向き直る。





 数百年に一度の特別な日の空の下に、幸せを収める音が、小さく響いた。



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美弥子 in カンガルー袋 沢丸 和希 @sawamaru

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