にゃんにゃんにゃんの日特別番外編 4-1.デイモン、絶対に認めない。
「……っ! ……っ!」
エインズワース騎士団第四番隊の
音の勢いが増すごとに、デイモンの眉間の皺も深まっていく。
「……落ち着け、アンブローズ」
隣にいる美しき同期へ、呆れの一瞥を向けた。
しかし、アンブローズは止まらない。片方の手で己の口を覆いつつ、反対の手でデイモンの肩を殴り続けた。
「っ、これがっ、これが落ち着いてられるわけないじゃないっ! 見た今のっ? というか今も見てるっ? あのプリンスがっ、絶対に施しは受けないあの唯我独尊王子がっ! 猫ちゃんにあーんされながら苺食べてるんですけどぉぉぉーっ!」
頬を紅潮させて、アンブローズは小声で叫ぶ。
「しかも良く見ると、二人で仲良く分けっこしてるじゃないのっ! プリンスも、最初は男のプライドがあるから拒否してたみたいだけど、猫ちゃんのお願いに折れてあげたのねっ!
でも見てっ! ああやって渋々感を出してるけど、実は物凄い喜んでるからっ! 何とも思ってませんみたいな顔してるけど、尻尾はぷりぷり揺れてるからっ! 隠し切れてないからっ!」
きゃーっ! と波打つ金髪を振り乱し、アンブローズは身悶えた。お陰で手だけでなく、長い髪までデイモンに体当たりをかましてくる。
「やっぱり、愛の力って偉大なのね。好きな子の為に変われるって、凄く素敵だと思うの。いいえ。この場合、変わったっていう意識はないのかもしれないわね。それでも、プリンスがほんの少しだけ丸くなったのは、間違いなく猫ちゃんの存在が大きいわ。流石は猫ちゃん。プリンスのガールフレンドをやってるだけあるわねぇ」
「……いや。あいつは別に、ガールフレンドというわけではないのだが」
「あぁ、そうね。あの子はプリンスの婚約者だったわ」
「婚約者でもないのだが」
「でも、もううちの隊にお嫁にくる事は決まってるわけだし」
「許可した覚えはないのだが」
「逆に、何でデイモンに許可を取らないといけないのよ」
「第四番隊で預かっているのだから、隊長である私に話を通すのが筋というものだろう」
「面倒臭いわねぇ。何? あなた、猫ちゃんのお爺ちゃんか何かなの?」
「……そこは、父親ではないのか」
「父親はパーシヴァルちゃんでしょ? お兄ちゃんはボウイちゃんだし、親戚のおじさんもカンガルーちゃん達がいるわけだし。となると、残りはお爺ちゃんしかないじゃない」
「…………せめて、親戚のお兄さん位にしてくれ」
「図々しいわねぇ。猫ちゃんに嫌われてる癖に」
「嫌われてはいない。ただ、少し怖がられているだけだ」
「あ、そんな事より、トロイ隊長ー」
そんな事とはなんだ、そんな事とは。
デイモンは、じろりとアンブローズを睨むも、アンブローズは全く動じていない。すぐ傍で紅茶を楽しんでいた、第五番隊隊長であるトロイを振り返る。
「いちゃいちゃしてる猫ちゃんとプリンスの写真、撮れたかしら? ついでに映像も」
「あぁ、勿論だよ、アンブローズちゃん」
トロイは微笑むと、足元でケーキを頬張っていたカピバラへ視線を向けた。
カピヴァリオは、口に付いたクリームを舐め取り、徐に「ヂュ」と自分の影を前足でトントコ叩く。
すると、影の中から、ゴールデンハムスターのハムレットと、三毛柄のモルモットのモルカが飛び出してくる。
「チュー」
「プイ」
猫の全身スーツを着たハムレットとモルカは、参上、とばかりにポーズを決めてみせた。アンブローズに可愛い可愛いと褒められ、嬉しそうに目を細める。
「ハムレット、モルカ。頼んでおいたものは、上手く撮れたのかな?」
二匹は、自信満々に手を挙げた。首輪型識別タグに装着している、宝石を模した小型撮影機と写真機を弄り、先程撮ったばかりの映像と写真を、地面へ映してみせる。
「きゃーっ、可愛いっ。素敵じゃなーいっ」
次々と現れる猫耳頭巾姿の子兎と、『本日の主役』と書かれたたすきを身に着ける黒い子猫の姿に、アンブローズは盛大に口角を持ち上げた。デイモンも、視線を地面から離さない。
「うんうん、これならばっちりだわ。今日これなかったジャクソンとフランクも、きっと喜んでくれるでしょうね」
「それもこれも、あなた達のお陰よ。ありがとうね、ハムレットちゃん、モルカちゃん」
「チュー」
「プイー」
どういたしまして、とばかりに胸を張る二匹。アンブローズは喉を鳴らし、その小さな頭を撫で擦った。
「でも、あれだねぇ」
つと、トロイは顎へ手を添える。
「こうして改めて見ても、あの苺のケーキは、みゃ~ころちゃんの好みではなかったようだねぇ」
地面に映し出された写真を見て、苦笑を浮かべる。
トロイの視線の先では、切り分けられた苺のケーキに目を輝かせる黒い子猫の姿と、一口食べて呆然と立ち尽くす子猫の姿が並んでいた。その後の写真も、どうにか食べ進めようとする子猫、苦行でもしているかのような形相の子猫、そして、遂には口が止まってしまった子猫と、誤魔化しようもない状態となっている。
「うーん、残念だなぁ。評判のいい店を選んだつもりだったんだけど」
「まぁ、味の好みはそれぞれ違うから。しょうがないわよ」
それに、とアンブローズは、声を潜めた。
「あの子は、特別だからね。カンガルーちゃんや鼠ちゃん達が喜ぶものも、猫ちゃんの口には合わない、なんて事があっても可笑しくないわ」
言外に、本物の猫ではなく、猫に擬態している
トロイもそこは承知しているのか、「それもそうだねぇ」とふくよかな体を揺らして笑った。
「あっ、でもあれよ。あのケーキのお陰で、猫ちゃんとプリンスのいちゃいちゃが見れたと思えば、寧ろ良かったんじゃないかしらっ?」
両手を叩き、アンブローズは満面も満面な笑みを咲かせた。
その妙に煌めく瞳と、妙に浮かれている姿に、デイモンの眉間はぴくりと反応する。
「もうあの時のプリンスは、正にヒーローって感じだったわよね。猫ちゃんが困ってる所に颯爽と現れて、何も言わずに代わりにケーキを食べてあげて。そういう事さらっとやられたら、もう女の子はキュンキュンきちゃうわよね。猫ちゃんの目も、そりゃあハートになっちゃうわよっ」
「……いや、特に変化はなかったと思うが」
「なってたのっ。あなたの目は節穴なのっ? ほらっ、ちゃんと見てっ。プリンスを見つめるあの猫ちゃんの眼差しをっ。目からこれでもかとピンクのハートをまき散らしてるでしょっ」
「いや、いたって普通に眺めているが」
「あー、もうこれだから情緒の欠片も分からない男は嫌なのよっ。いい、デイモンッ? よーく耳を澄ませてっ。そうしたら、猫ちゃんとプリンスの甘酸っぱい会話が聞こえてくるからっ」
「いや、これと言って聞こえてこないが」
「何でよっ! 聞こえるでしょっ?
『あ、ありがとうプリンス君。ケーキ、食べてくれて』
『……別に。腹が減ってただけだし』
『それでも、ありがとう。凄く助かりました』
『……そ』
『うん……えへへ』
っていう、はにかむ猫ちゃんと素直じゃないプリンスの、むずキュン青春ラブストーリーの一幕がっ!」
「いや、特には」
「嘘でしょっ! 何で聞こえないのっ? 信じらんないっ!」
いや、聞こえるお前の方が信じられないが、という気持ちを込めて、デイモンはアンブローズを見下ろす。
アンブローズはアンブローズで、驚愕と言わんばかりに目を見開いている。
「え、トロイ隊長は、分かるわよねっ? アタシが言ってる事っ」
「んー、まぁ、あの子達が仲良しなのは、見ていてよく分かるよ。プリンス君も、みゃ~ころちゃんには優しいものね。何と言うか、特別感があるというか」
「そうっ、そうなのよトロイ隊長っ。男がああいう態度を取るって事は、つまりはそういう事なのよっ。
あぁ、伝えたい。この胸の高鳴りを。プリンスと猫ちゃんの恋路を応援してくれてる週刊森の民の読者の皆様に、今すぐお届けしたいっ。そして感動を共有した後、心ゆくまで語り合いたい……っ。
よし。今日部屋に戻ったら、すぐさまコラムの執筆に取り掛かりましょう。タイトルは、『垂れ耳兎と名もなき猫 その十七 ~はい、あーん~』で決まりよっ」
拳を握り、アンブローズは勇ましく宣言する。微笑ましく見守っているのはトロイだけ。デイモンは、眉間の皺に加えて口角も勢い良く下げ、非常に渋い表情を浮かべている。
けれど、これ以上突っ込んだら一層面倒臭くなると経験上分かっているので、諸々の思いを飲み込み、沈黙を守った。
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