にゃんにゃんにゃんの日特別番外編 3-3.美弥子、半分こする。




「んんー?」



 私は、ケーキを見やる。美味しそうな、いたって普通のケーキだ。スポンジの間には苺が挟まってて、生クリームで覆われた表面には、これまた大粒の苺が乗ってる。

 うん。見れば見る程、何の変哲もないデコレーションケーキだけど、でも、何でこんなに甘さを感じないのか。

 首を傾げつつ、もう一口、頬張った。



「………………うん……うーん……」



 やっぱり、甘くないよなぁ。



 食感はいい。匂いもいい。見た目も最高。なのに、何故味だけがこうも微妙なのか。いや、別に不味いわけじゃないんだけど。でも、と私の口から、自ずと唸り声が上がる。



 でも、こんな風に思ってるのは、私だけっぽいんだよなぁ。



 ちらと辺りを見やれば、カンガルー達と鼠トリオは、それはもう大はしゃぎで口を動かしてた。

 特に、ケーキに乗ってる生の苺がお気に召したらしい。もう高級食材の如き扱いというか、一気に食べないで、ちびちびと大切に味わってた。


 私もね、苺は美味しいと思うよ? 甘酸っぱくて、瑞々しくて、そこに生クリームのコクが加わって、もう堪らんって感じですよ。

 でも、残りのスポンジと生クリームが、ちょっと、あれなんですよ、うん。




「…………あ」




 そこでふと、思い出した。



 大学の友達が、飼い猫の誕生日に、猫用ケーキを買ったという話を。



 人間も食べられると書かれていたので、試しに一口いってみた所、あんまり美味しくなかったらしい。



 曰く、全然甘くないのだと。





「もしかして、これ……動物用?」





 嘘だろ、と私は、呆然と立ち尽くす。で、でもそれなら、あの猫と兎が描かれた可愛いケーキが、カンガルーや鼠だけに配られたのも頷ける。

 熊さん達は、別に用意された普通のケーキを食べてて、なんか申し訳ないなーとか思ってたけど、あれはそういう理由だったのか。



 疑問が解決して非常に嬉しいが、全くもってすっきりしない。いや、いいんだけど。猫もどきとして自ら振舞ってる身なので、動物枠に入れられてたって、全然いいんだけど。



 しかし、それはそれとして、どうするか、この甘くないケーキ。

 不味くないけど、進んで食べたいものでもない。




「でも……残すのは、よろしくないよねぇ」



 熊さん達が、折角用意してくれたんだもの。しかも皆さん、カンガルー達が喜ぶ姿を、微笑ましげに眺めてるし。私の事も、「どう? 美味しい?」とばかりの顔で見守ってる。ここでお残しをしては、不味いって断言してるようなもんだ。流石にそれは失礼だろう。



 となると、私が選ぶべき道は、ただ一つ。



 完食のみ。




「……よし」



 鼻から静かに息を吸い込み、私は覚悟を決めた。そうして、スポンジと生クリームを鷲掴み、食べ始める。合間にチェイサー代わりの苺を入れ、口の中をリフレッシュさせながら、どうにかこうにか消費していった。




「うぅ……」



 時間が経つごとに、顎の動きが鈍くなってくのがよく分かる。心も悲鳴を上げてた。それでも必死でケーキを飲み込む。こうやって少しでも前進していけば、いつかはゴールがやってくる筈。

 だから、頑張るんだぞ美弥子みやこ。諦めるなよ美弥子。お前がやらずに誰がやるんだ。一生懸命自分を奮い立たせつつ、次のスポンジへ手を伸ばした。




 しかし、体はもう限界なようだ。



 スポンジが、喉を通らない。



 辛うじて苺は入るけど、その他は全然駄目。どうにもこうにも口の中に留まり続ける。気分も悪くなってきた。




 もう無理かも。

 私は、口を手で押さえて、その場に座り込む。熊さん達の嬉しそうな顔や、食べ切れない申し訳なさが、ぐるぐると頭の中を回る。



 人の好意を無下にするなんて、私って駄目な奴だなぁ、と自嘲を零し、情けなさに項垂れた。




 そんな私の頭上が、つと陰る。




 ほぼ同時に、ぷりんとした温もりが、右半身に当たった。




 親しみのある感触に、私は、ぎこちなく視線を持ち上げる。





 目に飛び込んできたのは、クリーム色の毛並みと、猫耳頭巾。





「……プリンちゃん……」



 プリンちゃんが、いつの間にか隣にいた。私に寄り添うように、己の肉垂にくすいを押し当ててくる。




「……プゥ」



 兎らしからぬ鋭い目が、静かに私へ向けられた。それから、ひくりと鼻を動かすと、徐に口を開ける。



 目の前のケーキへ、齧り付いた。



 ぽかんと固まる私を余所に、プリンちゃんは、もりもりと食べ進める。




「……プリンちゃん、それ……私のなんだけど……」



 返事はない。

 ただただ、ケーキをかっ食らってく。



「もしかして……代わりに食べてくれるの?」



 やっぱり返事はない。一瞥もない。



 その代わり、私の前へ、苺が一つ、置かれた。

 ケーキに使われてた苺だ。

 続けて、二つ、三つ、と転がってくる。

 スポンジの間に挟まってた分も、全部。



「…………くれるの? この苺」



 私は、じっとプリンちゃんを見た。



 プリンちゃんは、相変わらず何も反応しない。

 でも、苺に口を付ける素振りは、一向にない。

 前歯を動かして、只管スポンジと生クリームを頬張った。




 そんなプリンちゃんに、私の唇は、自ずと弧を描いてく。




「男前だねぇ、プリンちゃん」



 しみじみ呟くと、私は、隣にいるイケメン子兎へ寄り掛かった。



「ありがとう、プリンちゃん。とっても助かります」



 プリンちゃんの肉垂に、顔を擦り付ける。本当は抱き着きたいけど、今は手が生クリーム塗れだから、自重しておいた。でも、後で絶対に抱き締める。そして感謝の気持ちを込めて、全力でマッサージする。絶対にだ。


 ふふ、と勝手に込み上げる笑みをそのままに、私はもう一度頬擦りをした。

 そうしたら、プリンちゃんはちらっとこっちを見て、さり気なく肉垂を擦り付け返してくれる。それがまた嬉しくて、ご機嫌に笑いながら、私はプリンちゃんがくれた苺へ手を伸ばした。




「ねぇ、プリンちゃん。プリンちゃんも苺食べなよ。ほら、これとか甘そうだよ」

「……プゥ」

「そうなの? プゥなの? でも、プリンちゃんも苺好きでしょ? 美味しい所を私にくれてとっても嬉しいし、プリンちゃん超イケメン惚れるって思うけど、でもそれはそれとして、ちょっと申し訳ないというか、独り占めしてる気分になってくるというか」

「……プゥ」

「うーん、駄目かぁ。あ、じゃあ、半分こしようよ。半分こしたら、きっともっと美味しいよ。ね、そうしよう?」

「……プゥ」

「お願いだよプリンちゃーん。私、もう結構お腹一杯だからさ。きっとこの苺、全部は食べられないと思うんだ。だから、プリンちゃんが食べてくれると嬉しいなー? ついでにこの美味しさを共有してくたら、もっと嬉しいなー?」



 にっこり笑いつつ、半分に千切った苺を、プリンちゃんに差し出す。プリンちゃんは、横目でじろりと私を見やった。でも負けない。笑顔をキープしたまま、あーんの体勢を崩さない。



 そうして待つ事、数秒。

 プリンちゃんは、はふん、と鼻から息を吐いた。視線を私から苺へ移すと、酷く緩慢な動きで口を開く。私の手から、苺を引き取った。




「どうよ、プリンちゃん。中々美味しいと思わない?」



 プリンちゃんは、そこそこだな、みたいな顔で鼻を鳴らすだけ。でも、感触は悪くない。だって尻尾がぴこぴこ揺れてるもの。

 なので私は、もう一個苺を千切り、スポンジの上へと乗せた。またしてもプリンちゃんから一瞥を貰うも、今度は溜め息一つ吐かれるだけ。それ以上は何を訴えるでもなく、大人しく苺が乗ったスポンジへ齧り付く。



「今度のはどうかな。いい感じの奴を選んでみたんだけど、美味しい?」

「……プゥ」

「そうなのー、プゥなのー」



 私は、プリンちゃんを撫でる代わりに、自分の頭で肉垂を擦る。

 それから、「どんどんお食べー」と新たな苺を掴み、半分こにするべく、両手に力を入れたのだった。



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