にゃんにゃんにゃんの日特別番外編 3-2.美弥子、ケーキに喜ぶ。
「プ、プリンちゃん? プリンちゃーん?」
返事はない。まぁ、割とよくある事だから、特に気にしない。
私は足を忍ばせつつ、またプリンちゃんの顔へと回った。
プリンちゃんは、目を瞑って蹲ってる。眉間へは、相変わらず深い皺が刻まれてた。苛立つように顎を動かしては、ギチギチと歯軋りをする。
かなりご立腹だ。もし自由に動けるなら、すぐさま中トロちゃんにリベンジを掛けてそう。流石は戦闘民族。こんな時でも闘争心は衰えないのね。
でもさ、プリンちゃん。
怒ってる所申し訳ないんだけど、プリンちゃん今、自分がどんな格好してるか知ってる? 猫耳頭巾だよ、猫耳頭巾。ご丁寧に、クリーム色の生地で出来た奴。それ被りながら戦って、負けて、復讐を誓ってるんだよ。
正直、ちょっと面白いです。
そして、そんなプリンちゃんが、私は大好きです。
「プーリンちゃーん」
私は、プリンちゃんの顔を覗き込んだ。
「そんなに怒らないでよ。大丈夫だよ、プリンちゃん可愛いよ?」
きつく寄せられた眉間を、掌で擦ってみる。
「私的には、猫耳頭巾すっごく似合ってると思うな。いつも首に巻いてる緑のリボンより、断然こっちの方がいいって」
ぐりぐりと円を描いてると、ふと、プリンちゃんの片目が開いた。相変わらずの目付きの悪さで、じとりと私を見やる。
「プリンちゃんは気に入らないのかもしれないけどさ。でも、この意外性っていうのかな? 普段クールなプリンちゃんが、こういう可愛い仮装してると、なんだかギャップ萌えを感じますよ、私は」
にっこり笑い掛けつつ、眉間の皺をぐいっと伸ばした。
「それに、ほら。私なんて、四六時中猫耳頭巾被ってるようなもんだから。つまり、お揃いってわけだよ。リンクコーデじゃん。やったねプリンちゃん」
もう一回ぐいーっと伸ばしてやれば、プリンちゃんは身を捩った。物言いたげに睨んでくる。
でも纏う雰囲気は、心なしか緩くなった気がしなくもない。
「大丈夫、恥ずかしくないよ。皆でやれば怖くないし、プリンちゃんを笑う人なんかいないよ。プリンちゃん可愛いよ。すっごく可愛い。猫耳超似合ってる」
だからさ、とプリンちゃんの隣へ行き、抱き着いた。
「プリンちゃんも、今日は猫耳頭巾で楽しもうよ。私、猫耳頭巾のプリンちゃんと、一緒に過ごしたいなー? リンクコーデ満喫したい気分だなー? ね、お願い」
頭巾越しに、プリンちゃんへ頬擦りをする。宥めるように撫で回しもした。ね? ね? と窺えば、プリンちゃんは、また眉間へきつく皺を寄せる。口も固く噛み締め、なんかしょっぱい顔をした。
かと思えば、盛大に溜め息を吐く。
「…………プゥ」
「ん? なぁにプリンちゃん。もしかして、私のお願い聞いてくれるの?」
「………………プゥ」
ぷいっとそっぽを向いてしまうも、離れる様子はない。
どうやら、もうしばらくは猫耳頭巾のままいてくれるらしい。
「おー、やったぁ。ありがとうプリンちゃーん。さっすがー。ひゅー、太っ腹ー」
感謝の気持ちを込めて、ぎゅーっと抱き締める。猫耳頭巾からはみ出てる
プリンちゃんは、鼻をひくりと動かすと、アンニュイな溜め息を、もう一つ零す。お顔が完全に不本意だと物語ってるも、なんだかんだで我儘を聞いてくれるプリンちゃんが、私はとっても大好きです。
『――――、―――――――――』
プリンちゃんの肉垂を堪能してると、不意に、手を叩く音が上がった。
見れば、薔薇を耳に差した綺麗なお姉さんが、辺りを見回しながら何か言ってる。何を言ったかは分からないが、茶色い軍服のお兄さん達は、はいはいあれね、とばかりに姿勢を正す。大トロのお爺ちゃんも、魔王様までも、綺麗なお姉さんの方を見た。
お姉さんは、皆さんの注目が集まったと確認すると、徐に両手を上げる。そうして、リズムを取るように四回揺らした。
途端、この場にいる全員が、歌い始める。
びっくりして、思わずプリンちゃんにしがみ付いた。もう全身で顔面に張り付いてやった。
プリンちゃんは、ちょっと迷惑そうに「……プゥ」と言いつつも、前足で私を抱えてくれる。はふんと鼻から息を吐き、呆れ混じりに歌うお兄さん達を一瞥した。
そんな私達の反応も何のその、とばかりに、皆さん楽しそうに歌ってる。
似たような節を三回繰り返した辺りで、茶色い軍服のお兄さん達の後ろから、熊さんが現れた。両手に大きなお皿、いや、あれは最早トレーか? それ位大きなプレートを持って、こっちへやってくる。いつものように眉を下げて笑うと、持ってたものを、私に見せてくれた。
「わぁ……っ」
大きなプレートの上には、これまた大きな苺のケーキが乗ってた。長方形のケーキは、白いクリームで覆われた表面を、艶々とした真っ赤な苺で縁取られてる。
何より私を驚かせたのは、ケーキに描かれたイラストだった。
チョコペンか何かで製作されたんだろう。見覚えのない猫が、気持ち良さそうに寝転がってる。その隣には、プリンちゃんらしき垂れ耳兎が寄り添ってた。
……あれ?
この猫って、もしかして……。
「……私?」
言われてみれば、私が愛用してる着ぐるみ猫パジャマに似てなくもない気がしなくもない。
けど、どうなんですか実際? という気持ちを込めて、熊さんを見上げる。
熊さんは、嬉しそうに口角を緩めながら、歌ってた。
真偽の程は定かではないが、でも、私にわざわざ見せてくれたという事は、多分そういう事なんだろう。
曲調が一際盛り上がった所で、皆さん一斉に拍手した。どうやら歌い終わったらしい。
目の前にいた熊さんは一旦下がり、別に用意された机の上で、ケーキに包丁を入れてく。小さく切り分けたケーキを、お皿に乗せては周りに配っていった。
その相手は、人間ではない。
「キューッ」
「クゥーッ」
兄ちゃんと姉ちゃんが、貰ったケーキに喜びの声を上げる。ぴょんぴょんと浮かれたように飛び跳ねては、パパとママに諫められてた。
カンガルーだけでなく、赤身ちゃん達鼠トリオも、同じくケーキを受け取ってる。自慢するように、大トロのお爺ちゃんに見せに行った。
「と、いう事は……」
猫もどきの私にも、もしかしたら……と、期待を込めて、熊さんを熱く見つめる。
すると熊さんは、小さめなお皿を二つ持って、こっちへ近付いてきた。ガン見する私に笑い掛けると、装飾された台の上へ、お皿を置く。
「ふぉぉぉ……っ!」
苺の乗ったケーキが、眼前にお目見えする。
私は、思わずお皿へ駆け寄った。色んな角度から眺めては、おー、へー、と声を上げる。
『ミャーコ――、―――――? ――――――』
忙しなく動く私に、熊さんは八重歯を覗かせながら話し掛けてきた。多分、「たんとお食べー」的な事を言ってるんだと思う。いや、でも、こんなに可愛いケーキ、崩すのが勿体なくて躊躇しちゃいますよ。
「えー、どうしよう。どこからいこうかなー。迷うー」
と、一人きゃいきゃいやりつつ、ケーキの周りを歩く私。
そんな私の隣で、情緒の欠片もなくケーキをかっ食らってるのが、プリンちゃんでございます。
折角のご馳走なんだから、もう少し勿体ぶりながら食べても、って思うも、プリンちゃんは、知った事かとばかりに、容赦なく前歯を突き立てる。その表情は、これと言った変化はない。食べるリズムも、特に変わらない。
けど、私には分かる。
プリンちゃん、案外口に合ったんでしょ。
まぁまぁだな、みたいな態度取ってるけど、ぷりっとした尻尾が、さり気なく揺れてますよ。纏う雰囲気も心なしか緩いし、実はご機嫌でしょ、あなた。美味しいケーキが食べられて、うきうきしてるでしょ。
素直じゃないなぁー、と内心にやにやしながら、私も漸く食べる所を決めた。苺と悩んだけど、まずはこのクリームとスポンジ生地の所を頂こう。
カンガルーに混ざって生活し始めてから、嗜好品なんてまず食べなかったからね。素材の良さを生かした味付けなしの料理ばかりだったので、こういう加工された食べ物は実に数か月ぶりですよ。もうわくわくが止まらない。
私は、ケーキが崩れないよう気を付けつつ、スポンジとクリームを手で千切り取った。喉を一つ上下させてから、大きく開けた口の中へと、突っ込む。
途端、舌の上に、生クリームの滑らかさとフレッシュ感が広がった。
顎を動かせば、歯に当たったスポンジは、何の力もいらずにへこみ、崩れる。
小麦の風味が鼻を抜けて、生クリームのこってりとした味わいと混ざり合い、思わず溜め息が零れてしまった。
私は、思わず目を瞑る。そうして、久方ぶりに食べたケーキの味を、心ゆくまで堪能す――
「……………………ん?」
――る、つもり、だった。
だった、んだけど、でも……何だろう。
何か、こう……変というか、思ってたのとは、ちょっと違うと言うか……んー?
私は、口をもごもご動かし、この違和感の正体を探った。
そうして舌に意識を集中させ、分析していった結果、判明したのは。
「…………甘くない……?」
控えめも控えめな味付け。いっそ見当たらないレベルで、甘くないんですけど……。
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