巡る世界の片隅で

新宮冊册

ある庭師と一片の出会い

 木々に囲まれた館の裏庭に、月明かりに照らされた魔花まかが淡く輝いている。


 薬の素材に魔術の触媒、飼料に祭事に観賞用、多種多様な用途がある一方で栽培が非常に難しいとされる魔花が一様に咲き誇る光景は、その難度を知る者であれば絶句する程のものだろう。


 そんな色取り取りの魔花畑まかばたけに、一人の少年が近付いてくる。歳は15に届かない程度。この土地では珍しい白髪の、穏やかな顔立ちをした少年である。

 重たそうに両手で持った水桶を地面に置くと、ふぅと息を吐き額の汗を拭った。


「……うん、今夜も皆、元気だなぁ」


 花々に笑み向けて呟くと、水桶を携え魔花畑の中に作られた細道を歩く。時折屈み込んでは育ち過ぎて他の花の成長を妨げている魔花を収穫し、懐から取り出した袋の中へと丁寧に仕舞い込んだ。


 逆に、元気の無い花々には桶の水を与え、その成長を促す。月光を浴びた泉の水は、魔花にとって栄養剤のような役割をもたらすのだ。


「毎日精が出る事だね、一日くらい休んだって、この子達なら大丈夫だろうに」


 背後から掛けられた言葉に振り返ると、そこには美しい黒髪を持つ壮年の女性の姿があった。


 白い肌と対照的な純黒のドレス、更にそれを彩る宝飾品が闇夜に輝く星々のように煌めいている。気の強そうな顔立ちではあるが、彼女と相対した人間はまずその美貌に目を奪われる事だろう。


「いいえ、これが僕の仕事で、目的です。休む訳にはいきません。魔花の栽培を学ぶ為にこうして魔女様に弟子入りし、庭師として働かせて頂いているのですから」


 首を振って答える庭師の少年に、魔女と呼ばれた女性は苦笑を浮かべた。


 突然押しかけ弟子入りさせてくれと頼み込んだ時は渋い顔をされたものだったが、弟子入りの条件として出された彼女の無理難題に食らいついた事もあり、何とか師弟の関係となる事が出来た。


 今となっては関係も良好で、魔法と植物の知識を学ぶ日々である。


「お前は頑固というか何というか……まぁ、程々にして休みなよ。陽のある時間に世話をする子達も居るのだし、何よりお前自身が身体を壊したら、アタシが代わりに世話する事になるんだからね。……おや?」


 生真面目な弟子の言葉に溜息を一つ落とし、魔女が立ち去ろうとした途端、顔の間際を一片の花弁がひらりと通り過ぎた。


 その花に宿った精霊の気配に行く先を見れば、更に幾つもの花弁が寄り集まり、旋風に巻かれた枯れ葉のように渦巻いていく。


 その様子は、まるで虹が踊るかのような美しい光景だった。

 

「へっ……? え……なん、何ですかコレ?! 魔女様の魔法……じゃ無い、ですよね」


 異常に気付き、驚き尻餅をつきながら魔女の姿を見上げるも、彼女も珍しい物を見るかのように目を見開いていた。となれば、彼女の仕業で無いのだろう。


 元より、このような悪戯を仕掛けるような人でも無い。


 では何なのか、と呆けつつ魔女と渦を交互に見ていれば、少しして魔女がぽつりと呟いた。


「こりゃ、驚いた。万華蝶ばんかちょうが人前に出て来るなんてねぇ……」

「ばんか、ちょう?」


 何やら感心した風に呟く魔女とは打って変わって、未だ理解の追いつかない少年。それぞれの感情を抱きつつ渦巻く花弁を見ていれば、二人の目の前でそれは徐々に形を成し、一匹の蝶へと姿を変えた。


 何とか落ち着いて立ち上がった少年がその姿を観察すれば、二対の翼は色取り取りの花弁で、胴体は種で形作られている。美しい、色彩豊かなその生き物は、それ自体が一つの芸術品のようにも見えた。


「不思議な蝶……ですね、魔女様でもあまり会えない生き物なのでしょうか」

「そんな事はないさ。マナの濃い森にでも行けば、見ることもある。ただ、大抵は向こうが嫌がって避けちまう。こうして万華蝶から人に寄ってくるなんてのは、私も初めてみたよ」


 へぇ、と何度か頷きながら魔女の言葉に耳傾ける少年の周りを飛び回る蝶。試しに、とおずおずと手を差し出せば、その指の上にひらりと花弁が舞い降りる。その様子を見て、魔女は確信と共に頷きを一つ落とすと、少年へとこう告げた。


「そいつはお前を気に入ったみたいだ。暫く面倒見てやんな」


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 翌朝。東の空が白む頃、いつものように少年は目を覚ました。ベッドの上で上体を起こし、寝ぼけ眼で周囲を見渡せば、普段通りの室内の様子が目に入る。


 古い木製の机の上には、幾つもの草花と、積み重なった書物。それから乳鉢や乳棒といった、調剤道具。まだ空きも多い本棚には、植生学や薬学、園芸学に関しての本などが種類別に仕舞われている。


 そんな普段通りの景色の中に、普段と異なる彩りが一つ。椅子の上に止まる万華蝶だ。徐々に視界が明瞭になっていくと同時に、昨晩魔女から教わった知識を思い出す。


 万華蝶とは花に宿った精霊種の群体らしい。花を仮宿として利用した精霊のうち、散る時期になって尚も『此処に居たい』と願う精霊が稀に居る。しかし大抵の場合、花に宿った精霊達は多くが抜け出て行ってしまう為、残る事を選んだ精霊はやがて花と共に地に還ってしまう。


 そんな結末を良しとしない精霊達が、種の運搬を対価とし魔花と契約を行い、一片の花弁のまま活動する力を得る。そんな精霊達が寄り集まり新たな形となったものが万華蝶なのだとか。


 その説明を聞いた時、誇らしいやら照れくさいやら、胸の奥が暖かくなって仕方が無かったのを覚えている。


「キミは、あの子達をそんなに気に入ってくれたんだなぁ……」


 また昨晩と同じ暖かさを胸に感じると、ぽつりと自然に呟きが漏れた。


 勿論、自分だけの力で無いことも彼は自覚している。本人に尋ねたのであれば、『ちょっとだけ、自然の力を整える手助けをしただけです。』とでも答えた事だろう。


 しかしそれでも、己が面倒を見ている花々を精霊が気に入ってくれた事は、植物を愛する彼にとって何よりの褒美であった。


 緩い笑みを浮かべ蝶へと向けて「おはよう」と告げると、くぁ、と一つ欠伸を漏らした後にベッドから降りる。


 まだ秋に入った頃ではあるが、それでも朝は冷えるもの。羊毛ウールの衣服を身に纏い、獣皮のブーツを履いて部屋の外へ。蝶の為にも扉は開けたままにした方が良いかと思ったのだが、ひらひらと此方へ飛んできて、肩へと止まった様子を見れば、その必要は無さそうだ。


 部屋を出て居間へと向かえば、そこには誰の姿も無かった。夜型の師は、どうやらまだ寝ているらしい。


 火の消えた暖炉とクロッキングチェアや小さなテーブルが置かれたそのスペースは、とても魔女の家とは思えない。


 一般の家庭と違うところがあればグツグツと薬草を煎じる為の大鍋があったり、魔法陣の描かれた羊皮紙や、魔術の触媒として用いられる花々や、良く分からない骨や宝石があちらこちらに置かれている事だろうか。


 そんな居間を抜けて外へと出れば、井戸へと向かい水を汲んで顔を洗う。冷たい井戸水をぱしゃりと顔に掛けた途端、はっきりと目が覚めた。


 ふと、己の肩を見ればそこに蝶の姿は無く、どこへ行ったやらと見回すと、井戸の縁に止まり溢れた水に触れていた。師曰く、彼等の食事はマナだそうなので、泉の水には及ばないとは言え、大地から汲み上げた井戸の水も好むのだろう。自然にある物というのは大小の差こそあれ、マナが宿った物が殆どである。

 

「さて、と……」


 蝶がまた己の肩に止まったのを確認すると、昨晩と同じ魔花畑へと足を向ける。その直ぐ側で立ち止まると、懐から袋を取り出して中身をほんの一摘みだけ取り出して、パラパラと地面へと落としていく。


 その欠片の正体は、この地で取れた鉱物を砂状に加工したものだ。その粉を土に混ぜ合わせると、屈み込んで大地へと掌をつけ、短くに語り掛ける。

 

『この地を司る父なる大地よ、貴方の作りし煌きをお返しします。代わりにどうかこの私に、その姿をお見せください。』


 大地のマナの流れを見る、簡単な魔法だ。


 魔法とは、対価と引き換えに力ある世界へと願いを届ける神秘である。意思さえ伝われば呪文の一つも要らないのだが、未だ魔女の弟子として未熟な少年は、意思を伝えるイメージを抱くために、言葉を持って語りかけるのが常であった。


 世界には魔術という、魔法とは異なる力もあるのだが、魔女の多くは魔法を好み、少年も同じであった。


 『お前はてんで魔術には向かないが、精霊に好かれる素養がある。魔法であるならば、少しは扱えるだろうさ』というのは、魔女と暮らし始めたばかりの頃に、彼女から掛けられた言葉である。


 今回の魔法はどうやら上手くいったようで、魔花畑を流れるマナの流れを感じる事が出来た。どうやら、少年の意図した通りにマナは流れているらしい。水のマナを好む魔花には水のマナが、火には火が、風には風がとよく巡っている。


 大地を流れるマナをほんの少し誘導してやるのが、彼なりの魔花栽培の秘訣なのだ。

 

「さて、次はいつもの……」


 昨晩と同じく、泉の水を汲んで来なければならない。


 少年の小さな身体には少しばかりの重労働だが、ここ数年で、大分慣れた。とはいえ疲れるのは確かなので、多少憂鬱ではあるのだけれど、植物の為ならば、手を抜く事なんてする訳にはいかないのだ。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 草木の茂る森の中、整備されたとは言い難い道を抜け、漸く泉へと辿り着いた。

 昨晩は月光から得られるマナを蓄えた泉の水を撒いたが、陽光を浴びた泉の水だって必要とする花がある。


 水桶を泉へと浸からせて引き上げれば、腕にずしりと重い感覚。毎日の水運びで鍛えられているとは云え、この体躯では辛いものもある。重さは勿論の事、これを持って悪路を行くのは中々に大変なものなのだ。


「……あれ?」


 さて、と来た道を戻ろうとすると、急に腕が軽くなった。水桶に穴でも空いていて、そこから水が漏れたのだろうかと見てみるが、そういう訳では無いらしい。


 ではどうして、と首を捻っていると、己の周りをひらひらと飛び回る万化蝶が、ほんのりと淡い光を放っている姿が見えた。


「もしかして、手伝ってくれてるの?」


 恐らく、ではあるが間違い無いだろう。水桶は今や羽のように軽く、全身にも力が漲っているように感じる。師のように一目で何の魔法を使われたのかは分からないが、風か何かで水桶の重量や身体の動きを補助されているような感覚だった。


 万華蝶に魔法が使えるとは、などとは思わない。昨晩教わった通り彼等は精霊の群体だ。むしろ、自然の理に干渉出来ない方が不思議と言うものだろう。


「ありがとう、凄く助かるよ」


 礼を告げ、来た時よりも遥かに軽やかな足取りで魔花畑へと戻れば、再び蝶の力を借りつつ、普段よりも遥かに短い時間で仕事を済ませたのであった。


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 館へと戻り、ぎぃ、と鈴の付いた木製の扉を開き中へ入ると、暖炉の前に置かれた椅子の上に、黒曜石に見間違う程に美しい、濡羽色の髪が目に入った。その持ち主である師へと少年が声を掛ける前、彼女は振り返って口を開く。


「上手くやってるようじゃないか」

「え、あ、はい。いつも通りに済ませておきました」

「そっちじゃないよ、その肩の上の客人との事さ。……あんた、よっぽどうちの弟子を気に入っているんだね。魔法まで使っちまって、大した入れ込みようだ」


 ふわり、翅を二度揺らして答える友人に、魔女が「生意気な子だねぇ」と白い歯を覗かせながら言うと、蝶は怯えたように通路の奥へと飛び去った。そんな様子に少年は苦笑を浮かべ、魔女へと向き直る。


「あまり、苛めないでやってください。あの子はまだ魔女様に慣れていないのですから」

「おや、とうとう花に似てきちまったのかい? お前まで生意気言うなんてねぇ」

「そんな、僕はただ新しい家族と魔女様に仲良くなって欲しいだけですよ」


 ニヤニヤとした表情で少年を誂っていた魔女だが、言葉の最中、何かに気付いたようにはたと動きを止めた。まるで何か、、とでも言うように。


「魔女様?」

「……いいや、何でも無いよ。お前もさっさと行きな、今頃、暇してるだろうさ」

「……? あ、はい、そうですね。失礼します」


 立ち去る背中を暫く見詰める魔女の顔には、梅雨の重たい空気のような表情が張り付いている。弟子が自室の扉を開き、ぱたん、という音が響いた後、魔女は一人溜息を吐いた。


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 秋が深まり、徐々に木々が色付き始める頃、唐突にその時は訪れた。


 いつものように、蝶と共に一仕事を終わらせた後、

 いつもと違って、蝶は魔花畑から動こうとはしなかった。


「……どうしたの?」


 普段と異なる様子に、一抹の不安を覚え問い掛けてみるが、師とは違って蝶の意思が解るでも無い少年は、ただその場でひらひらと翅を揺らす様を見ているだけしか出来なかった。


 しかし、その一方である予感もあった。だけどそれを確かなものにしたくはなくて、何度も「ねぇ、家に帰ろう」と繰り返し伝える事しか出来なかった。


 そんな少年の背後から、土を踏みしめる音が聞こえる。少年達の様子を見て、魔女は一度溜息を吐くと、口を開いた。


「そいつはね、行くべき時が来たんだ。……別れの時さ。前にも話しただろう? 万華蝶ってのはね、種の運搬を対価として、力を得た精霊達だ。いつかは、その契約を果たさなければならない。それが、今なんだ。──最初に言っておかなくて、悪かったね」


 少年はその言葉にハッとすると、俯いた。聡い少年だ、自然は廻るものだと知っている。きっと、心のどこかではずっと一緒には居られないと分かっていたのだろう。


 身体が僅かに震えてはいるものの、狼狽するような様子は見せず、奥歯を噛みしめるようにして、涙を堪えていた。


「もう、時間は無いんですか」

「無いね。ただそこに在るってだけで力を使うってのに、お前の為に何度も魔法を使っちまった。……あぁ、責めてるんじゃないよ、褒めてるのさ。ホントはね、万華蝶が人の為に力を使うなんて、そうあるもんじゃない。ここらの自然を愛したお前の事を、こいつらは気に入ってくれたんだ。誇りに思いな。――さぁ、別れを」


 その言葉に顔を上げると、潤んだ瞳で蝶を見詰める。震えながら、人差し指を伸ばして顔の前に置くと、いつものように小さな家族がそこに止まる。暫くの間見詰め合うと、心を落ち着かせるように何度か呼吸を繰り返し、それから口を開いた。


「君に逢えて、良かった。逢いに来てくれて、ありがとう。助けてくれて、ありがとう。……元気で」


 震えた声で短い別れを告げると、ふわり、と蝶は飛び去って、魔花畑の中央へと飛んでいく。最後までその姿を見送らなくてはならない。そんな気持ちで見詰めていたが、ふと、その視界に見覚えのない光が目に入り、思わず辺りを見渡した。


「蛍……、いや、違う。これ、花弁……?」


 ふわり、ふわり。魔花畑の中から一片づつ、小さく輝く花弁が浮かびだす。

 ぽつり、ぽつり。次々と増える新たな煌きに、闇夜が照らしだされていく。


 気が付けば、今や彼等の周囲には無数の輝く花弁が舞っていて、まるで星海の中に居るかのような、そんな幻想的な景色に包まれていた。


「……前に少し話しただろう? 散る時期になって尚、花に残る精霊ってのは少数派で、大抵の精霊は花から抜け出て行っちまう。だから、万華蝶ってのは珍しいんだって。……けどね、それが変わる瞬間がある。


 あまりにも美しい光景に圧倒され、口をぽかんと開いた少年は、何も言う事が出来ない。ただ師の言葉を聞きながら。幻想的な風景に呑み込まれている。


「つまりね、お前達が楽しそうに過ごしてるのを見て、『あぁ、あっちも楽しそうだ、私も花弁の中で生き続けたい』なんて思っちまった精霊がこれだけ居たって事さ! さぁさ、目ぇかっぽじってよく見てな!」


 いつか蝶と出会った時は、目の前で渦巻くに留まっていた虹色が、今度は自分達を包まんとする程の大きさとなっている。


 その渦は徐々に小さくなり、中心に居る万華蝶へと、徐々にその距離を狭めていく。吹き荒ぶ風に髪を揺らされながら、魔女は堂々と、少年は呆気に取られて、新たな生命の誕生を見守っている。


 やがて、渦が一点に集まった後、凄まじい勢いで虹渦が膨れ上がり……そこには、新たな形となった家族の姿があった。


「あっはっは!! こいつは凄い。見事な万華じゃないかい!!」


 地面から頂までの大きさは、少年よりも大きく、広げられた翼は、軽々乗れるような立派なもの。尾羽根には、一つ一つが淡く輝く種が彩られ、夜を飛ぶ姿は流星のようなのだと容易に想像する事が出来た。


「はは、は……!! こんな立派になっちゃって……凄く、綺麗だよ」


 圧倒されながらも、少年は鳥に向かって歩み寄り、その頬へと触れる。ふわりと柔らかい花弁の触感は、いつも己の肩や指に乗っていた時のままだった。その様子を見て、魔女がゆっくりと、口を開いた。


「……我慢した言葉があるだろう? これだけ立派な万華鳥だ、可能性だってゼロじゃないよ」


 師のその言葉に、少年は一度目を閉じたまま、大きな家族の嘴と己の額を触れ合わせる、やがて、ゆっくりと口を開いた。


「帰って来て。どうか無事に、ここにまた帰ってきて。お別れなんて、したくないんだ……また、逢おうね」


 その言葉を噛みしめるように一拍の時間を置いた後、当然、と言わんばかりに万華鳥はその大きな翼を広げて応えた。やがて少年から少し離れると、ばさばさと翼をはためかせ、その身体をふわりと宙に浮かばせる。


 いよいよ訪れた別れの時だが、少年の表情は穏やかだ。徐々に高度を増していく虹色へと笑みを向け、手を振って見送った。

 

──その姿が見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも。






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 木々に囲まれた館の裏庭に、月明かりに照らされた魔花まかが淡く輝いている。


 薬の素材に魔術の触媒、飼料に祭事に観賞用、多種多様な用途がある一方で栽培が非常に難しいとされる魔花が一様に咲き誇る光景は、その難度を知る者であれば絶句する程のものだろう。


 そんな色取り取りの魔花畑まかばたけに、一人の青年が近付いてくる。歳は20を超えた頃。この土地では珍しい白髪の、精悍な顔立ちの青年だ。


 重たそうな水桶を2つ、右腕と左腕で軽々と運び、数年前より広くなった魔花畑を見渡した。


「よし、それじゃあ今日も、始めようか!」


 少年であった頃より体格も性格も大きくなった庭師は、早速作業に取り掛かる。



 手際良く作業を進める青年の頭の上に、ひらりと輝く花弁が舞い落ちて──

 

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