第8話 支配者の影

リシューユが用意した魔法陣をくぐると、湖畔から離れた丘の上だった。

眼下にはパンゲア平原が見渡せる。

でもジッと目を凝らすと、遠くの方に何やら違和感を見つけた。


「あれは……馬?」


平原の彼方にひとりいた。

後を追いかけるのは巨大なクモ。

とても大きくて体は茶色。八本の足には毛がビッシリと生え、顔面は悍(おぞ)ましい一つ目。血走った眼で、馬で逃げゆく人を襲っていた。

距離をグングンと縮めて行く。

……まずい、追いつかれるぞ。


僕はオーラを体の外に放出する。白いモヤが立ち込めてきた。

鋭い刃に変形させると陽射しが差し込み、剣身がギラリと輝く。

するとリシューユが慌てた様子で制止する。


「オメーちょっと待て!それを放つのか?人に当たるかもしれないぞ?」

「軌道を変えてみるよ」

「……できんのか?」

「やらなきゃ……殺られる」


僕は羽ばたく小鳥を狙うように、ジッと構えて的に集中する。

引き金に指をかけたまま、軌道を予想する……


「ブレイブ、今だ!」


女神の掛け声と共に、撃鉄げきてつを起こした。


――パアンと放たれた白い刃は、平原を疾走しグングンと伸びてゆく。

しばらくすると、駆け抜ける馬に近づいた。逃げ惑う人にぶつからない様に、軌道をズラして逃げる男の顔をヒラリとかすめる。

そのまま刃は直進し、魔物の腹にぶつかる。


「ピギャアア」


絶叫をあげ、クモはのたうつ。

オーラ越しに、肉に包丁を突き刺すような鈍い手応えを感じた。

僕は魔法の矢を四方に張り巡らせると、魔物は白のカーペットに囲まれた。先をとがらせ、弦を素早く引いて……放つ。

乾いた音と共に、おびただしい数の矢がバケモノに向かってゆく。


「アガアア!」


巨大クモは逃れようと必死に抵抗する。


「クッ動くな!うおっ」


バケモノの腹に刺さった矢をグリグリし続ける。

……すると、ぷちゅりと卵を割った感覚が伝わってくる。

その刹那せつな。蜘蛛は白目を剥(む)き地に伏せた。


「リシューユ。もう大丈夫だから、アリシアとジュリエッタのところに行ってあげて」

「おう!」


女神は少女達のいる湖畔へ戻って行った。

僕は丘の下を見る、さっきの人は無事か?


「あ、手を振ってる、おーい!」


丘をくだり、駆け寄ってゆくと。


「うわ……カッコいい」


馬上の男は、緑の長い髪。凛とした目つきに、鼻筋とアゴのラインがシュッとしている。騎士のような服装に青色のマントを身につけていた。

前の世界ではちょっと見たことのないイケメンだった。


「助けていただき、ありがとうございました。私はサリオンと申します」

「僕はブレイブ=マズダ。よろしくね」


すごい美形だ……背が高くて、スラッとしていて。ん、耳はとがっている、ということはこの人もエルフ族なのかな?


「妹を探そうとエルフの里から出発したのですが、その途中タランテラと遭遇してしまい……」

「タランテラって、あの化物のこと?」

「はい、まさか【業火】レベルの魔物が平原にいるとは……あの、失礼ですがブレイブ様は、ギルドの一等将の方でしょうか?それとも王立騎士団(おうりつきしだん)の英雄隊」

「僕は異国からきたんだ……遠くからね」

「そ、そうでしたか」


どういう経緯でこの世界に来たのか。

説明するのは難しそうだから、遠い異国から来た事にする。

でもエルフの里から妹を探しにきた……か、サリオンの髪は緑色。あれ?アリシアと同じ色だぞ。

 すると不意に魔法陣がスッと出て来た。奥から人影が三人。聞きなれた声が聞こえてくる。


「おーいブレイブ!そういやオメーがいないとアタイの姿が見えないから、やっぱ連れてきたぜ」


 リシューユがシシシと笑いながら、門の奥からやってくる。後ろからジュリエッタとアリシアがおずおずと歩いてきた。


「あ、ブレイブ!なあんだ、それじゃあこの魔法陣は、リシューユ姉さんの門だったんだ」

「ブレイブさん。ご無事だったのですね?ってあれ……お兄さま?」


「ア、アリシアか?おにいちゃんだぞ!無事だったのか。よかった!」


 お兄ちゃん?すると、もしかして二人は兄妹?


□□



 兄妹が思いもかけず再会した。しばらく話し込んだ後、サリオンは一緒に帰ろうと、アリシアに言う。けれど彼女は険しい表情でこう答える。


「帰りません。女神様にお仕えして、生きてゆくことを決めたのです。ね?ブレイブさん」

「私もエルフの里に帰らない。ブレイブ達と一緒にいる」


ジュリエッタも同じ口調で続けた。


「……」


サリオンは目をつぶり、口元をギュッとして黙り込んだ。そして


「まあ……二人の言うことはもっともか」

「サリオン、僕からもお願いするよ。彼女達に、神殿での奉公を手伝わせて欲しい。僕一人だと厳しいんだ」

「承知しました。ただ、父上と母上には二人の無事と、邪龍が討伐(とうばつ)されたことは話します」

「うん、是非そうして」

「それとブレイブ様、これを」


サリオンが取り出したのは、羊皮紙ようひしに似た紙だ。分厚い触感で、所々に折れ線がある。


「これはカラス便と言うものです。折り込んで、オーラを込めると所有者の元へ飛んでゆきます」

「分かった。連絡するよ」

「ありがとうございます。きっとみんな安心するでしょう。ブレイブ様、妹とジュリエッタの事、どうか。よろしくお願いします」


サリオンは深々と頭を下げて去って行った。彼方へ行く馬を見送ってると


「おう!ブレイブ、オメーちょっとは男をあげたんじゃないか?」

「あうー。な、なんだよ?」


後ろから、女神がこめかみをグリグリしてきた。


「ふふふ、ブレイブさん。私、嬉しい」

「アリシアにお兄さんがいたんだね」

「ええ、里の守備隊長を務めてます。父は里の族長です」

「え!そうなの?」


それじゃあアリシアはエルフのお姫様ってこと?


「生贄を決める時、リーダーが率先そっせんして犠牲になれと、領主に迫られました。そこで私とジュリエッタが選ばれたのです」

 

 そうだったんだ。でも、いくら村を救うためとはいえ、自分の娘を人柱ひとばしらに送るなんてどれほど辛かっただろう?

 するとジュリエッタが沈痛な面持ちでポツリとつぶやく。苦虫を噛み潰したような顔で、歯ぎしりをしながら。


「全て、ゴーツクが悪いのよ」

「ん?業突ごうつく?」

「イブリス帝国から送られてきた、領主よ。とても底意地そこいじが悪くて、弱いものイジメして……邪龍がエルフの里を襲った時も一人で逃げていたの。最低な男よ」


 優しいジュリエッタがハッキリと怒気(どき)を含んだ声で言った。同時に不穏な風が突き抜け、重い沈黙が流れはじめる。


「ま、オメーらここで話すのもナンだし、もう帰ろーぜ?ほら、暗くなってきた」


 女神にうながされ、僕らは帰り支度を始める。帰路ではアリシアとジュリエッタの二人とも、終始無言だった。彼女の後ろを歩いていても、背中から激しい怒りを感じる。きっと、ゴーツクに対するものなんだろう。


ゴーツクという領主が邪龍から逃げまわり、保身ほしんでアリシアとジュリエッタを、さし出そうとした。


――しかも、領主りょうしゅの後ろには、帝国という大きな力があった。だからエルフの皆、何もできず言いなりになるしかなかったのか。


 きっと、ゴーツクを追い出すことができるのは、エルフの里とも帝国とも何も関係のない、


――ただの異邦人(いほうじん)だけだろう。それは……誰だ?


「僕……か。」


僕は夕陽に染まる自分の影につぶやいた。

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イジメられっ子の僕。戦えば戦うほど強くなるスキルをヤンキーな女神から受け取り、異世界救いに行く《ヤンキー女神の空想魔法と冒険譚》 @abierto

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