第7話 シルーゼ湖畔

シルーゼ湖畔こはんのほとりは、まるで春の陽気。

穏やかな風が吹き、草木がなびく。湖は太陽の光を美しく反射する。僕とリシューユとジュリエッタ。そしてアリシアの四人は、ちょうどピクニックに来たところだ。


「ねえ、アリシアー見てよ。スゴく綺麗」


 両手を広げて、笑顔を浮かべるのはジュリエッタ。太陽のような、長い金色の髪。透き通った肌のエルフの少女だ。


「おう!ジュリエッタ、コケんなよ?」


 腰に手を当て、シシシと笑う女神はリシューユ。滑らかな赤い髪に白のベール。背はスラッと高くモデル顔負けの美女だ。……けれどもなぜかヤンキーっぽい喋り方をする。


「ちょっと……皆さん、待ってくださーい。って、わあ」


 後からやってきた緑髪の少女はアリシア、おっとりした目に丁寧な言葉づかい。優しい雰囲気のエルフだ。


「とても……素敵」


アリシアはうっとりして、湖を眺めている。

 

「だろ?ここはアタイのお気に入りの場所なんだ」


リシューユが得意げに言った。


――湖畔こはんの手前は、木陰こかげが並び、深い緑色が光る。

湖に近づけば、陽光ようこうが差し込み明るい黄色だ。

もう少し進むと、青色がユラユラと穏やかに揺れている。

奥は山々がそびえ、やまひだが白と黒のコントラストを生んでいる。

空を映す湖は、硝子ガラスの階段に宝石が散りばめられたように、鮮やかにきらめいていた。


「それにしてもあの二人、絵になるな」

「うん」


エルフの少女二人が、湖のほとりでパシャパシャしている。その様子がとても可愛らしい。まるで美しい絵画をみているようだ。

僕とリシューユはしばらく、無言だった。

ぽかぽかとした陽気に当てられ、幸せをかみしめるように、優しい沈黙が流れる。


――僕は、……ふと言葉を漏らしていた。


「しあわせな夢を見てるみたいだ」

「それはアタイの台詞だよ」


リシューユは目を細めて、優しい口調で言う。まるで聖母のような表情だ。彼女は時々そんな顔をする。

『リシューユ=マズダは光の女神』というのが、何となく理解できる。


「どういうこと?アタイの台詞……って」

「オメーが生きると選んだ事。魔法の世界に来てくれた事。エルフの少女を守る為に行動したこと。これらが奇跡きせきにしか思えねーんだよ」

「それはきっと、光の女神の加護かごだね」


女神から――コイツめ、とオデコを軽くポンとされた。

あ、そうだ。一つ思い出した事がある。


――僕がこの世界に来た理由だ。


「ねえ、リシューユ。一つ聞きたいことがあるんだけど」

「どうした?」

「ここに来たとき、魔王にヤキ入れて欲しいって言ったよね、……魔王について詳しく教えてよ」

「っん。そうだな」


リシューユは少し戸惑った表情を浮かべる……けれど意を決したように尋ねる。


「なあ、歴史の授業でアンリ=マンユって習ったことねーか?」

「うーん、聞いたことないなあ。親戚にアンリさんならいたけれど……」

「悪神アンリ=マンユ。オメーのいた世界では、祆教ゾロアスターきょうの神の名だ」

「そいつが……君が倒して欲しい【魔王】なんだね」


リシューユは黙って頷く。そして、湖の方を向く。

遠い目をしている彼女の表情をみると……とても、深刻だということを察せられる。そんなに……強いの?

 

「ああ……あれは何千年前だっけな。、アタイは悪神とはじめて相対あいたいした。その時、もうすでに世界は何もない砂漠だったよ。魔法の世界の人間を滅ぼした罰として、空常日照そらとこにっしょうの全ての神が悪神に挑んだが……手も足もでなかった」


魔法の世界の人間を滅ぼし、リシューユ率いる神々が勝てなかった?

それが、魔王なの?


「……ね、ねえ。リシューユの言う魔王って……ひょっとしてトンデモナイ奴じゃない?」

「だから言ったろー!チョーやべーって。オメーにしか頼れねーんだって」

「いや!そんな軽い感じで言われたら、分かんないよ」

「あ!あと、もしこの世界が魔王に滅ぼされたら、ついでに科学の世界もオワルからな?魔法の世界と連動れんどうしてっから」

「ポイントのオマケみたいに言わないでー」


……女神の言った通り、チョーヤベーだったんだ。全然、実感が無かった。

けれど、リシューユは腕を組んで快活に笑う。まるで何事もないかのように……


「まあ、何とかなるっしょ。負ける気しねーよ、魔法の世界はアタイの地元だし」


リシューユはシシシと笑いながら


「それにブレイブがいるからな」


 と言う。そんな彼女の顔を見ると、何故かホッとした。

僕らが立ち向かわなければいけない魔王というのは、とても強大な力を持っていて、落ち着いている場合じゃないんだろうけど……リシューユと一緒なら何とかなる気がしてきた。


 そうこう考えていると湖畔のほうから声が聞こえる。


「みんなーお昼にしましょうー!」


 パタパタとアリシアが駆け寄ってきた。もうお昼か、何だかんだ結構話し込んでいたんだ。でも、アリシアの料理は正直言って、終焉の大邪神エンデ・オブ・ネクロフィリア・ダークネスカオスだ。

 僕とリシューユの間に、緊張の糸がピシッと一気に張り詰められた。これから魔王と戦わなければいけない。


「あはは、今日は私がミシュメグを作ってきたのよ?だから


後ろの方から、ジュリエッタが救いの手を差し伸べてくれた。


「あううーブレイブ」

「うんッうんッ!」


世界の危機は去った。



□□


僕は体からオーラを放ち、それをシートのように草木の上に敷く。

楽しいお昼の時間だ。


「いただきまーす」


 ジュリエッタの手料理を頬張る。ミシュメグというのは、前の世界のサンドイッチに似ていて、パンのような生地に野菜と肉を詰めて油であげたものだった。

 でもパンよりは奥行きのある食感で、中に詰まった肉はムリウ牛と呼ばれるもの。ローストビーフを甘辛くしたものに似ていた。

 この世界の油って何だろ?サクッと噛めば、フワッとした香りが鼻をくすぐる。そして、肉汁がジュワっとして、野菜のアッサリした後味。


 あ、というより食材ってどこから買ってるんだろう?


「神殿から南東にゆけば、サンドリアの市場があるのよ?あ!あと、ゴメン!お金だけど、勝手に持って行っちゃった」


ジュリエッタは手をパチンと叩いて目をつぶる。リシューユは歯につまったミシュメグを指でこすりながら答える。


「いいっていいって、どうせ金なんてアタイらは使わねーし。なあブレイブ?」

「うん、全然問題ないよ。あ……でも二人が住むなら、お金は要るよね?どうしよう」

「地下の祭具殿に、財宝があったハズだぜ?しばらくは持つだろ」

「そっか。それなら大丈夫だね」


僕と女神は笑い合う。でもエルフの少女二人は


「いくらなんでも、それは悪いですわ」

「そうよ、やっぱりブレイブに迷惑かけちゃう」


目を伏せて、暗い表情を浮かべた。


「いやっ、そんなの気にしなくて良いんだよ?」

「ありがとう。やっぱりブレイブって優しいわ。でも」

「そうですわね。これ以上のご厄介になる訳には」


 雲行きが怪しくなってきた。何でアリシアとジュリエッタが出て行く雰囲気になるんだ?僕は救いの手を求めて、リシューユの顔を見る……けれど


「ちょ、マテよ。オメーら」


あうあうとテンパっていた。ダメだ女神でも何とか出来そうにない。


「じゃあさ、僕とジュリエッタとアリシアの三人で、女神様に奉公しない?」

「どういう事でしょうか?」

「三人が神殿を掃除したり、料理作ったり、女神の手助けをするんだ。リシューユはその対価に、お金を渡す。それなら、居づらくないんじゃない?働いているんだし。堂々とここにいていいんだよ」

「え?ええ、でもそれは……」


まだアリシアとジュリエッタはおずおずと戸惑っている。けれど、僕は明るい口調で。


「ね?キマリ。もう決定しちゃいました、二人に拒否権はありません。リシューユもそれで良い?」

「モチのロンだ」


こういう時は強引にした方が良い。誰かに必要とされてる……と思ってもらう事が大切なんだ。


□□


「あーお腹いっぱいになると眠くなっちゃった……」


さてポカポカ陽気で、キレイな湖畔だ

満腹を覚えると、睡魔が襲ってきた。


「お!それじゃあ、ブレイブにはさっそく奉公してもらおっかな?」


 リシューユが悪戯っぽい微笑みを浮かべていう。


「何すればいいの?」

「いやなー実はアタイ足がこっちゃって。オメーの頭を貸してくれ」

「貸してくれって?」

「ほれ、ここに頭を乗せろ」


 そう言って、リシューユは膝をポンポンとする。え?それって膝枕、どっちかって言うと、僕が奉公されてるんだけど

 ハッとアリシアとジュリエッタを見る。彼女達はニヤニヤと僕の顔を見ていた。


「ふふふ、それじゃあ私たちも女神様に奉公(ほうこう)しましょうか?

「さんせーい、でもリシューユの姉さんの足って細いからどうしよう?」

「そりゃあ、三人にはしかねーよな?くくく」

「え?えええ!」


 僕はサンドイッチに挟まれるハムになった。


「ね、ねえ、リシューユ。足のコリはとれた?」


頭部に優しい温もりを感じる。僕はリシューユから額を撫でられ続けていた。


「いんやー、何しろ千年分のコリだからよー、中々シツコクて。んー二人とも、もう少し寄ってくれ」

「ふふ、ブレイブさんってよくみると、まつ毛が長いんですね?」


 アリシアの髪から、甘い香りがフワッと流れてきた。整った眉の下にある、キレイな瞳でジッと見つめてくる。


「あ、ホントだ。それにほっぺたもスベスベしてる、えい」


 ジュリエッタが頬に手をかざす。腕には柔らかい感触と、クラクラする吐息が立ち込める。


 ――僕の睡魔は世界の彼方まで飛んで行った。


その時だった。不意に何か嫌な気配を感じる

内臓にウジ虫がジックリと這うような不快感。

二人がゴブリンに襲われていたときの感覚に似ている。

それは遠くの方から声が聞こえてきた。


……グぁ……ぅぁああ……


悲鳴だ。アリシアとジュリエッタの時と同じだ。


「どしたの?ブレイブ?」

「悲鳴が聞こえた……リシューユ、平原で誰か襲われてる」

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