第6話 聖女神殿のひととき

僕は廻廊かいろうの中庭にいる。

今日も良い天気でぽかぽか陽気。

ここでリシューユと話してるところだ。

話題はエルフの少女たちである。


「ねえ、リシューユ。ジュリエッタが里に帰りたくないって言うんだけど、一緒に住んでも……いい?」

「おう。別にかまわねーぞ」


 懸念してたことが、即答でOKになった。正直どういう風に切り出そう?と心配していたけれど……損だったな。リシューユはどんどん続ける。

 

「ぶっちゃけ、そりゃそうだろーよ。自分を生贄に捧げてまで、助かろうとする村に、帰りたいと思うか?アタイだったら、ぜってえブン殴ってる」

「リシューユだったら大丈夫だと思う。人柱ひとばしらには選ばれないんじゃない」

「どういう意味かなーブレイブくーん」


僕は女神にこめかみをグリグリされる。ご、ごめんなひゃい。

ん?でも、背中に柔らかい触感が伝わってくるぞ。

何だろう?ひょっとして胸?


「ところでよ、ブレイブ。オメーって今、どれくらい強いんだろーな?」

「前とあまり変わらないと思うけど」

「オメーは死ねない呪いを受けてんだろ?これは戦えば戦うほど、強くなるものだ。永遠に死ねない代償に……な」

「もう少し詳しく教えてよ」


 するとリシューユは唇に指先を当てて考えるしぐさをする。廻廊かいろうの中庭に風が吹き、女神の髪をサラリとなびかせた。


「んーそだな。前の世界にいた時、RPGがあったろ?モンスターとの戦闘で勝ったらお金と経験値がもらえるヤツ」

「うん、そのゲーム大好きだったよ」

「まあ現実には魔物を倒しても、お金は落ちない。ただ、経験は己の糧として積み重なり、それが強さになる」

「おおー、カッコイイ」

「ブレイブの場合、死ねないからな。まあ、分かりやすく言えば、ゾンビアタックだ」

「ゾンビアタック?うーん、あまりカッコよくないね」

「まあ泥臭いわな。けど、今のオメーはかなり強いと思うぜ。そだ、ダカーハを倒した時に白いモヤを出しただろ?アレ、もう一回見せてみ」

「わかった」


 僕は心と魂をつなげて、外に出すイメージをしてみる。すると、体から白いきりがフワッと出てきた。ユラユラと宙に浮かび、まるで風船のようだ。リシューユがそれをマジマジと見つめうる。


「これはオーラを【はなつ】の極意【つなげる】だ。今、オメーの魂とオーラは一つになって、時間と空間に調和している」

「……何言ってるのかサッパリ分かんない」

「オメーが【かんじた】ことを、この白いモヤでも再現できるってこった。例えば、剣をイメージしてみ?」


 言われるままに想像してみると……あ、白いモヤがグニャグニャと形を変えて、剣になった。


「それと…そーだな。アタイと初めて会った時のことを思い出してみろ」


 学校の屋上で一緒に夕陽を見たことを思い出す。すると、映画館のスクリーンみたいに平べったく広がってゆく。そして、映像が流れはじめた。屋上のシーンが映りはじめる。


「うわぁー便利」

「だろ?かんじた事を再現出来る。想像が創造になる。それが【つなげる】だ」


 リシューユが説明を一通り終える。でもピンと張り詰めた顔になった。どうしたんだろう?改まって……


「ただな…いくらオメーひとりが強くなれたところで、出来ることには限度がある。【死ねない呪い】で最強になれたとしても、無敵にはなれねえ。これだけは肝に命じておけよ」

「はーい」

「軽い返事だなー分かってんのか?っとにもう」

「僕知ってるよ、チョーシノンナ、って意味でしょ?」


 女神は呆れた表情を浮かべると


「ブレイブさーん、お食事の用意ができましたよー」


 向こうの方からアリシアの声が聞こえた。返事をして、僕とリシューユは大広間へと向かう。でも、リシューユの背中はどことなく寂しそうにみえる。


「……」

「どうしたの?リシューユ?」

「あ、ああ……いや。なんでもないさ。アリシアの作る料理って美味いんだろうなぁ……ってサ」

「あ……」


そうか……彼女は僕以外には見えないんだった。

仲良く食卓を囲んでも、リシューユだけは輪に加われないんだ。それは寂しい。何とかしたいなあ。

僕はふと、宙にプカプカと浮いている白いオーラを見上げる。

あ、そうだ!良いこと思いついた。きっと彼女もビックリするだろう。


□□



「おまたせー」

「もう遅いわよーブレイブ」


 大広間につくと、ジュリエッタが先に席についていた。僕はさっきの白いモヤを体から出して、絨毯のように床に敷いた。ジュリエッタは「何をしてるんだろう?」キョトンとした表情を浮かべる。


「あはは、ゴメンゴメン。ちょっと、話込んでいて」

「アリシアはキッチンで食事の準備をしてるよ。ところでブレイブ……その人は?」


 ジュリエッタは目をパッチリ開いて、僕の後ろを見る。視線の先には、本来見えないハズのもう一人だ。


「おまたせしましたー、ご飯ができましたよーって、あれ?ブレイブさん、その方は?」


 キッチンから出たアリシアも同じように尋ねた。リシューユは驚いて、目を白黒とさせた。喉に詰まらせたコルク栓を押し出すように言う。


「……ひょっとしてアタイのこと、見えるのか?」

「うん、二人に紹介するよ。僕の友達、リシューユ=マズダだよ」

「ちょっ、おい。ブレイブ、どういうことだコレ?」

「足元をみてよ」

「オメーのオーラを……踏んでる」


 女神の足元には、僕がさっき敷いた白いモヤがあった。


「ぼくが感じたことを再現できる……っていうことは、君の姿もこうして見せれる筈。でも上手くいってよかったよ」

「オメーってヤツは、くうー。あんがとよー」


 リシューユはギュッと僕を抱き寄せる。せっかく四人で住むなら、オシャベリできた方がいいもの。あれ?でも、アリシアとジュリエッタは口をパクパクして驚いてるぞ。


「ま、まさか…光の女神様ですか!」

「ここって、やっぱり聖女神殿だったの!?」


 震える声で言うと、二人はひざまづき、両手に手を合わせた。


「穢れを持ち込んでしまい、誠に申し訳ございません。私はあらゆる罰を…」

「お、おい。良いって、良いって。アリシアにジュリエッタ。そんな改まんなよ」


 え?どういうこと?アリシアとジュリエッタはリシューユの事知ってたの?というより、そんなに有名な神さまだったの?


「そりゃそうよ。リシューユ神といえば、光の女神よ。アンタ、一体どこから来たのよ?」


 違う世界だよ……って言わないけれど。


「ま、オメーら二人、落ち着くまでここにいろよ?な?ブレイブも同い年の友だちがいれば嬉しいだろーし」

「は、はあ」

「そうです…か」


 リシューユは頬に指を当てて、照れ臭そうにしてる。アリシアとジュリエッタは鳩が豆鉄砲を食らったように、ポカンとしていた。


「アタイのことは、アネさんと呼んでくれ、アネゴでもいいぞ?」

「僕知ってるよ。そういうの、シャテーって言うんだよね」

「おう、ブレイブ。オメー最近、一言多くなったんじゃないか?ウリウリ」

「ごめんなひゃい」

「っぷ、くすくす」

「ふふふ、何よ。まるで仲の良い姉弟みたい」


 アリシアとジュリエッタに笑われた。というより、リシューユは僕の頭の上に、大きな胸をドスンと乗せてコメカミをグリグリしている。それを見られるのって……ちょっと恥ずかしい。


「ま、まあ、とにかくご飯にしよ?僕、もうお腹ペコペコなんだ」


 そうだ、三日間寝っぱなしだったから、もう背中とお腹がくっついてる。


「ふふふ、お持ち致しますわね」


 アリシアはパタパタとキッチンに入っていった。緑の髪で目はおっとり、口調も丁寧で優しい女の子だ。きっと料理も上手に違いない。結婚すれば、家庭的な奥さんになるんだろうなあ。


「ねえ、ジュリエッタ。アリシアの手料理って食べたことある?」

「ううん。私もはじめて、だから楽しみ。ブレイブが目を覚ましたら、きっとお腹を空かせるハズといって、準備してたのよ?」

「わああ、嬉しいな」

「モテモテじゃねーか、オメーよ。シシシ」

「ねえ、リシューユも食事するのって久しぶりなんじゃない?」

「おうよ、メシも久しぶりだぜ。言っただろ?こっちの世界でも、向こうの世界でも、ブレイブと出会うまでの千年間、アタイは誰とも話出来なかったんだから」


 そっか、そう考えるとリシューユも寂しかったんだ。でもよかった、こうして一緒にテーブルを囲めたもの。


「お待ちどうさまー」


 そう言って、アリシアはエプロン姿でニコニコしながら出てきた。とても柔らかい笑顔で、見ている僕たちも優しい気持ちになれる…しかし。両手に持っているのは混沌だった。


「はい、どうぞ。エルフの里の郷土料理。ミシュメグです、ふふふ」


 もちろん、ミシュメグがどんな料理なのか、皆目見当もつかない。でも…なんだこれ?邪龍に消し炭にされた家よりドス黒いぞ。

 アリシアはニコニコ笑う。お皿もキレイだ。ただ盛り付けられた中身が、暗黒のナニかなんだ。それ以外に表現のしようがない。


 リシューユとジュリエッタの顔を見ると、彼女達も固まってる。あ、でも見かけが悪いだけで、食べてみれば美味しいのかもしれない。前の世界での、イナゴの佃煮やハチノコみたいな感じで、ミシュメグも同じなんじゃないか?

 アンコウだって、そのままの姿だと気持ち悪いけど、鍋にすると美味しいじゃないか。きっとそうだ。


「ハハ、それじゃあいただきまーす」


 そう言って、漆黒を口にする…と、塩と砂糖を一緒に舐めて、あとから泥水をぶっかけられたような味がした。


「どうですか?ブレイブさん?」


 アリシアは目をウルウルさせて聞いてくる。うう、そんな顔で見られたら、本当のことなんて言えないじゃないか。


「お、美味しいよ。作ってくれてありがとう。アリシア」


 すると、アリシアの顔がパアと明るくなった。まるで曇天の空に一筋の光が差し込んだかのよう。


「まだまだおかわりも沢山ありますからね?」


 でも一方の僕は、その一言で絶望の淵に落とされた


「あ、そうだ私ちょっとトイレ」

「あ、アタイも神々の打ち合わせがあるんだった」


 リシューユとジュリエッタは立ち上がろうとするけど、僕はガシッと両方の肩を掴む。


「どこ行くの?二人とも、僕たちは一蓮托生いちれんたくしょう、死なばもろとも……じゃなくて、死ぬときは一緒だよ。さあ、席に座ろうよ?」


 リシューユとジュリエッタは観念して、席に着きオズオズと料理に口をつける。すると、二人の体に稲妻が走ったのが、端から見てよく分かった。


「ど、どう?ジュリエッタ…」

「あ、うん!お、オイシイ!オイシイよ!アンタと親友で本当に…もう、グスッ」

「よかった、それで…あの、リシューユのアネさんはいかがでしょうか?このミシュメグ、実は少しメルメン風にアレンジしてみたのですが」

「あ、ハハッ。アタイも千年ぶりにメシ食えて、もう嬉しくて…悔しくて、あんがとな。あとブレイブ、オメー後で、体育館の裏にツラ貸せよ」

「うんッうんッ。体育館の裏でも、どこでも行くよ。これを乗り切る事が出来るなら」


 僕たちの食卓は、阿鼻叫喚あびきょうかんとなった。ただアリシア一人がニコニコとしていたから、それで良かった。

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