第5話 新しい朝
明け方の平原は
冷たい風が僕の肌をかすめてゆく。
おや?山の向こうから、うっすらと光が見えてきた。
……じゃあ、一晩中戦っていた事になるのか。
「ウッソだろ……パネエわ。オメー、マジで、うわー」
女神は口をあんぐり開けて、もうかれこれ何千回と同じ事を言ってる。
僕は今、ダカーハの首を
――やってみると、何とかはなった。
……もちろん何百回も殺されて、熱かったり痛かったりしたけど、スキル【死ねない呪い】がある限り何度でも蘇生できる。
心が折れない限り、負けることはない。
勝つ事より大切なこと……それは負けないことだった。
「ブレイブ、昨日はキツイこと言ってスマン。アタイが間違ってたよ」
「気にしてないよ。僕一人だと戦えなかった、リシューユが傍にいてくれたおかげだ」
「はうー。オメーってやつは」
「帰ったらこの首を二人に見せて安心させて、その後は……もう寝よう」
――草原を数刻歩いてると、やっと聖女神殿に近づいてきた。
……けれど、あれ?人影が見える。あそこに誰かいるな?
それは、見たことのあるシェルエットだった。
女の子が二人、あれは……アリシアとジュリエッタだ。もう出発したのか。
「おーい!アリシアー!ジュリエッター!」
僕は彼女達に駆け寄る。あ、振り向いたぞ。
「アハハ、もう行かなくていいよー!邪龍はやっつけたから!ってあれ?ちょっと待ってよ!何で逃げるのー?」
僕は龍の首を持ち上げながら、逃げる女の子をひたすら追いかけ回す。
傍から見ると、ちょっと危ない人かも。
……するとジュリエッタが振り返り、驚いた様子で僕を見る。
「ってあれ?あれはブレイブじゃない。え、その首って、どうしたの?キャー!アンタ、血まみれじゃない」
「ブレイブさん。お気を確かに!今、ヒーリングを致しますから」
「いや、大丈夫だよ。……ほら、コイツが君たちの里を襲ったんでしょ?」
僕はドスンと担いだ首を落とす。
アジ・ダカーハの生首は恐ろしい形相をしていた。
白目を剥いて、天を仰いでいる。
それをみたアリシアとジュリエッタは口元を手で押さえ、思わず息を飲んだ。
「え…これ、アジ・ダカーハ?ひょっとしてアンタが倒したの?」
「もう……
「そ、そうなんですか?…ゆめ、じゃないのですね」
アリシアはぺたんと地面に座った。身体の力が一気に抜けたんだろう。腰を抜かした様子だ。
「グスッ、ヒック。こ、こわかった。こわかったよ。ヒック」
「うん、うんっ。よかった、よかったね」
アリシアとジュリエッタは互いに抱き合う。安堵した空気が流れる。僕もホッとした。
「は、はは。よかった。ぼくも、もうダメー」
ドシャリという音とともに、僕は意識を手放してしまった。
…………………
……………
………
…
――夢をみていた――
僕は今、
「ぐわああ!」
もう何度目だろう?火炎(かえん)に何度も全身を焼かれた。
血管に
しかも煙が立ち込めて、息が苦しい…
――けれど意識を失うことはない。
受けたダメージも、みるみるうちに治っていく。
これが【死ねない呪い】ということか。
どうせなら痛みも感じなければ、ありがたいんだけど。
僕はヨロヨロと立ち上がる。
アジ・ダカーハはギギギと笑い、夜空を飛んでいる。
――とても痛くて、苦しくて、怖い……
アリシアとジュリエッタは、こんな思いで死ぬところだったのか?いや……もしここで、僕がダカーハを倒せなければ、彼女達は同じ目に遭ってしまうんだ。
――大丈夫、僕はただ痛いだけじゃないか。
それもすぐに治ってしまう。けれど、あの二人はそうじゃない。
一度殺されてしまえば、これからの未来も全て奪われてしまう。
しっかりと目を開いて、上空にいる邪龍を
「グ、グスッ。も、もういいよ、ブレイブ。それ以上、立ち上がるな。見ちゃいられねーよ」
リシューユはずっと泣いていた。
口では、オメーなんかにダカーハは倒せるかよ、なんて言ってたけれど、
――ずっと心配してくれてたんだ。
ずっと案じてくれていたんだ……。
勇気が出てきた。
とても酷い状況だけど……
僕の両手足の皮膚は焼け焦げ、骨まで見えている。
けれど、どういう訳か……それほど大したことじゃ無い様に思えてきた。
スキル【死ねない呪い】が痛みを和らげてくれているのもあるけれど……
そうじゃない。
今、僕の中に何かが戻ってきたんだ。
前の世界で失っていたものが、胸の中に還ってきたんだ。
――それは心だ。
僕は意識を集中して、ゆっくりと【かんじる】
そして心を肉体から放つ。
すると、白いモヤが出てきた、ユラユラと揺らいでいる。
これが……魔力か。
僕は邪龍に向かって呼びかける。
「ダカーハ!こっちだ!」
その瞬間、宙で踊る大蛇が迫ってきた。
僕は
連なる家々を抜ける
邪龍も後に続く。
背中に熱い息と鋭い殺気を感じる。
……ダカーハがすぐ傍まで追いかけているんだ。
「ハアッ……ハアッ」
追いつかれまいと必死に走る。
心臓の鼓動がバクバクと聞こえる。
向こうに出口があった、一気に駆け抜け外へ出る。
「グアッぁ!……」
背中が熱い――切られたんだ。
振り返ると、ダカーハの顔が迫ってくる。
けれどビタリと大蛇の動きが止まった。
さっき放ったモヤを廃墟の入口に忍ばせておいた。
それが鳥モチのようにダカーハを捕えたんだ。
「あ、たたた」
激痛に耐(えながら、何とか立ち上がる。邪龍は振りほどこうと必死に暴れまわっていた。
「ブレイブ、これを」
すると、リシューユは弓を取り出す。金色に輝く弦だった。
それを取り、ダカーハに向ける。
女神も後ろから手を重ねてくれる。
脇をしっかりと締め右手を引くと……弦の緊張が増した。
――そして……放つ!
瞬く間に、ダカーハの首はヤブサメのように、飛んで行った。
パアァンと滑らかな弧を描き、そしてドスンと地に落ちる。
……次第に禍々しい夜に、穏やかな
「は、はは。やった、やったんだ。ね、リシューユ、僕できたよ?」
「わああん!ブレイブ!ブレイブ!わああ!」
女神は号泣しながら、キツく抱きしめてくれた。
酒臭くて、
ヤニ臭くて、
でも優しい香りだった。
ふと山をみると、朝日が差し込んできた。柔らかい風が吹く。
…
………
……………
……………………
段々と意識がハッキリとしてきた。身体が重いけれど、今まで寝ていた事を自覚し始める。
完全に目が覚めるけれど、五感は柔らかさに包まれていた。
――ここは寝室だろうか?
ひょっとして隣にリシューユがいるのかな?
でも、なんか様子が変だ。細いというか、小さいというか、
視界がハッキリして、隣を見ればリシューユじゃなかった……アリシアだ。エメラルドのようなキレイな緑の髪、目はおっとりしてる。
「あ、よかった。目が覚めたのですね」
「って、うええ!ご、ゴメン!」
「別にいいのですよ。寝ぼけてらしたのですよね。ふふふ」
あれ?なんか、私分かってますから、みたいな目で見られてるぞ。
「ブレイブさん、三日間眠ってらっしゃったのですよ?このまま目を覚まさなかったらどうしようって、ジュリエッタも心配しておりました」
「うわ、そんなに寝てたんだ。あ」
気がつくとお腹がギュルルと鳴っていた。何だか恥ずかしい。
「ふふ、お腹すきましたよね。失礼ながら、ここのキッチンを使わせて頂いてたのですが、何かお作りしましょうか?」
「わあ。ありがとう」
□□
アリシアが食事を作ってくれてる間に、僕は大浴場へ向かった。
三日間もお風呂に入ってなかったら、さすがに汗で気持ち悪かった。
浴室に入ると龍の口から、お湯が流れる。とても心地良い。
「ぷふーう!ゴクラク」
と、リシューユのモノマネをしてみる。横をみるとガラス一面の窓から中庭が見渡せた。今日もいい天気だなあ。
――カコン
ん?何か物音がするぞ。でも浴場には僕しかいないハズ。リシューユが入ってるのか?
「え…ブレイブ?」
振り向くとそこにはジュリエッタがいた。それも一糸まとわぬ姿だった。
「う、うわッ!ジュリエッタ?ゴメンよ」
「あ、はは。ううん、別にいいわよ。それより、少しお話ししない?」
「うん 」
でも僕らは何も話せず、浴室に気まずい沈黙が流れはじめた。しばらくすると、ジュリエッタは声を振り絞るように尋ねる。
「もう起きても大丈夫なの?」
「うん。怪我はもう全て治ってるから大丈夫だよ」
「そっか。ねえブレイブ。その……助けてくれてありがとうね?」
「いいよ。泣いてる女の子をほっとけないもん」
「優しいのね」
でも言葉とは裏腹に、ジュリエッタの表情は沈んでいる。
「どうしたの?」
「え?あ、うん……いくら、ダカーハがいなくなったと言っても、もう私たちはエルフの里には帰れない。ううん、帰りたくない」
「じゃあ、ここで一緒に住もうよ。もちろんアリシアも一緒に」
「いいの?ブレイブに迷惑かけない?」
「むしろ助かるよ」
金髪の少女は朗らかに微笑んだ。僕も笑った。
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