第4話 人柱
僕の目の前には、美しいエルフの少女が二人いる。
「助けて頂き、ありがとうございました。私はアリシアと申します」
「う、うん。よろしくね」
一人目はおっとりして大人しそうな雰囲気だ。緑の髪はエメラルドのように鮮やかで、尖った耳先にはピアスがしてある。まつ毛は長く背は僕より少し低い。肌は
「私はジュリエッタ。よろしくね」
「は、はい!」
二人目は金色の前髪は整っていて長い。白のワンピースで、身体の
リシューユは口笛を吹きながら、腰に手を当てて言う。
「ひゅー、マブいねえ」
「うん。前の世界でも、見たことないよ」
「あん?アタイがいるだろー」
僕は再び女神からグリグリされた。あううー。ひょっとして君もカウントされるの?ん、アリシアとジュリエッタが変な顔で見てるぞ?
「あ、あのー貴方。一体、誰と喋ってるんですか?」
「誰って、隣にいる神と喋ってたんだよ」
「え?あっ…は、はは。そうなんですか。へえースゴイ」
ん?ジュリエッタとアリシアが後ろへ退いていく。
僕と彼女達の間にピシっと見えない壁ができた気がする。
ま、まずい。気まずい空気が流れてきたぞ。何か話を振らないと。
うーん、どんな話題が良いのかな?あ、そういえば自己紹介がまだだった。
「僕はブレイブ。ブレイブ=マズダって言うんだ。二人の家はどこ?よかったら送っていくよ」
「あーうん、それなんだけどね」
ジュリエッタが気まずそうな返事をする。ひょっとして何かヨコシマな考えがあると思われているんじゃないだろうか?
「じゃあ僕の家に来なよ?って、いや!違うよ!変な意味じゃないから。って僕何言ってんだろ……。あはは……。ねえリシューユ、いいよね?この二人を連れて帰っても」
「おう!アタイは全然構わねえけど、この子たちオメーのこと、変なヤツだって思ってんぞ」
あ!アリシアもジュリエッタもジト目で僕を見てる。しかも心なしか、後ずさりしてるぞ。そっか、リシューユの姿は僕以外には見えないんだっけ、今まで独り言を言ってたんだ。そりゃ警戒するよな。
「あ、あううー。お願いそんな目で僕を見ないでー」
「…っぷ、くすくす。どうします?ジュリエッタ?」
アリシアは僕の顔を見て吹きだした。正直何が面白いのかよくわかんない。
「んーまあ、悪い人じゃなさそうだし、いいんじゃない?」
ジュリエッタもヤレヤレといった表情を浮かべる。でも快く同意してくれた。
□□
さて僕はエルフの少女二人を連れて、聖女神殿の玄関に帰ってきた。でも二人とも驚いている。
「わあ、すごく大きい……門がずっと続いていますわ」
「いやいや、ウソでしょ?……これブレイブの家?」
正確に言えば女神の神殿だけど。……まあいいか。ジュリエッタとアリシアにはリシューユの姿が見えないんだし、僕の家という事にしておこう。
「ま、まあ上がってよ二人とも。遠慮しなくていいからさ」
「失礼します」
「おじゃましまーす」
僕はアリシアとジュリエッタを案内して、大広間のソファーに座ってもらった。
――久しぶりのおもてなしだ。
出来立ての熱いダージリンを用意して大広間に戻る。するとアリシアとジュリエッタが何やらコソコソ話していた。
二人とも部屋の中央に置かれた石像を見ていた。それは天井まである大きな彫刻だった。両手を合わせてお祈りのポーズをしている。とても穏やかな表情で、リシューユが黙っている時の顔によく似ている。
「ね、ねえ。これって光の女神様の御神体(ごしんたい)じゃない?」
「そうよ。え?ちょっと待って。まさかここって、聖女神殿(せいめがみでん)?」
エルフの少女二人は何かに気付いて、驚いた表情を浮かべる。
「二人ともーお茶が入ったよー」
テーブルに紅茶を置いた。ゆずに似た香りがする。これは神殿の廻廊に咲いていた花をブレンドしたもので僕の自信作だ。我ながらうまく出来てるぞ。
「ミルクはここにあるから、あと砂糖は」
「あのブレイブさん、ここは神殿ですか?」
「うん、そうだよ。あ、しまった。レモンの残りがあったんだ。とってくるね」
「ちょ、ちょっと待ってよブレイブ。ここにある石像って……リシューユ様だよね?」
「え、ジュリエッタ。リシューユの事知ってるの?」
「当たり前よ。というか、この世界でリシューユ様を知らない人っていないわよ」
僕は違う世界から来たから分からない……
「まあまあ二人とも座ってよ。とりあえずお茶とお菓子にしよ?」
「うん!ありがとう。わあ、いい匂い」
「落ち着きますわね、あら?美味しい」
アリシアの表情が緩む。潤んだ瞳と蒸気を帯びた頬。心なしか、安堵が戻ってきた様子だ。
――そりゃそうだ。さっきまでゴブリンに襲われていて、とても怖い思いをしたんだもの。
「へへ。そうでしょ。実は前の世界にいた時、お茶の淹れ方だけは得意だったんだあ」
「ブレイブさんって面白いですわね。ふふふ」
「ねえ、ブレイブの育った国ってどんなところ?」
「うーん、電車や車があって、テレビやインターネット、それと学校があるだろ」
「デンシャ?テレビ?」
「あ、はは。まあ、とにかくメンドクサイ世界だったよ。みんな余裕がないみたい」
「ふーん、じゃあ私たちのいた、エルフの里とあまり変わらないんだ…」
「え、そうなの?」
何だか気まずい空気が流れはじめた。喉の奥にコルク栓を詰めたような、息苦しさを感じる。
「何かあったんでしょ?はなし聞くよ」
二人は困った顔をして、互いを見合わせた。けれどポツリポツリと、彼女たちの事情を話してくれた。
…………………
……………
………
…
「ええー!
エルフの里が邪龍アジ・ダカーハに襲われた。
恐ろしく強い魔物の前に、多くの若者たちが挑んだ。
……けれどなすすべなく全員殺された。
逃げ惑う人々の前で邪龍は
『生娘を生贄に差し出せば許してやる』と言った。
そこでジュリエッタとアリシアが選ばれた。
今、彼女たちは邪龍の住む古代遺跡に向かう途中らしい。
「……ヒドイよ。せっかく助かったのに」
「ハハ……まあ、あたし達は覚悟を決めてるんだけどね。ゴブリンに殺されてたら、人柱にすらなれなかった。ブレイブには感謝してる」
ジュリエッタは明るい口調で話す。ケラケラと笑う顔は、まるで何ともなさそうな様子だ。
「これもエルフ族の使命。私たちは誇りを持って、死に行くのです」
アリシアは目を据えて、
「そんな、そんな事って……」
「ブレイブさん、どうか私たちのこと覚えていて下さい。時々で良いから思い出してくれれば、それが一番嬉しい」
「ありがとね。紅茶、美味しかった」
「……」
僕は何も返せなかった。二人の強い意志を感じて、言葉が詰まってしまった。
どんな言葉をかけても、空回りする気がした。
――これから……死にに行くのか?
人柱になるために、アリシアとジュリエッタは今日助かったのか?
□□
夜の聖女神殿はとても静かだ。まるで、自分の心臓の音すら聞こえてきそう。アリシアとジュリエッタが就寝したあと、僕と女神は大広間のソファーに座って話し合ってる。リシューユは相変わらずワインを飲んでいた。
「あの二人を救いたい、方法は無いの?」
「まあ邪龍を倒すしかないな。古代遺跡と言えば、ここから北東の方角だ」
「北東だね?……僕行くよ」
「……オメーよ、まだ剣も魔法もロクに使えないだろ?言っとくがアジ・ダカーハは科学の世界でも暴れまわっていた、最悪の厄災なんだぞ。勝てるわけないだろ」
「でもリシューユ……見殺しにしろって言うの?」
「それに見合う実力が、ブレイブにあんのか?」
「でも……行くしかないよ」
「やめとけ。オメーにはムリだ」
「もういいよ」
そう言い残し、離れの寝室へ向かう。
「グスッ……ヒック」
……泣いている。僕の位置からだと、廻廊の石段は遠い。だからよく見えないけれど、二つの人影は抱き合っていた。互いを慰めるように。ガタガタと震えている。
――僕には分かる。
泣いてるんだ、
怖いんだ、
悔しいんだ、
悲しいんだ、
淋しいんだ、
死にたくないんだ。
そうだ。本当は……本当は。死にたくないんだ。そうだよ。昨日死にたかった僕だからこそ、明日死にゆく少女の気持ちが分かるんじゃないか。
「……大丈夫だよ。僕が代わりに――」
僕は気がつけば、神殿の入り口にいた。空を見ると満天の星がダイアモンドのようにキラキラと輝いてる、今夜もいい天気だなあ。
「じゃあ……行こっかな」
僕は一歩踏み出そうとする。……すると
「おう!オメー、どこに行くんだ?」
と声が聞こえる。振り返るとリシューユが立っていた。腕を組み仁王立ちしている。険しい表情で、でもとても心配そうな目で僕を見つめる。
「邪龍を倒しに行くよ」
「倒されに行くの間違いじゃねーか?オメーがダカーハに勝てるかよ」
「……勝てるまで戦ってみる」
僕はなるべく軽い口調で言う。でもリシューユは対照的に沈痛な面持ちで告げる。
「なあブレイブ。【死ねない呪い】ってのはな。肉体が死ねないだけだ。想像を絶する苦痛を味わえば……心は死ぬんだぞ?オメーはまだ分からないだろうけど……」
「でも僕がそれを恐れたら……代わりにアリシアとジュリエッタが死ぬよ?だから……僕は行くと決めた」
「そか。そこまで腹括ってんだナ。アタイも一緒に行くぜ?」
「一緒に来てくれるの?」
「たりめーだろ。オメーを独りにはしねえよ」
女神はどこか嬉しそうに微笑む。そして、僕とリシューユは邪龍のいる古代遺跡へと向かった。
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