第3話 開眼
――ある晴れた日、僕と女神は丘の上にいた。
ここはどこまでも広がる草原だ。
風は温かく、
空はガラスのように透き通り、
太陽はまばゆい。
「じゃ早速はじめるか」とリシューユは足元に咲いていた花をプチンと手に取る。
そして、両手を広げながら
「さあさあお
すると、女神の指先から花びらがスルリと離れると宙に浮かんだ。
スイレンのように、空の上でプカプカとしている。
な、なんだこれ?
ひょっとして……手品?
驚く僕を見て、リシューユはニヤリと微笑む。
「フフン。あ、さて!あ、さて!さてーはパーンゲア玉すだれ」
花びらが一枚一枚分かれて、クルクルと回り始めた。
それは、オルゴールの人形のように可愛らしく踊っている。
「す、すごい!」
「だろ?これはオーラを『はなつ』ことで花を浮かばせているのさ。お次はコイツだ。テレテテテテ、テーン、ドドヅヅチャチャ、ティーンタター」
リシューユは鼻歌でBGMを歌いながら(ちょっと音痴)指先を花びらに触れる。
――するとキラリと小さく光り、青から赤へと変わった。
「うわあ……」
「言っとくが手品の類じゃないぞ?本当に色を変えたんだ。これがオーラを【こめる】と言うんだ。ありとあらゆる魔法の基礎だぞ」
「ね、ねえ……どうやったらできるの?」
「ま、目つぶってみ」
僕は言われるままにまぶたを閉じる、世界は真っ暗になった。
「何を感じる?」とリシューユの優しい声が耳元で聞こえる。
――何を感じる……か
草原、山、青空。暖かい風が吹いて気持ちいい。
安らかで、優しい感覚。
包まれるような気持ちになる。
「そう、それが【かんじる】だ。それは魔力の源。【こめる】【はなつ】に応用すると魔法になるんよ」
「へえー」
でも具体的にはどう使えばいいんだろう?
「なあブレイブ。もう一度目ェつぶって、感じた事を体の外に出すイメージをしてみ?」
言われるがまま、僕はもう一度目をつぶる。
安らかさ、穏やかさ、優しさを心にこめて身体の外へ放つイメージをしてみる。
すると……フワッと身体が軽くなった。
え……なにこれ?
「マ、マジか。お、おいブレイブ、目を開けてみろ」
リシューユの驚く声が聞こえる。
どうしたんだろう?
ゆっくりとまぶたを開いてみると……
「うわあ」
――世界が明るくなると、辺り一面の花が宙に浮かんでいた。
ここは、まるで空に浮かぶ花畑。
黄色い花や赤い花、青い木の葉が辺り一面に舞っている。
太陽の光が差し込むと、空に踊る花びらが虹色に輝き、
それぞれが、宝石を散りばめたかのように反射している。
あ、リシューユの方を見ると、口を開いてビックリしてるぞ。
「オメーやっぱ素質あんだな」
「えへへ、スゴくキレイだね。これ」
「ブレイブ、ちょっとよく聞いてくれ」
リシューユは改まった様子で言う。
切羽詰まった表情だから僕も構えてしまう。どうしたの?
「オメーの強みは三つ、一つはアタイとこうして会話出来る事。言っとくが
「え?君って……そんなに偉い神様なの?」
「ヤロー」
またこめかみをグリグリされた。
うう……だって、口調だってべらんめえだし、お酒もよく飲むし、偉そうな女神には見えないんだもの。
「リ、リシューユ……ギブ!ギブッ!」
「こほん、二つ目は科学の世界から来たことだ。オメーは文明の
「へえー」
「いや……もうちょっと何かリアクションしろよ。スゲーんだって!」
「ううーん。なんか実感がわかなくて」
「まあそっか。では最後の三つ目。これが一番重要なんだが、オメーにはスキル【死ねない呪い】がある。死ぬことができない見返りに、戦えば戦うほど強くなる」
「永遠に死ねないって、強さの代償になるの?」
「まあいずれ分かるさ。……色々とな」
リシューユは少し寂しそうな表情だった。
不死って一見魅力的だけど、実際は違うんだ。
何となくだけど、彼女が言いたいことは分かる。
――【死ねない呪い】
そう……これはあくまでも『呪い』なんだ。
僕はもう死ねない。
でもきっと、これは受けるべき報いなんだろう。
なぜなら前の世界で、自分自身を殺めようとしたからだ。
だから罪を償わないといけないんだ。
いろいろ考えていると、女神は僕を見つめる。
まるで、考えていることを見透かしてるかのようだ。
リシューユはスッと表情を変えて微笑む。
僕の肩をバシバシと叩きながら
「ま、とにかくだ。オメーはスゲエんだから自分に自信を持てってこった、シシシ」
「うん!ありがとう。って、ん?あれ?」
「どした?」
何だろう。一瞬何かが聞こえた気がする。
――……ケテ……
誰?僕を呼んでいるの?
――たす……て
な、なんだ……?小さくて高い声だ。これは……女の子の声?たす……けて。助けて?
「ねえリシューユ、助けてって言わなかった?」
「いや…言わないぞ。空耳じゃないか?」
「ちがう、確かに聞こえた。確かに聞こえたんだ」
どこだ?どこにいる?
ここは穏やかな草原だ。
辺りに
……僕はじっと目を凝らして意識を集中する。
向こうに見える山
こっちに見える丘
あっちに見える湖
辺りをグルっと見回す
……そして次は森。
ん?なんだ……この不快感。
喉にコルク栓を詰められるような……
血管にウジ虫を入れられるような……
全身の神経を蛇に舐められるような……
そんな凄まじい不快感がする。
そうか分かったぞ……森だ。
「あそこだ!リシューユ!あの森で誰か襲われてる」
「まかせとけ!あの森だな?」
「うん!」
□□
僕はリシューユの操る
すると、目の前には一台の馬車があった。
けれど、そこには人間はいない。
代わりに緑色の小人がベッタリと張り付いている。
しかも、右手には短刀を持ってるぞ。
馬車を見たリシューユはハッと驚く。
「ありゃ……ゴブリンだ!」
「リシューユ……君の剣を貸して」
リシューユは霊体だから、僕以外の物質に触れる事ができない。
つまり……馬車を襲っているゴブリンと戦えるのは僕一人だけだ。
「一人で行くのか?」
リシューユは心配そうな目で僕を見る。
僕にあるのは、昨日女神から習った剣技の基礎と……スキル【死ねない呪い】。
戦える条件は揃っている。
……そう、後は僕が、少しの勇気を出せばいい。
女神の目を見て言う。
「もちろん」
リシューユは僕の顔を見て、察したように告げる。
「そか……ならブレイブ、これを持て」
彼女の手が光ると剣が現れた。
それを両手で受け取ると、重くてズッシリした感触が伝わる。
剣身はギラリと銀色に光っていた。
鏡のように、僕の顔が映る。
「いいか、負けるなよ?オメーが負けたら、中にいる人が……」
「分かってる、ハアッ」
僕は最後まで女神の忠告を聞かず、馬車に向かって走り抜けた。
まずは窓ガラスにへばりついてるお前だ。
両手でしっかりと柄を握り、腰の反動を活かし、緑の背中めがけて振り下ろす。
「ギギ?グギャー!」
ゴブリンの身体は瞬く間に真っ二つになった。
紫色の鮮血が飛び散る。
少し目に入って視界が悪くなった。
魚が腐ったような匂いが、辺りに立ち込める。
「グギ?」
「グヒャ!」
窓の向こう側にいたゴブリンが気が付いた。僕は、彼らに向かって腹の底から声を出す。
「こっちだ!」
次の瞬間、僕は馬車の反対側へ駆けぬた。
チラと振り返ると、二匹の小鬼も後から追いかけてきた。
しばらく走り抜けると、僕はクルッと振り返る。
二匹の速さはそれぞれ違うから、手前側と後ろ側に分かれた。
……しめたぞ。
僕は手前側の喉にめがけて剣をぶち込んだ。
ゴブリンは白目をグリンと剥(む)いて
差し込まれた剣を抜くと、血が噴水のように溢れ地に伏せた。
これで二匹目。あとは一匹。
「ハアッハア、最後だぞ」
ゴブリンはじっと構えてこちらの様子をうかがっている。
両者の間に――ピンとした空気が張り詰める。
しばらくジリジリとした沈黙が流れる。
――額から汗が流れる。
一筋の滴が
その
それが大きな隙となった。
「グギェエー!」
ゴブリンはカエルのように飛びかかってきた。
しまった、間合いに入られた。
僕はとっさに飛び退いて、襲い掛かる短刀を躱した。
ゴブリンは反対側へ着地する。
けれど……反動でぐらぐらと姿勢がくずれた。
――今が
僕は持っていた剣を捨てて、ゴブリンとの間合いを一気に詰める。
ゴブリンの眉間に蹴りを入れると、後ろに飛んでいった。
その衝撃で短刀を落とした。
僕はゴブリンの短刀を奪いとり、腹の上にのしかかる。
「グギャ、ギヒャ」
「おお!」
短刀で喉を突き刺す。
ゴブリンは、鋭い爪で僕の両手を掻き必死に抵抗する。
絶叫を上げるけれど、次第に
プツリ……と何か切ったような手応えを感じた。
――終わった。
殺した……
生れて初めて、何かを殺した
「ハアッハアッ……」
どっと疲労感が襲う。
けれど、リシューユは諭すように告げる。
「ブレイブ、馬車の中を確認しろ」
「分かった」
急いで馬車に向かって走る。窓の向こうには人影が二人?
しゃがんでいて様子が見えない。とにかく知らせよう。
「大丈夫ですか?もうゴブリンは倒しましたよ、無事ですか?」
ドンドンと窓を叩くと、向こうも気づいたようだ。
こちらを見る……と馬車の中には少女が二人いた。
服装は歴史の資料集で見た、中世ヨーロッパの村娘に似ている。
一人は長い金髪で、もう一人は短い青髪。でも耳は長くとがっているぞ
ひょっとして……エルフ?
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