第36話 追加エピソード 4 召喚
訓練の途中に榎本中尉が私に言う。
「どうも、また新しい召喚が行われる方向らしいよ」
私は目を丸くした。そしてそれが素直な流れだと思った。
「私の戦果が目覚ましかったから、また新しく誰かをこの世界に引き込もうということかしら」
榎本中尉がうなずく。
「そういうことだな。土方中尉みたいな優秀な戦士が引っかかってくれれば儲けもの、ということなんだろう」
私は自分の苦労を思い返していた。
「それって、どうなのよ。私がどれだけの苦労をしてきたと思ってるの」
榎本中尉はうなだれる様な仕草をする。
「俺に言うなよ。俺だって君を召喚したことをずっと負い目に感じてる。上の連中は何も理解してはいないんだ」
私は彼に何かを言っても意味が無いことを分かってはいた。それでも言わずにはいられなかった。
「異世界から召喚される人間だって、こんなところに巻き込まれるとは思ってないわよ。それに成功するとも限らない。私たちは使い捨ての駒なの?」
「だから、俺に言わないでくれよ」
榎本中尉はプイと横を向いた。私は怒りをどこにぶつけて良いのか分からなかった。
「責任者は誰なの?」
私は余計な言葉を挟まないように、注意深くなったと思う。榎本中尉はため息をつきながら言う。
「そこまでは俺も知らないよ。知ってるとしたら、ここの基地じゃ大庭大佐ぐらいじゃないか」
「分かった」
「ちょっと待て。大庭大佐に何か言うつもりか?」
「そうよ」
「何を言うつもりだ。何かを感情に任せて言ったところで、軍の方針は変わらないだろ。大佐を困らせるだけだ」
そう言って、榎本中尉は私の腕をつかんだ。私は彼の手を振りほどいた。
「そんなこと言われなくても分かってる。一つ提案があるだけよ」
「提案?どんな?」
私はここで何か議論をしても無駄だと思っている。けれども彼は私のことを心配して物を言っていることも分かる。私は彼の方を向いて言った。
「私が召喚の責任者になるの」
榎本中尉は驚いた表情をした。
「なんでまた、そんなことを?自分がやったことだから、言えないかもしれないけど、万が一召喚した人間が死んだら、とても負い目を感じるぞ。やめておけ」
私は彼をキッとにらんだと思う。
「それでもあなたは軍の命令のとおりに、私を召喚したんでしょ。そしてあなたはそのことに苦しめられた。誰だってそんな召喚はやりたくないわよね」
榎本中尉は何か言葉を飲み込んだようだった。私は続ける。
「同じ苦しみがまた始まるのなら、私が召喚者になるわ。そうすれば苦しむのも、責任を取るのも私でいい」
榎本中尉は冷静さを取り戻そうとしているようだった。彼は大きく深呼吸をした。
「土方、自分から不幸に突撃していくのは、決して良い結果を産まないと思うぞ。上の方針が出るなら、それに沿って下のみんなで最善の策を話し合おうじゃないか。お前一人が何もかも背負い込めるはずもない」
「分かってるわよ」
「分かってない。分かってたら、召喚者に立候補しようなんて思わないはずだ」
月の転生 ~私がジパングで見た「示現剣」の涙~ ひとみ せいじ @inatto229
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます