4. 名実ともに最強
ゴア・サバンナにて資材を受け取った俺はすぐにコロッセオの建設地に転移した。巨大な円形の建物の周りでマケドニアの建築家達が巨人族と協力して作業している。普段なら見学しているとこだが、今の俺にそんな余裕はない。
「よぉ、ギガント。お疲れ様」
「んあ? あぁ、外交大臣様だべ」
石材を加工していた巨人族の長に声をかけると、おでこの汗をぬぐいながら笑顔で挨拶をしてくれた。相変わらずのいい奴っぷり。
「頼まれていた資材を持ってきたぞ。どこに置けばいい?」
「そりゃ、助かるべな! あそこらへんに置いといてくだせぇ」
「わかった」
俺は頷くと、すぐさま指定された場所に持ってきた資材を出した。
「あんがとなぁ。ヌガーでも食ってくけ?」
「嬉しい申し出だけど、今日はちょっと時間がないんだ。また、ごちそうになるよ」
「んだ。外交大臣様はお忙しいもんなぁ」
忙しい……うん、忙しいな。完全に私情だけど。なんかごめんなさい。
俺はギガントに別れを告げ、城の中庭へと戻ってきた。いつもならすぐにランス成分を補充するところだが、今日はだめだ。平和ボケして日和った自分を鍛えなおさなければならない。つーか、レックスだけには負けたくねぇ。
そうと決まれば相手は決まってる。魔族領にて最強の存在、我らがショタ魔王しかいねぇだろ。
城の中を出来る限りの早足で歩き、フェルの部屋まで来たところで勢いよくその扉を開いた。
「フェル! 頼みが……え?」
予想外の光景に頭が真っ白になる。てっきり優雅に紅茶でも飲んでいると思っていたフェルがなぜかベッドに横になっていた。
「……やぁ、クロ」
弱弱しい声に、無理をしたような笑顔。醸し出す雰囲気は不治の病に侵された者以外の何物でもない。ベッドの近くにある窓には
「おい……どうしたんだよ……?」
「ははは……こんな姿、魔王様失格だよね」
まるで覇気を感じないフェルの姿に、俺はショックを隠し切れなかった。言葉を失った俺を見て、フェルが力なく微笑む。
「突然の事で驚いているよね。ごめん……そろそろ潮時みたいなんだ」
「……は?」
「なんだかんだ随分と長生きをしてきたからね。いつこうなってもおかしくないとは思っていたんだ」
「……何言ってんだよ、お前……!!」
声が震える。身体もだ。色んな感情が渦巻きまくりで、自分が何を感じているのかわからない。
「何勝手に死にそうになってんだよ!? おかしいだろ!? 少し前まで元気だったじゃねぇか!! なのに急に……そんなの……!!」
だめだ、言葉が続かない。あまりにも突然すぎて頭がまるでついてこない。
「心残りは少しだけあるんだ……新しい魔王の誕生を見届けられない事……でも、この平和な世には魔王なんて必要ないのかもね……だからこそ、僕も……」
「バカ野郎っ!! お前が必要ないわけないだろっ!! お前は俺をこっちの世界に無理やり引っ張ってきた男なんだぞっ!? それなのに俺を残してはいさようなら、なんて絶対許さねぇからなっ!!」
「ふふっ……相変わらずだな、魔王軍指揮官様は」
フェルが最後の力を振り絞って俺に笑顔を向ける。そして、そのまま眠りに落ちるようにゆっくりと瞼を閉じた。
「……嘘だろ? フェル……! 目を開けろって……!! 殺されても死ぬような玉じゃねぇだろ!? おいっ!! 頼むから目を開けてくれっ!!」
いやだ。いやだいやだ。いやだいやだいやだ! なんでこいつが……そんな前兆まるでなかったじゃねぇか!! なのにどうして……どうして……!!
バターン!!
どうしようもない絶望感に苛まれかけた時、フェルの部屋の扉が勢いよく開かれた。
「魔王様ー! 持ってきましたー! シルフ印の胃薬なんで効果
え?
「遅かったじゃないかマキ! もうお腹がはちきれて死にそうだったよ!」
「すいません! 見つけるのに手間取ってしまって……」
…………。
「ふぅ。これで少し楽になったよ。ありがとうね、マキ。……ところで、クロは僕になんか用?」
「あれ? 大臣様いたんですか? 全然気づきませんでしたー! 相変わらず陰薄いですね!」
とぼけた顔でこちらを見ているフェルとへらへら笑っているマキを無視して、俺は何も言わずにフェルの部屋から出て行く。なるほど、わかった。この世界に魔王はいらない、と。体調が万全の時に確実に存在を抹消しよう。あとついでに
くそが。人生でトップスリーに入る無駄な時間だったぜ。こちとらさっさと自分を鍛えなきゃいけないっていうのによ。
だが、フェルを相手にしないとなると誰と鍛錬をすればいいのかって話になる。え? フェルとやればいいって? だめだめ。今のあいつとやり合うと強くなりたいって熱意よりも殺意の方が先行してしまうからな。
「あれ? クロ様、戻ってたんですね」
「ん? あぁ、セリスか」
考え事しながら歩いていたら家まで戻ってきてしまった。さて、困ったぞ。やっぱりアルカと組み手するのが一番効果が高いかなぁ……。実力的には申し分ないんだけど、どうにも本気が出せないんだよね。
ランスを抱きながらウッドデッキに座って日向ぼっこしていたセリスが俺の顔を覗き込んでくる。
「なにか悩み事ですか?」
「え? な、なんだよ急に!」
グッと顔を近づけてきたので、思わずのけ反ってしまった。久しぶりにセリスの顔を間近で見たけど美人過ぎてテンパるわ。
あたふたしている俺をジッと見つめたセリスはゆっくりと顔を引いていく。
「その感じだとレックスさん関係のようですね」
「エスパー!?」
やべ、ランスが寝てるのに反射的に叫んでしまった。こいつがエスパー機能搭載の超絶高性能嫁タンクRX-25である事は嫌って程知ってるってのに。
「わかりますよ。あなたがそんな顔をする時は決まってレックスさんが関わっていますからね」
「……なんかよくわからんが、非常に気に入らねぇ」
「レックスさんが魔族領で鍛えているところを見て、このままじゃ『強さ』という自分の唯一のアイデンティティが失われてしまうと思って焦っている……とまぁ、そんな所ですか?」
……怖い。もはやエスパーとか通り越してセリスが怖い。
「フレデリカが言ってましたよ? 『レックスの奴、やばいわよ。魔法陣を教えてくれって頼まれたから教えてあげたんだけど、二三日で精霊族を越える腕前になったわ。流石はクロの親友ね』って」
なるほど。その情報と組み合わせてさっきの結論に至ったのか。名探偵セリス、ここに爆誕。ってか、レックスまじやばくね? 精霊族って魔族の中でも魔法陣に長けてる種族なんだけど、それを超えるって激やばくね?
「……クロ様は戦いの強さだけが取り柄じゃない、って言っても聞かないでしょうね。男の子ですし」
そう言って困ったように笑うと、セリスがウッドチェアから立ち上がる。
「いいですよ。私が相手になります」
「ほえ?」
あまりにあまりな発言のせいでマキみたいな変な声出た。やっぱりあの駄メイドは排除しなければならない。
呆気に取られている俺の横を通り、セリスが優雅に中庭に立った。
「ちょ、ちょっと待て! その申し出はありがたいし、幻惑魔法が強いのは知ってるけど、そういうのじゃねぇんだ! つーか、ランスを抱っこしたままって!」
「大丈夫ですよ。幻惑魔法は使いません」
慌てる俺とは対照的にセリスは落ち着いている。幻惑魔法を使わない? え? じゃあ、セリスはどうやって戦うんだよ?
「ほらほら、早く私の前に立ってください」
「いや、立ってくださいってお前……」
戸惑いながらも、セリスに言われるがまま、少し距離を置いてセリスの前に立った。俺の気持ちを知ってか知らずか、セリスが嬉しそうに微笑む。
「……こうやってクロ様と組み手をするのは初めてじゃないですか?」
「へ? あ、あぁ、そう言われてみればそうだな」
セリスと組み手なんて考えた事もなかったな。だって、こいつはそういうタイプじゃないだろ? 幻惑魔法も戦闘っていうよりも諜報活動に使う魔法だし。
そんな事を考えているとセリスの
「本気で来てくださいね? ……でないと、殺してしまうかもしれませんので」
「は?」
考える暇もなく、無数の白い球体が俺に向かって飛んできた。
「っ!? "
瞬時にフル強化して球体を迎え撃つ。……って、いてぇぇぇぇぇぇ!! この球体、鋼鉄なんて目じゃないくらい硬いんだけど!? つーか、全力で殴ったのに、割れすらしてないってどうなってんだよ!!
「"
地上じゃ話にならん。とりあえず空中に逃げるっきゃねぇ。俺は球体の合間を縫うように飛行し、球体が届かない遥か上空まで移動した。
「……"
あの球体の正体はセリスの生み出した超密度の魔力球。そのやばさは以前体験済みだ。魔力をそのまま放出、維持するとかマジ反則だし、それをあんなに大量に生み出す俺の嫁がまじで化け物。金髪の悪魔は伊達じゃないってわけね。
「でもまぁ……確かにこれはいいトレーニング相手かもしれねぇな」
コキコキと首を動かし、軽く身体を温めてから地上に向かって一気に急降下をする。セリスの魔力球はオートメーションで敵に襲い掛かる。空に逃げた時に見た感じ、有効範囲は半径百メートルくらいか? 自分から百メートル以内の領域に入った敵を駆逐するバカ硬い魔力球……え? やばない?
「
牽制の意味を込めて雷属性魔法の
「こういう事も出来ますよ」
セリスはランスを抱いたまま指を少しだけ動かした。すると、俺の周りにある魔力球が鋭利な刃物へと姿を変貌させる。あれ? もしかしてセリスは俺を殺す気なのかな?
「"
俺の右手に懐かしい感触が宿る。あの一件以来、俺も性属性……ゲフンゲフン、聖属性魔法を使えるようになったんだが、まさかそれを嫁相手に使うとは夢にも思わなかった。ちなみにランスも産まれたという事で、魔法名に関しては見直させていただきました、はい。
「局所的に髪が金色に……そして、底知れない重圧……なるほど。それがクロ様の本気ですか。では、私も少しだけやる気を出したいと思います」
そう言うと、セリスは手近にあった魔力球を掌の上に乗せる。そして、魔力を上乗せし、肥大化した魔力球の中に優しくランスをいれた。なんかランスがシャボン玉の中にいる感じになってるけど、あれめちゃくちゃ硬いからね。これでセリスも心置きなく戦えるってわけだ! ……いやいや。魔力球、万能すぎませんか?
「"
セリスが静かな声で告げると、魔力球が大きく震える。ここからは自分で操りますってか。魔力球のオートメイション機能にセリスの指示が合わさり最強に見える。いや、冗談抜きで。手で操作してから速度と重さが数倍に跳ね上がってるからね。聖属性魔法がなかったら消し飛んでたって。
「とはいえ、
自分ができる最大限の強化を施し、最高の武器を魔法によって作り出したはいいものの、やっている事は襲い来る魔力球を遮二無二防いでいるだけ。これじゃ体力も魔力も持ちそうにない。とにかくこの邪魔な魔力球を一掃しなきゃならん。それをするためには転移魔法で距離を取って、でかい魔法を叩きこむしかねぇ。
「うおおおおおお!!」
やたらめったら周りを斬りまくる。前後上下左右、三百六十度魔力球に囲まれてんだ。適当に斬ればどれかしらの魔力球には当たる。それと並行して頭の中で魔法陣を組み上げていく。
「ここだっ!!」
魔力球の一瞬の隙を突き、転移魔法を発動。そのまま間髪入れずに七つの魔法陣を解き放つ。
「"
聖属性魔法によりさらに強化された俺の
……あれ? ちょっと待って? もしかして俺やっちゃった?
やべぇぇぇぇぇぇ!! 白熱しすぎて相手が嫁だって事、すっかり忘れてたぁぁぁぁ!! 本気で撃っちまったよぉぉぉぉぉ!!
「セリス避けろっ!!」
必死に叫び声を上げる。いや、自分で撃っておきながら何言ってんだ、って感じだけど、マジで避けてくれ。手合わせに夢中になってセリスを傷つけたとか死にたくなる。
俺の思いとは裏腹に、セリスは迫りくる極光波を悠然と見据えていた。そして、ランスの入った魔力球を自分の背後へやると、右手を前に出し、グッと握りしめる。
「"
セリスが魔法を唱えた瞬間、中庭に散りばめられていた魔力球が一瞬でセリスの下に集結した。そのまま六角形に形を変化させ、セリスの周りを取り囲んでいき、ドーム状の壁を形成する。
ガキンッ!!
そして、それは俺の渾身の一撃を容易く弾き返し、軌道を変えられた"
「…………ふぅ」
呆然としている俺の前で、セリスは額の汗をぬぐい、魔力球に入れていたランスを腕に戻す。
「私の全力防御だったのですが、完璧にひび割れていますね。受け流す形を取ったから防げたものの、真正面から防御していたら打ち崩されていたかもしれません。流石はクロ様です」
ひび割れている魔力球のドームを見ながらセリスがまいったと言わんばかりの顔で笑った。いや、まいったのは俺なんですけど。テンション上がって大技出して、やばいと思って避けろって叫んで、避けるまでもなく普通に対処されてしまった。泣いてもいいですか?
「今日のところはこの辺で……次からはお城に気を配ってやらないといけませんね」
「あ、あぁ。そ、そうだな」
お城の窓から注がれる大量の視線を感じて苦笑いをしているセリスを見て思った。うちの嫁、強すぎひんか?
『陰俺』袋詰め! 松尾 からすけ @karasuke
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