第3話

 叔母は私に寄ってきた霊さえも自分が浄化させていたみたいだった。

「叔母さんが苦しむことないのに…」

「いいのよ、遥ちゃんが気にすることじゃないわ」

 そう言うと叔母は深く息を吐いた。

 その日も私は学校を休んだ。叔母と近くの公園を散歩してくると母に告げると、彼女は心配そうに何か言いかけたが、

「ほんとすみません、急に来て遥ちゃんの部屋に入り浸ったり連れ回したりしてしまって。これで最後にしますのでどうかお願いします」

 という叔母の言葉に無言で頷いていた。言葉や音が聞こえなかったら人の思考を読み取ることができないのだなとその風景を眺めながら私は思っていた。

 よく晴れた日だった。夏から秋に移り変わろうとしている景色が風と一緒に頬を撫でる。

「あそこのベンチに座りましょうか」

 叔母は大きな木の下にある、ちょうど日陰になっていて涼しそうなベンチを指差した。

「あの木、見ていると頭の中がすっきりしてくる」

「そうね、この公園にある木の中では一番古くて頼もしそうな木ね」

「木にも幽霊ってあるの?」

「あるわよ、正確には精霊って言うんだけど、木や花や水、火、土、この世界にあるものには必ず霊が宿ってるわね」

「叔母さんは聖霊が見えるの?」

「いいえ、私には見ることができないわ。たまにそこにいるんだなって感じることはあるけれど、それだけね」

 私と叔母は並んでベンチに腰掛けた。ふと誰かに呼ばれた気がして振り向くと、木の幹の一部が少し光って見えた。

「ねえ叔母さん、あそこ、木の真ん中らへん、少し光ってる」

 自分の見えている状況を伝えると、彼女は私の視線を辿って同じ部分を見た。

「私には、何もみえないわ」

 叔母は手を私の頭に乗せて、

「遥ちゃん、ほんとにすごい力を持っているのね」

「みんなには見えないの?」

「ええ、みんなには見ることも感じることもできないの。人と話していて思考を読み取ったり、ましてや記憶を覗くことなんて誰にもできないわ。遥ちゃん、この力のこと、あまり人に喋っちゃダメよ」

「うん」

「人はね、自分と同じじゃないものを怖がるの。そして怖いものには攻撃してしまうのよ。わかるでしょう」

 叔母が何を言わんとしているのか理解できた。私の今の状況は私が皆と同じではないと進言してしまったことが原因であることに違いない。


「叔母さん、私ね、人以外、犬とか猫とかもだけど、スーパーに行くと野菜や果物からも声が聞こえるの。今も後ろに立ってる木から歌声のようなものが聞こえるし、空にはキラキラ光るものと黒くふわふわしているものが見える。あそこのゴミ箱からは昨日の夜そこにいた人たちがタバコを吸いながらゴミを捨てた記憶が見えて、向こうに座っているおばあちゃん、あの人もうすぐ死ぬのがわかる。そこにある砂場で遊んでる小さな子、あの子何か変な霊に取り憑かれてる。ねえ、私、なんでこんなふうになったのかな」

 叔母は私の頭を優しく抱き寄せた。

「遥ちゃんがこうして力を持って生まれてきたのにはきっと理由があるのよ。今はわからないけれど、きっと何かのためにある力なの。だからこの世界を嫌いにならないで」

 世界を嫌いにならないで。叔母は私にそう言った。その言葉から、彼女が生きてきた人生でどれほど苦労をしたのか垣間見えた。人の嘘がわかるのに真実を語ることができず、裏切られるのがわかっていて信じなければならない。ねえ神様、私も皆と同じように何も感じないようにさせてよ。

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みえてるよ M @M--

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