第2話

 祖母から霊能力についての簡単な説明をされた。霊能力者には二通りの種類がいること、自分たちは巫女の家系のため自身の身体に降霊が得意であること、そのせいで他人の意識も自分の中に入ってきてしまうこと、触ったり滅することはできないが自分に吸い寄せることはできること、気分が悪くなるのは周囲に害のある霊がいる場合が多いためすぐその場から離れること。

「遥ちゃん、叔母さんはあなたに比べるとそんなに力が強くないの。だから私よりもずっと苦労すると思う。そんな時は決して怖がらず、恐れず、毅然とした態度でいるのよ」

 そう言って私を抱きしめてくれる叔母の体温に温もりを覚えながら、彼女の背中にもわっと薄く光る玉を見ていた。

 両親にお願いし、その日は叔母が私の部屋で一緒に眠ることになった。ベッドのすぐ隣に敷布団を敷き母の寝巻きを借りて眠る前、叔母が入念にストレッチをし始めた。私がその様子を観察していることに気づいたのか、

「こうして意識をこの世に引き留めてるのよ。私たちってすぐこの世のものじゃないものたちと繋がるから、なるべく地面と自分をくっつけるように意識するの」

「私もやった方がいい?」

「そうね、朝と夜、なるべくやった方がいいかもね」

 ベッドの上で私は叔母の見様見真似でストレッチを始めた。

 しばらく二人してストレッチをしていると、壁の中から、コトコトコト、と物音がした。それはまるで何か小動物が走り回っているような足音だった。

「聞こえる?」

 私の素振りに気づいた叔母がこちらを見つめて微笑んだ。

「霊の足音よ。でも大丈夫、この子はただ遊んでいるだけみたいよ。二人も霊感の強い人間が集まっているから寄ってきたんでしょう」

「霊の足音」

 音のする方を目で追っていると、部屋の壁を駆け回ったかと思えばそれは天井に移り、そこでピタッと止んだ。それから私の右頬がムズムズし始めて思わず、やだ、と声を出してしまった。

「ふふ、遥ちゃんと遊びたがっているのね」

 振り解いた方を向くと、その場所だけ緑色っぽくぼやけて見えた。

「くすぐったかった」

「きっと子どもの霊ね」

 私たちは顔を見合わせてふふっと笑い合った。

 翌朝、目が覚めるとすでに自分の服に着替え布団も片付け終わった叔母が私の勉強机の椅子に腰掛けていた。しかし彼女の視線は宙を見つめたまま動かない。

「おはよう」

 起きながらそう言い、彼女の視線の先に私も目を向ける。強い耳鳴りがした。

「もう朝よ。どこかへ行きなさい」

 聞いたことのないくらい冷たい声だった。私は耳を塞ぎ、目をきつく閉じた。

「行かないなら浄化するわよ」

 叔母が立ち上がる気配がした。何故だかわからないけれどとても嫌な予感がした。叔母に危険が迫っているような、背筋が凍るくらいの緊張感と吐き気が私を襲う。

「ダメ!」

 思わず声に出ていた。次の瞬間、叔母が膝から崩れ落ちる音がして私は飛び起きた。見ると彼女の額には大量の汗が噴き出ていた。

「叔母さん、大丈夫」

 声が震えた。叔母の肩を抱くと彼女は大きく深呼吸した。

「大丈夫、ありがとう」

 苦しそうに息をする叔母の背中をさすると、驚くほど彼女の身体は冷たかった。

「身体が冷たいよ、本当に大丈夫なの」

「ええ、私は平気よ」

 彼女の言葉から、叔母が昨晩、夜中に起きて私たちの周りに集まってきた浮遊霊たちを自分の身体に吸収させている姿が見えた。青く薄気味悪いものが叔母の身体に吸い付いている姿。それによって苦しむ叔母の顔。私は自分がとんでもないことをしでかしたのではないかと思い心臓が勢いよく脈打った。

「なんで…」

 私の言葉に気づいたのか、叔母は、見ないでよ、と力なく微笑んだ。

「私たちって、霊を吸収することしかできないって言ったでしょう。だから浄霊するにも一旦自分の身体に入れ込まないといけないのよ。そして自分の内臓を使って消化させて行き、排泄物として外に出すの。これが結構きついのよ」

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