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あたしは茫然とする自分に飽きてこれからのことを考える。

といっても将来とかじゃなくてどこでセブンスターやサントリーロイヤルを買おうっかてことを。


合法モノを禁じたり禁じようとすることは、すなわち非合法モノの価値を高めることに他ならない。人のストレスを高めるから。ゆえにさらなるストレス緩和策を人は求めるようになるのだ。うちの事務所は愚かである。ペナルティはあたしではなく世の中に対して与えるべきなのだ。


──なんつってもね、ストレスを減らそうって考え方をしないんだから連中は。

……やれやれよ、まったくどうしてこうなるかな……どうにもこうにもまこっちゃんよ。なに? まこっちゃんって。誰が言ったんだっけ……松本さんだったかな? ん~~そうだったよーなそうでないよーな……


あたしはバス停のベンチから立ち上がり、あてもなく歩き出そうとした。その時である。叫び声があがった。


「ああっ……!!」


顔を上げると目の前に若い女のこがいた。丸顔で十七、八くらいの。目を見開き、両の手を口元にあてて身を固めている。

あたしも体が固まった。


「か、かんざき……」


彼女はあたしを凝視してよろよろと体を揺らしつつあたしに近づいてくる。


「な……」とだけ口から漏らし、右腕を振り上げると、彼女はあたしの左肩を叩いた。


「なにやってんのよ……!」


さらに強く叩いてくる。


「あんた……、なにやってんのよ!」


彼女は真っ赤になってぼろぼろと涙を流していた。泣きながらさらにばんばんと叩いてくる。


「仕事なくなっちゃったじゃない! 応援してたのに……! なにがあってもあんただけは応援してきたのに!」


あたしは混乱してよくわからないことを口走っていた。


「マスクしてんのにどうしてわかったの」


そういう話じゃないだろう。ひとまず謝れよ。人としてまず謝れ。そうは思うがあたしはだめ人間だった。できずにおろおろしていた。


「ば……、そんな高そうなヒョウ柄のコート着てたらわかるわよ! ばっかじゃないの! 死んじゃえ!」


ばっ、と彼女はくるりと背中を向け、駆け出していく。振り返ることなくそのまま街角に姿を消していった。


……ごめんなさい。胸のなかで謝っとくわ。


あたしは空を見上げ、その明るく乾いた光景を脳裏に焼き付け自分の人生の一ページに刻もうとした。あとでいまの瞬間を振り返るために。未来の視点からはいまのこの瞬間はスペシャルなものだろう。決して忘れてはならない瞬間だ。


芸能人にはこれがあるのだ。忘れていた。確かアーティストのMさんも似たような事態に遭われたはず。


外の世界にはファンがいるのだ。あたしにもファンがいるのだ。あのこにとってはもう過去かもしれないけど。


彼の問題が起こったとき、ファンだったあたしは内心『ジサツか薬物かのニ択しかない状況なら薬物よね~~』なあんてことを勝手に思っていた。そう想像するとファンとしては許容できることだった。

ああ、あたしの場合は単に嗜好ってだけ。


Mさんの曲が頭のなかで流れ始める。

彼がブレイクした曲だ。

音楽の世界の何かを変えた曲。


あたしは思う。


これがあたしの人生のテーマ曲だと。






       うさぎの背中 - 幕 -


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うさぎの背中 北川エイジ @kitagawa333

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