微笑みを数える日

桜庭ミオ

微笑みを数える日

 携帯のアラームが鳴り、わたしは目を開いた。ひんやりとした薄暗い部屋に、ふわふわと浮かぶ光る笑顔たち。

 大きさは様々。メロンぐらいの大きさのもあれば、ピンポン玉ぐらいのもあるし、もっと小さいのもある。色もいろいろ。これらに触ろうとしても無理だし、消すこともできないので、邪魔だなって思っても、気にしないようにしてる。

 どれも、やさしく光っていて、笑顔だ。


 笑うとあとで大変なことになるので、この1年、あまり笑わないようにしてたんだけど、思ってたよりも笑ったらしい。


 今日は、微笑みを数える日。

 昔、大みそかと呼ばれていた。今でも、そう呼ぶ人がいる。だけど、わたしが生まれる数年前から、12月31日に目を覚ますと、その年に自分が笑った分だけ、微笑みが現れるようになった。

 誰が調べたのかは分からないけど、そういうことになっている。


 幼い頃は、よく笑った。自分の笑顔が、年の最後の日に見えるのだ。自分の顔じゃないけど、たくさん笑ったんだなって分かるし、とってもよいことだと思ってた。

 でも、微笑み数える日に、たまたま同級生に会ったり、おばあちゃんの家で親戚に会うと、恥ずかしいと思うようになった。

 まるで、わたしは今年、こんなに笑いましたよって、アピールしてるみたいで、ふわふわとついてくる笑顔たちが、ものすごく嫌になったんだ。


 別に、やりたくてやってるわけじゃない。これは、勝手に現れるものだから。消したくても消えないんだ。

 みんな、そう。みんな、同じ。


 仕方がないと、あきらめた方が楽だとは思うんだ。大人たちはみんな言う。自分はこんなに今年笑ったんだ。しあわせな年だったんだと、ポジティブに考えればいいと。

 だけど、わたしはものすごく恥ずかしいんだ。

 中学校が冬休みでよかったって、心の底から思う。

 この、ふわふわな笑顔たちを連れて、学校になんか行きたくない。


 足音が聞こえて、パッとドアの方を向けば、コンコンとドアを叩く音がした。


「――みなみ! 起きてる!?」

「うん」

「だったら早くご飯食べなさい! 今日からおばあちゃんの家に行くんだからね!」

「はーい」


 返事をして、ふうと息を吐く。

 おばあちゃん家は近い。歩いて行ける距離だ。年越しをして、数日泊まる予定。毎年のことだ。昔から、決まっていること。

 家族はまあいい。それ以外は恥ずかしい。でも、行くしかない。嫌だけど。無表情だと元気がないのかと心配されるから、ウソでも笑わなきゃだ。


 今日笑った分は、来年のふわふわ笑顔になるのか、それとも今日増えるのかはよく分からない。分からないけど、笑うしかない。

 今日も、そして新年も、笑うしかないんだ。


 よし!

 わたしはベッドから下りると、部屋の電気をつけて、着替えてから、ふわふわな笑顔たちを連れて部屋を出た。


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