第4話 わくわくな依頼

「……こんにちは」


 敵、と言っていいのか分からないながら、藍太朗は肌にピリピリと感じる嫌悪感に決してそれがいいものではないのだと理解した。

 はっきりとした輪郭、ともすれば生きている人間とすら見紛う程度にはくっきり藍太朗の目にも映っている。


「あなた達も……、この人達の仲間?」


 この人達、というのがそこら中に転がっているガラの悪い男たちなのは確認せずとも理解できる。その場にはそれら以外には誰も存在していないのだから。

 だが、だとしたらどのような理由でこの惨事は引き起こされたのだろうか。

 そして藍太朗はその敵に一つだけ言いたい、我々は断じて彼らの仲間ではないと。


「あれが例の……」

「ただの、幽霊、じゃない、よ」


 霊能力者でもない藍太朗にも見えている時点で、ただの霊などということはあり得ない。

 しかし、その異質さはこの霊が行った事にある。


「そこにいるだけで迷惑な悪霊、それも10人以上も殺して格を上げてる。」

「並の、霊格じゃ、ない、ね」


 ゆっくりと人々を呼び寄せ、自らの力の及ぶテリトリーへと誘い込み、この世との繋がりを断ち切ってあの世へと引きずり込む。そんな長い時をかけて犠牲者を増やすのがありがちな悪霊の姿である。

 そのの悪霊と、このな悪霊、両者の違い、異質さは一人ずつなどという悠長な数ではなく10人以上もという圧倒的なまでの人を引き寄せる力と、テリトリーの広さだ。


「いや、普通に警察が……」

「来ない、よ」


 第一、警察が来たところで幽霊相手に何ができるというのだろう。精々が、霊格の足しにされるくらいかも知れない。


「ここはもう一種の異世界だしな」


 悪霊は長い黒髪の女性らしく、生前の姿と同じかは分からないが引き締まった肉体はアスリートを思わせる。


「さっさと終わらせて○まい棒買いに行こうぜ!」

「……コーンスープ、味」

「博多明太子味!」


 生前の彼女すら攻撃の意思さえあればかなりの脅威になるだろうが、その上相当の力を持った悪霊となっている。維桜の知る限りでも中々の上位に入る様な強さを持っているだろう。

 もっとも、維桜が知っている霊の強さなどたかが知れているが、それでも冥界あちらへと連れ去った人数は10人以上、それも個人でだ。相当に恨みが深いのだろう。


「何となく理由は察したけど、死んでからも迷惑かけるのは不本意だろ?」

「……」


 維桜の問に思うところがあるのか、悪霊は動かずじっとしている。

 理由などここで行われた事と、初対面の一言目で分かる。


「……恨み、か?」

「だろうね」


 この世にくっきりと現れ出るほどの強い恨み、それが彼女が霊となり、こうして被害者を出し続ける理由なのだろう。

 だが、そんな相手を前にして維桜にも輪にも気負いはなく、輪は自然体でうま○棒を取り出していた。


「おいで、“望月もちづき”、維桜を助けて、ね」


 輪の取り出したう○い棒、サラダ味に惹かれてか、虚空から白い大柄な男の姿が滲み出る。


『朔は来ていないだろうな?』

「来てない」

『良いだろう、サラダ味三本だ!』

「だって橋詰、さん?」

「え、ああ、俺?……あ、う○い棒か」

「……そう、正解」


 背後で間抜けな会話がなされている中、維桜は集中を高め刀を構えていた。上背は無いが、妙に様になっている維桜は、その身が発する覇気のせいか存在が大きく見えた。それは幽霊相手にも効果があったようで、悪霊が少し身を引きかけた。


「望月、憑け!」

『玲瓏たれ、妖刀明月』


 大柄な男、恐らくこの世のものではないだろう彼が、維桜の持つ刀へと吸い込まれていく。輪に対しては少々大きな態度だった男は、どうやら維桜には頭が上がらないらしく、文句一つ言わずすぐさま言われたとおりに実行に移した。

 そうして出来上がったのは妖刀明月、妖しくも美しい、穏やかな光を湛える一振りの刀である。


「満足したか?」


 維桜が悪霊へと問いかける。


「……」


 したはずがない、どれだけ嬲り、凄惨な死を与えようとも彼女の欲するものはもう手の届かない所にいるのだから。


「まだ殺し足りないか?」

「……」


 殺しても意味がないことははじめから分かっている。だが、殺さなければならないと心の底から思った彼女は止まることができなかった。


「この世に残したい言葉はあるか?」

「……ありがとう、梨沙」


 逡巡は瞬きと同じ位の間だけ、言葉は誰に向けてのものか、生きている者へか、それとも……。

 維桜の刀はその意味も、何もかもを還す。こんなところに留まり動けなくなってしまったこの悪霊をも解放し、生命の円環へと向かわせる。他の霊たちがそうであるように、本来ここにいてはいけない彼女はいるべき所へ帰るのだ。

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